第6話
陽がだいぶ傾いて、外は薄暗く涼しくなってきた。
招待された王都の卒業パーティーは、イルミナート学園の中の大ホールで行われた。
パーティーの表彰と挨拶が終わり立食パーティーの時間だが、パーティーとは名ばかりの社交会。
イルミナート主催で招待客は今年度卒業の成績優秀者のみに限られる。私を含め、その多くはイルミナートの大学への進学をする。
イルミナート大学に進学すれば王都での勤務は可能になるが、卒業パーティー出席者は後ろ盾のない貴族も多く、この社交の場を機に、将来を約束してくれる王族縁者とお近づきになりたいご令息は多いのだ。
私のような大学へ進学する令嬢は多くなく、このような場では特に、否が応でも注目を浴びやすい。
私は王都での勤めを希望しているわけではないので、こうして庭園に休息という名の避難をさせていただいている。
私が大学に進むのは、私のわがままだ。
高校を卒業した貴族の令嬢は、令嬢としてのマナーを学び、お茶会で情報交換を行い、社交会に出席し婚約を求める。
もちろんそれも大事な仕事だと思う。
社交界で情報は大切な資産になりうる。
だが、私は高等学校の頃から社交会やお茶会が苦手で、参加は最小限に控えていた。幼少期に男児として過ごした影響からか、女性としての立ち振る舞いを学ぶより、知識を学ぶ方が自分に合っていた。
大学を卒業すれば、私もその道に進まなければならない。
令嬢として、その責務から逃げられないのは理解している。
それでもお父様にお願いし、大学に進学することによって少し先延ばしにしてもらったのだ。
せっかくなので、大学までは私なりに自由に過ごさせていただこう。そんなことを考えながら、パーティー会場に戻ろうと足を進ませたところ、前方から男性2人がこちらに歩いてきた。
庭園を歩いているので卒業生かと思ったが、イルミナート大学の制服を着ていた。先輩だったか。
失礼がないよう道を譲り、腰を下げ、顔を伏せた。
男性が過ぎたところで、カフスボタンが転がったのが目に入った。
「失礼ですが、こちらは殿方のものではございませんか。」
私はカフスボタンを拾い、黒髪の男性の腕に手を触れた。
2人は振り向いた。
「これは失礼。有難うございます。」
「いえ、」
男性は軽く頭を下げ感謝の意を表した。
綺麗な黒髪に目は切長で端正な顔立ちだが、表情は冷たいままだった。
「それでは、」とその場を去ろうと頭を下げようとした時だった。
「ルシア?」
私の名前を呼んだのは隣の銀髪の男性だった。
僅かに垂れた目と左目の下の泣きぼくろに面影を思い出した。
「ロイストン...様ですか」
「友人なのに様なんてやめてくれよ。」
ロイストンは笑ったが、隣の男性は目を丸くして驚いていた。
「ルシア?」
クロヴィスは私ではなくロイストンに確認するように尋ねた。
私も2人に気づかなかった。大学の制服を着ていたこともあるが、2人とも想像していたより端正な顔立ちで背が高かった。
「ルシアだよ、クロヴィス。久しいね。」
クロヴィスに言い聞かせるように応えて、ロイストンは嬉しそうに私の顔を見た。
「ええ。今朝お手紙が届きまして、有難うございます。」
「はは、気にせず普通に話してよ。少なからず、ここには3人しかいないわけだし。」
ロイストンが困ったように笑った。
人懐っこいロイストンの表情は昔と変わらず、懐かしさを感じた。
「では、お言葉に甘えて...2人はその、もう大学に?」
ロイストンはああ、と微笑んで制服の襟を正した。
「飛び級で一年先に大学に上がったんだ。ルシアも来年から大学でしょ?やっと一緒に通えるね。」
「それは、...すごいわね。ええ、一緒に、かは分からないけれど。」
「せっかく一緒の学校に通えるんだ。一緒に通おうよ。ねえ、クロヴィス」
ロイストンがクロヴィスの顔を見たが、彼はまだ驚いた様子だった。
まあ、無理もないか。昔の私は髪も短かったし...。
「その、昔は大変失礼なことをしたと思うの。剣を振るったり...当時は遊びだったけれど、お詫びするわ。」
私はクロヴィスに頭を下げた。
「顔を上げてくれ。」
少し間をおいて、クロヴィスは私の肩に手を触れた。
顔を上げるとクロヴィスは先程の冷たい表情とは裏腹に、顔を少し赤らめて恥ずかしがっていた。
「小さい頃は遊びだったし、俺も令嬢に大変失礼なことをした。お互い様だし、友人としてあまり気にせずしてくれると助かる。」
「...ええ、そういってもらえると有難いわ。」
ルシアが微笑んで顔を傾けると、クロヴィスは顔を背けた。
「ねえ、クロヴィスも一緒に登校したいよね。」
ロイストンはにっこりと笑った。
彼はあまり冗談をいうタイプではなかったが、クロヴィスをからかっているように見受けられた。
私としても友人とはいえ男性の先輩との登校は、入学早々に不要な注目を集めそうで控えたいので、冗談だったのか、と安心した。




