第2話
ドアを閉めてからメイドが少し申し訳なさそうな顔をする。
「アンリ様、セシリア様が庭でお待ちです。」
「わかった、庭に行くよ。ありがとう。」
お母様やメイドが私をアンリと呼び始めたのは、私が5歳頃だった。
元々病弱だったお母様は、妹のセシリアを産んでから寝込むことが増えた。元気な日にはお庭へ散歩に出られることもあったが、一度体調を崩すとずっと会えない日が続いた。
お母様が体調を崩すとヘンリエタ伯母様がお見舞いに来てくださった。美味しいお菓子を持ってきてくださり、お母様の代わりに遊んでくださったり、お庭でピクニックをしてくださったので、小さい頃の私たちはあまり寂しい思いをせずに済んだ。
暖かい季節になり、お母様の誕生日が近くなると、アンリお兄様はお父様に許可をもらい、召使いと街へお母様のプレゼントを買い物に行ったのだ。
事故にあったのはその帰りだった。突然大雨が降り、視野も足場も悪くなったのだ。誰も悪くない、不慮の事故だった。
家族はみんな悲しんだが、お母様の衰弱は著しいものだった。あまりに酷く病んでしまったお母様の部屋からは、鳴き声と叫び声が聞こえるようになった。
メイドたちもお母様のお世話に疲弊していた。
私とセシリアは、お父様からお母様との面会を控えるよう伝えられており、次にお母様と会ったのは少し肌寒い季節になってからでした。
メイドが「ルシアお嬢様...」と泣きそうな声で声をかけてきた。お父様がお呼びです、と。
私は呼んでいた本を閉じテーブルに置いて部屋を出た。
家の中が暗く、外が曇っていることに気付いた。
応接間に連れらると部屋の中からヘンリエタ伯母様の声がした。ドアの前で3回ノックをし、「ルシアです。」と声をかけると、「入りなさい。」とお父様の声がした。
「失礼致します。」
部屋に入るとお父様とヘンリエタ伯母様は向かい合って座っていた。
ヘンリエタ伯母様が目に涙を浮かべながら唇を噛んでおり、私はぎょっとしてしまった。ヘンリエタ伯母様は穏やかににこにこされていて、そんな伯母様を見るのは初めてだった。
「座りなさい。」とお父様に声をかけられ、お父様の隣に座ると、ヘンリエタ伯母様がわっと泣かれるものでさらに驚いた。
「ヘンリエタ伯母様...どうされたのですか。」
私が心配するとお父様が私を強く抱きしめるもので、私は困惑した。
「お父様?どうしたのですか...」
「すまない。ルシア...、セレストがもう弱り果てているのだ。」
そこからお父様は説明を始めた。
お母様の体が衰弱しきっていること。様々なお医者様に診ていただいたが、お薬がないこと。...お母様はアンリお兄様が亡くなったことを受け入れられず今も生きていると思っていること。
私には難しく理解できない説明もあったと記憶している。
そこからお父様は続けた。
「ルシア、お母様にアンリのふりをしてはくれないか。」
「だめよ。ルシアにそんなことさせないわ。」
私が返事をする前に、ヘンリエタ伯母様が声をあげた。
ヘンリエタ伯母様は唇に血が滲んでおり、お父様ももう大変お疲れだった。
私はお断りするなんて頭になかったのだ。
「分かりました。」




