アーグラへ向かう話
ギルドに言われた通り、本当に夜は普段と比べ物にならないほど強いモンスターが出るようだ。モンスターだけでなく、魔物も出る。この世界では、魔物とモンスターはほぼ同じ扱いだが、魔石を持っているのが魔物で、人間やその他種族の生物に敵対的な生き物全部を総称してモンスターだ。
宿屋の隠しイベントの件は一応達成となっているが報酬である[好きな宿屋永久無料宿泊券]は無事貰い損ねた。経験値しかもらえなかったけどまあもらえるだけマシか。
アーグラに向かって道を暫く進んでいると、急にアイギスの街の方から爆音で警鐘の音が響いてきた。
すると急に目の前に、[緊急クエスト!アイギスの街を守れ!]と表示された。どうやら鐘の音が聞こえた人間全員が受けられるようで、目の前を見ると、次々と夜にしか出ないようなナイト系のモンスターがぞろぞろ出現した。アルカナ:隠者を使用して無視してアーグラに向かおうとしたが、見えない壁に阻まれて、ブーと音と共にはじき返された。
はぁ...宿屋には泊まれないし、緊急イベントに巻き込まれるし、なんなら無視できないし、もういきなり散々な目にあった。でもめちゃ金は手に入ったからこのゲームやめないけど、この鬱憤は誰で発散するべきなんだ?こいつらでいいか、いいよな?こいつらいなければそもそも普通に宿屋泊まれたよな?なんかマジで腹立ってきた。
「アルカナ:悪魔使用、大罪解放:憤怒のサタン」
身体が軋むような感覚に襲われ、みるみる体が巨大化していく。背中に悪魔のような羽が4枚出現し、頭には黒山羊のような角が二つ生えてきた。肌は赤黒くなり、どんどんと怒りの感情が湧いてきた。それと同時にステータスがものすごい勢いで増えていくのがわかる。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
解放時効果のスキル<憤怒の咆哮>がアイギス中に轟く。それと同時にどんどん怒りと共に破壊衝動が膨れ上がっていく。HPとMPの上限をものすごい勢いで増えていくのがわかり、今なら魔法が使えるのではないかと思った。アルカナ:悪魔は七つの大罪に連なる悪魔達を開放してその力を行使できる。今回は憤怒のサタン。怒りを司る悪魔であり、効果は全ステータスの上限突破と上昇、代償は味方的問わずに攻撃してしまうほどの怒りと破壊衝動のバッドステータスが付与されることだ。ちなみにこの二つのバッドステータスは共に攻撃力と魔力の上昇をもたらす。
「アルカナ:皇帝、魔術師使用、創造魔法発動、魔法創造開始」
自身の周りに黒と紫の幾何学模様な魔法陣が広がっていく。それがどんどんと広がり、重なり、そして天を覆い隠すようにモンスター達の頭上へと移動していった。アルカナ:魔術師の効果は創造魔法の行使、つまり自分で考えた最強の魔法を作り出せる。ただしとんでもないMPを消費するが。
「創造魔法発動:地獄の憤怒」
そういうと共に、俺は右手で何かをすくい上げるように持ち上げた。すると轟音と共に、モンスターがいる地面がメキメキと音を立てながらアイギスの森や平原のあちこちがモンスターごと持ちあがった。そうしてそのまま持ち上がった地面を中心に上下から巨大な握りこぶしが出現した。赤黒く燃え上がってるその拳は俺の怒りそのものだった。
そうして持ち上げた右手をそのまま力強く握りしめると、それに呼応するように各地の握りこぶしも上下から空中に浮いたモンスターを丸ごと殴りつぶした。そうして全ての魔物を虐殺した後、力が抜けるような感覚と共に使用していたアルカナの効果が消えていく。そして俺もMPが無くなって尋常じゃない頭痛が襲ってきたが、自動回復効果で少しずつ和らいできた。[緊急クエストクリア!皆様お疲れ様でした!]という通知音と共に、ゆっくりと落下していった。
ぐへっという情けない音と共に地面に落下し、暫くうつぶせになっていると、討伐したモンスターとドロップ品がものすごい勢いでインベントリに入っていく。魔物からは魔石、その他モンスターの肉や毛皮などがすごい勢いで増えていく。レベルアップ音も聞こえてきたが、気にせずMPが回復するまでの疲労感を感じながらアーグラに向かう道をまた進んでいく事にした。イベント報酬は参加者全員に10万Gとアイギスの街の守護者の称号が与えられた。アイギスの街での全ての施設での割引と他の街での買取金額が5%ほど上昇する効果だ。素直にありがたい。
***
私の名前はセシル。ここアイギスの街の冒険者ギルドで受付をしています。
ここで働き始めてからもう5年が経ちました。ギルドマスターや解体屋の皆さんとは長い付き合いになりました。職業柄、さまざまな人と関わります。中でも特に多いのは冒険者さんたちです。迷い人達はいつもこの町の噴水広場からやってくるのも知っていますので、特に多く出会うのは迷い人の冒険者さんです。自慢げに武器を見せびらかしていきなりS級にしろという人もいれば、お茶に誘ってくる人もいます。
ここ五年間で本当に色々な人に出会いました。なかでも特にやばいのはやっぱりシエルボさんだと思います。最初にギルドに入ってきた時は、ただの青年だと思いましたが、実際に話してみると、少し人見知りな方なのかなという感じでした。ですが、とんでもない量の薬草やゴブリン、そして深夜種、つまりナイト系のモンスターを倒して所を見ると、何かわけありなんじゃないとか思いもしました。ですが、悪い人ではないと思いました。宿屋の娘がシエルボさんは死神だー、悪魔だーと言いますが、人見知りな悪魔は見たことがありません。それに、死神だったら、わざわざあなたを助けたりはしませんよと宿屋の娘さんに言いましたが、全く聞く耳を持ちませんでした。シエルボさん、一体何をしたんですか?
異変に気付いたのは、生まれてから初めて聞いたアイギスの街の警鐘でした。元冒険者として、私もそれなりの修羅場をくぐってきました。なので、モンスターを感知するスキルもいくつか持っています。そんな私の感知スキルですら確認できないほどのモンスターがアイギスの街を囲むように出現しました。理由はわかりませんが、ギルド中の人間や町中の人間が尋常じゃないくらい慌てふためいていました。
ギルドは緊急クエストとして、アイギスの街に襲い掛かるモンスターを討伐せよ、なんてクエストを発令しましたが、焼け石に水だと思いました。正直ここでアイギスの街は滅ぶんだと思っていました。
そんな最中、アイギス中を震わせるような地震が起こりました。人生で初めての地震でした。地震が収まった頃、ギルドの人に言われて建物から出ると、異様な光景を目にしました。空に悪魔が、二本の角を持つ黒い羽根を持つ赤い悪魔が浮いていました。そして、その悪魔が大声で叫び出しました。怒りと苦しみとが入り混じった悲痛で憤怒な叫び声だった。ハッとして周りを見てみると、多くの人が恐怖や放心バッドステータスに陥っていました。急いで教会に連絡し、バッドステータス解除のための人員増加の手伝いをしていました。そして、ふと悪魔の方を見てみると、天から巨大な拳が現れました。そして悪魔のその、握りつぶす動作と共に、その拳が上と下から爆音と共に浮いた地面をモンスターごと殴りつぶしました。圧巻でした。人知の及ぶ事象とは思えませんでした。しかし、気づいた時には、その悪魔が街を救った事に気が付きました。あの悪魔は...いったい...