ザガンと騎士団とシエルボの話
えーと、これはやりすぎたのかも?今、城壁の上から見てるけど、騎士団達が一心不乱にけたたましい笑い声をあげながらモンスター達を蹴散らしていた。しまいには、一部を除いて、むしろ防衛を捨てて逆に森の中に反抗作戦を始めてるし、これはなんかすごいな。うん、騎士団育成は大成功かな?周りに戦っている街の人々がモンスターじゃなくて騎士団に怯えてるよ。なんでだよ。仲間やろ。
***
「がははははは!もっとだ!もっとこい!こんなんじゃノーザンの街は落とせないぞ!」
彼の名前はザガン。元はノーザンの街のスラムに住む犯罪組織の一員だったが、ノーザンの街の騎士団に、捕まり、天性の馬鹿力と戦闘センスで昔から脱走を繰り返し、騎士団と団員とよくに殴りあっていた。そうして数年が過ぎ、彼の所属していたグループはついに騎士団によって壊滅された。この世界は弱肉強食。彼もこの道に足を踏み入れた時からそれはわかっていた。しかし、ザガンには拾ってくれた恩があったので、彼は一人きりになっても、最後まで組織に残って騎士団に抗っていた。そうして最後、当時の騎士団長は彼を勧誘した。
「見上げた根性だ。どうだ、騎士団に入るか?」
長らく敵対していた組織に勧誘されるとは思えなかったが、もう今さら真っ当な職に就けるわけでもないので、彼は大人しく騎士団に加入した。騎士団は組織と違い、規律と命令を重んじた。訓練は厳しく、酒も女も好きにできない、今的は真逆の生活だったが、組織とは違い、ここには仲間がいた。自分がミスをしても、笑ってくれる仲間がいた。そうして彼はだんだんと真人間になっていった。しかし、ある日、彼の慕う団長が死んだ。理由は不明だが、王命を受け、数多くの優秀な団員と共に西大陸へ向かった。その中には多くの彼の仲間、そして親友もいた。西大陸で何があったかはわからないが、笑って自分を救ってくれた団長は壊れた盾と折れた剣だけになって帰ってきた。それから彼は日々の動力を失った。仲間も、団長も、なにもかも失った彼は、ただいたずらに時間を摩耗するだけの死人になった。そんな時、王都から一人の男性がやってきた。初めて彼を見たとき、ザガンは一目で彼の実力を見抜いた。強い。団長か、それ以上か、こいつは俺がどれだけ戦っても絶対に勝てない人種だと気づいた。事実、彼は最年少で騎士団に入団し、騎士団で最強と言われたユウトを叩き伏した。ザガンは力ではユウトに勝てるが、技はユウトには劣る。そんなユウトを技でも圧倒したシエルボは、自分では絶対勝てないと気づいた。だからだろう、当時騎士団最強だった二人ですら従ったのだ。他の団員もそれに倣うしかないだろう。
それからの訓練は地獄だった。まずは、常に騎士団の正装である全身鎧を付けろと言われた。確かに防衛戦や、戦闘時に使うが、熱いし重いし鉄くさくて誰もつけない。しかし、彼は、鎧や盾は騎士の誇りであり、鏡だと言った。確かに、団長も常に鎧を付けていた。俺たちはそれを思い出し、素直に従った。次に、だだ広い訓練場をひたすら全力ダッシュ、少しでもサボって最後尾になろうものなら、彼がゴブリンバットももって全力で殴ってくる。ダメージはないが、それでも痛みを感じる。皆痛いのはいやなので、全力で走った。その後、彼は飯を作ってくれた。絶品だった。食べた事のない食材や見た事のない料理ばかりだった。家庭的な料理から、龍の晩餐という有名な料亭の食事まで出してくれた。そしてその次に睡眠。短い間だが、寝て休めと言われた。これは正直非常にありがたかった。全力で走った後、死ぬほど飯を食うと眠気が襲ってきてしょうがない。ぐっすり熟睡しようとしたが、寝ている時に、抱いて寝る剣や盾を手放すかチェックしてくるのだ。もし油断して手放すと顔面に冷水を変えられて即座にたたき起こされ、そのままスクワット500回させられる。俺も何回か手放したが、彼は、
「騎士たるもの剣と盾を手放してどうする!お前らが武器を捨てたら誰が街を守るんだ!」
と言われ、目が覚めた。俺たちはノーザンの騎士。街と国を守るための存在なんだと気づいた。
その後、睡眠が終わると、彼は爆音で全員を目覚めさせる。<拡声>か何かのスキルだそうで、近隣住民まで聞こえそうだったが、騒音被害は出ていなかった。そうして全員起こされると、素早く整列させる訓練をされた。
「騎士団に必要不可欠なものの一つ!規律!たるんどるわ!並びなおせ!」
そういいながら彼はゴブリンバットを取り出し、すこしでも遅れたやつはバットでぶん殴られた。
そして次は、騎士団全員で模擬戦、しかも相手は彼一人だと言う。正直耳を疑った。いくら彼が強いとはいえ、500対1は無理だ。数で押されてあっという間に終わる。しかし、そんな期待も、次々と襲い掛かってはゴブリンバットで空中に吹き飛ばされる団員を見て、泡沫に消えた。その後、彼は訓練の終わりに必ず<治癒促進>と食事を振る舞ってくれた。しかし、夕方の食事は強制ではなく、妻子持ちや仕事がある人ははそのまま帰宅していいと言われた。それは彼なりの心遣いだったのだろう。未だ独身である俺は、ひそかに彼の未知の料理や食事が楽しみになっていた。
翌日、何人かが彼ともめているのを発見した。どうやら訓練がきつ過ぎるとか、他のやり方にしてくれとか。そういう事を言いに行ったのだ。そんな事を言われて、彼はいつも同じ言葉を返していた。
「お前、俺より強くなってから言えよ」
彼にとって我々の文句など、歯牙にかけないほどの説得力のない内容だったのだろう。
一理ある。冒険者は実力が全てだと聞く。そんな世界で生き抜いてきた彼だからこそ、説得力があった。
数日後、心なしか、訓練が以前ほどつらくはなくなっていた。久しぶりに自分のステータスをギルドタグで確認しに行ったが、なんとレベルが上がっていた。初めて食事をしたとき、ユウトが食事にはモンスターの肉や野菜が使われていると言う話をしていたのを思い出した。恐らく少量だが、経験値となって、それが積もってレベルアップしたんだと思う。
騎士団でも俺の他にも数人、それを彼に知らせた団員がいるが、彼は意外に、
「スキルやステータスはまだあげるな。そればかりに頼っていては実力にならん」
確かに、スキルはあくまで動作の補助的な使い方をする。スキルだよりでは、本人の技とは言えない。ステータスも、急激に上げる事で、感覚がずれて、それが原因で引退した冒険者もいると聞いたことがある。なので、少なくとも俺は彼に、どうすればいいか聞いて、その助言通りにした。
数か月後、彼は朝のランニングにはもうバットをもって追いかけてくることもなく、食後の仮眠でも誰一人としてスクワットをさせる事もなく、模擬戦でももうアドバイスもなく、ただ黙々と戦っているだけとなった。その後、彼は数日後、ノーザンの森に入ると言った。こんな真冬の寒いなか、森に入る意味が分からなかったが、みんなここ数日の成果を身に染みて感じているので、反対する人は誰もいなかった。そうして、俺たちは宿舎のメンバーごとに班分けをされ、ノーザンの森で狩りをしてこいと言われた。初めての狩りだったが、彼は常に監視してくれていたし、何より森のモンスターはゴブリンバットをもって襲い掛かってこなかった。何人か軽度のケガはあったが、全員モンスターを一体は倒す事が出来た。その後、ギルドにもっていき、素材等を監禁した金は自由にしていいと言われた。この時期のノーザンは多くの食料を求めて、ギルドも高値で買い取ってくれる。まるまる一頭となれば、5人で分けてもいい金になった。次の日、彼は私達全員に、小型の拡張バックをくれた。どうやら王都から全員分注文したようで、大型のモンスターなら数十頭は入る優れモノだった。なぜ全員に渡したか分からなかったが、みんな不思議に思っていると、彼は風魔法で全員を森の中に吹き飛ばした。そう、サバイバル訓練だったのだ。真冬の極寒の中。信じられなかったが、彼の渡したバックの中にはマッチやある程度の火おこし器、毛布など、最低限凍死しないだけの用具は入っていた。これも訓練だと思い、俺たちは必死にモンスターと戦い、綺麗な川の探し方、食える野草や果物を体を張って確かめた。一か月後、無事に全員がサバイバル訓練を生き抜き、全員バックがいっぱいになるほど、モンスターを討伐したりもした。そうして全員がギルドに買取依頼をし、その年の冬はいつものように、ノーザンは食い物には困らなくなった。
それから数日後、彼は一時王都でいろいろ用事を済ませてくると言い、暫くの間、ノーザンのギルドマスターが俺たちの様子を見に来た。俺たちは、彼のいない間、朝は基礎練、昼は街の見回り、午後は森でモンスター狩り、夜は帰宅、夜回りがあるやつは夜回りと、少しやる事が増えたが、基本的な騎士団の見回りと大差ない事をしていた。だが、ギルドマスターは驚いたような顔で俺たちを見ていた。素早い見回りと、互いの連携、森での狩りの手際の良さや、夜でも怪しい物音に気付くその感性など、ギルドマスターは見違えたと言った。そうしてギルドマスターは、彼に提案されていた事を俺たち全員に話してくれた。
「騎士団を再編しようと思う」
この冬の騎士団は、団長、つまり俺の恩人であり、ギルドマスターの親友が作り上げた組織だった。そんな騎士団を、再編すると言う事は、ギルドマスターはもう既に、過去と向き合って、前に進もうとしていると言う事だと思った。ギルドマスターの決意の固い視線に全員、異論はなかった。もとよりここにいるのは全員ギルドマスターと団長に恩があるやつらばかり。
それから、彼はギルドマスターと共に、騎士団にかかりっきりになった。定期的な訓練ルーティンを終えた後は、新しく、彼の<鑑定>で全員の特性やスキルなどを細かく確認し、時には職業の変更、つまり転職も進めてくれた。俺は組織に入ってからは、ずっと剣士という職業だったが、彼とギルドマスターに進められて、斧戦士に転職した。その日から、俺はがらりと変わったような気がした。生まれ持った馬鹿力と戦闘センスは、剣では身狭だった。彼に借りたなんの当たり障りのない木の斧、それを握った瞬間、俺は脳内に実に数千、数万通りのスキルや戦い方が浮かんだ。そして、脳内に響く、天職の合致を確認という声、その後、俺は<大斧術:極>という称号と共に、斧職の上位、大斧戦鬼に自動で転職した。
童話と伝承に出てきた、伝説の戦鬼。
曰く、孤独に戦う無双の戦鬼
曰く、山を切り開いた開闢の大斧を使う大鬼
曰く、勇者すら切り捨てた無敵の怪物
曰く、天下無双の大斧使い
そんな職業に俺も就いた。嬉しかった。魔族よりの職業だったが、その力をもってノーザンの人々を守れるなら俺は構わない。他の団員も、次々と自分に合った上位職に就いており、吸血公爵や死の伝道者など、みんな何かと禍々しい職についているが、みんな俺と同じ気持ちでいた。それから数日は新しい職業やスキルになれるために、慎重に体を慣らしていってた。
その中でもいち早くなれたのは俺とユウトだった。だから、俺とユウトはしょっちゅう手合わせをしていた。ユウトの新しい職業は魔剣聖、魔のと聖の力を御する剣の極みに到達した剣士だ。ユウトは魔力で魔法を使い、聖の力で自己治癒力や自己バフをかけ、もとより優れていた剣技も数段階上がっていた。一方俺は、破壊的な力を大斧術と己の戦闘センス、つまり本能的な感覚のみで戦う。100戦100引き分け。未だに俺たちは勝敗がついていなかった。しかし、お互いに戦うたびに己の成長を感じていた。
それと当時に、騎士団内部でも、細かく部隊が分かれる事になった。俺は黒斧隊の隊長を任命された。ユウトは魔剣士隊、他にもいくつか部隊があったが、暗殺隊と言われる部隊は、彼の直轄の部隊という事で、同じ騎士団の俺達でも何をしているか分からなかった。そうして次はそれぞれの部隊と連携を取りながら戦う練習をさせられた。そうして以前よりもっと素早く、楽にノーザンの森のモンスターを倒せるようになった頃、彼は俺たち隊長達を連れて滅国のモンスターと戦うと言った。
ここまで来て、もう誰も迷ってはいなかった。もちろん、みんな彼を信じていた。
そうして、昼食の後、俺たち隊長クラスはノーザンの森の最深部まで来ていた。なぜかモンスターが一匹も出なかったが、彼がときおり影に向かって話しかけていたことから、恐らく暗殺隊が何かしていたのだろう。少し、怖かったが、彼は前を歩きながら、
「お前らには行っていなかったが、暗殺隊は表立って活躍する事はないだろう。彼らは彼らでこの街、しいてはこの国の暗部で働いてもらう。だが安心しろ、暗殺部隊がお前らに牙を剥くことはない。お前らが騎士の誇りを捨てない限りは...な...」
振り返った彼の両眼は、世界の果てにある深淵のような深い黒色だった。俺を含めた全員、心の底から恐怖を覚えた。そうして彼がまた旅をすると、いつも通りの彼になり、彼は滅国のモンスターと俺たちの足元にある赤い魔法陣について解説した。正直夢物語だったが、実際に彼がどこからかモンスターを取り出して、血を垂らすと、世界が反転した。
数時間後、俺たちは彼に見守れながら、絶体絶命の戦いをしていた。天狗だった。全員、新しい力も職業も手に入れ、今までの自分とは違う、強くなった自分に酔いしれていた。騎士団の中でももっとも強い5人と言われた俺たちだったが、手も足も出なくなっていた。ユウトは既に右腕を吹き飛ばされ、現在魔法隊と支援隊の二人に回復されている。俺も既に自慢の斧が折れ、もう疲れと出血で、だんだん..目が開かなくなってきた。
「これが、将来、ノーザンの街を襲うモンスターだ」
後ろで様子見していた彼が全員に聞こえるようにそういった。
「どうだ?今のお前らで勝てそうか?」
目の前にいる、本物の大斧戦鬼、その亜種、赤肌の大斧戦鬼と戦い、俺は人生で初めて死を覚悟した。俺は自分の眠たさに負け、少し気が緩んだ。その時、後ろから「ザガン!」と大きな声で呼び起こされ、次の瞬間、体の反射だけで振り下ろされた巨大な斧を壊れかけの斧で受け止め、ついには俺の相棒も耐えられなくなって壊れた。
「お前はその程度がザガン!」
後ろから彼の発破が聞こえてくる。
「つらい訓練は全部無意味だったのか!仲間と乗り越えた試練は何のためだったんだ!答えろ!」
彼の言葉に俺は自分を奮い立たせた。そうだ。ここで諦めてたまるか。思い出せ、森で過ごしたあの時間を。
「いらない事を考えるな!」
より頭が冷静になっていく。そうだ。無駄な思考は不要。俺は獣。街と人々を守る守護者だ。
「うぉおおおおおおおおおああああ!」
絶体絶命の攻撃、俺はあえて大斧戦鬼にとびかかった。そしてそのまま驚いた鬼の首元に噛みついた。すぐに大斧戦鬼が俺を振りほどこうとしたが、こいつが死ぬか、俺が死ぬかの命の比べあいだった。
数分後、大斧戦鬼はバタンと地面に倒れふせ、俺は口に残った肉を吐き出しながら、生きている事に感謝した。ユウトの方を見てみると、
「ザガン!お前の一勝だ!次は勝つ!...」
そういうと、ユウトは再び気絶した。
彼はそんな俺らを見て、
「大アルカナ:太陽を使用、光の恵み」
彼がそういうと、天にそびえる太陽の光が俺たちに降り注ぐ、それは暖かく、心地よかった。
気が付くと、疲れやけがは治っており、力に満ち溢れていた。
「ホラよ、お前ら、折れたやつの代わりにこれを使え」
彼はおそらく拡張バックから、ミスリルで出来た剣や斧を俺たちの方に放り投げてきた。
「おめでとう、とりあえず一体倒せたな」
はは、彼は嬉しそうにこちらに微笑んでいた。そうだよな、ここで終わりだよな?とりあえず帰って作戦とかを
「じゃ、ここにいる人数分倒せるまで、がんばれよ」
ははは、今日は本当に俺の命日かもしれない。
数時間後、俺たちは命からがら、なんとかだあの魔法陣から脱出し、訓練場に戻ってきた。
「そういう事で、これから各々の隊長に話してもらえ、次はお前ら全員で行ってもらうぞ」
彼はそういながら、今日俺たちが倒したモンスターをもってギルドの方に向かった。
数時間後、俺たちは滅国のモンスターの件、戦い方や生き残り方をくまなく全員に教えた。
そうして、買取を終えた彼は、お前らに試練を与えると全団員に言い出した。
「各々、隊長から話を聞いたと思う。明日、全員で行くぞ!」
そうして俺たちは、再び地獄に戻った。
***
「ははははは!ぬるい!ぬるいぞ!」
ザガンが先陣を切り、黒斧隊の他のメンバーも後に続く。滅国のモンスターと戦い、生き残った彼らは、もはや何者にも負ける事はないだろう。恩師のため、そして自分たちを育て上げてくれた彼に、そしてノーザンの街の全ての為に、彼らは、もう二度と負けないだろう。