特別な人間
「あのねぇ、あなたみたいな人間は自分は特別なんだなどと、心のどこかで宣いながらその盾が矛になって誰かを傷つけているのよ」
と金魚は言った。
その日、どうしてそんな話になったのかは覚えていない。
ともかく僕はやっとアルバイトを続けられるようになって、ようやくまともな社会人の小さな鱗片をまとい始めたところだった。それで、金魚にその日した同僚との些細な会話を聞かせてやっていたのだ。
「だから僕は、金魚が可愛いって思わない人間なんてどうかしてるって言ったんだ。」
「…あなたほんとにそう言ったの?」
てっきり喜んでくれると思ったので、僕は金魚が嬉しくなってそう言ったのかどうか、変な笑顔のまま固まった。
すると金魚は言った。
「金魚を可愛いと思わない人間?そうね、いるに決まってるじゃない。」
とても金魚本人、或いは本体が言うとは思えない台詞ではある。それで僕は少し気まずくなって、下を向いて
「まあ、そりゃいるかもだけど。でもね」
とぼそぼそ反論しようとした。
「あのねぇ、あなたみたいな人間は自分は特別なんだなどと、心のどこかで宣いながらその盾が矛になって誰かを傷つけているのよ」
ぴしゃりと金魚は言った。
「別に、特別だなんて思ってないけど…」
強いて言うなら特別なのは金魚である。
「金魚をかわいがってる、独身で一人暮らしでフリーターで、なのに几帳面で優しい珍しい種類の人間だってアピールしたい気持ちが全くなかったってあなた言えるの?」
そう言われると全く反論できない。この金魚は僕のことをよく分かりすぎている。
「いや、まあ確かに僕はそんな人間でもないのに、そう見せようと、思ってなかった訳でもない…かも」
仕方なく認めた。実際怠惰に生活して、どうにか金魚に文句を言われて世話をしている日々なので、認めざるを得ない訳である。『#丁寧な暮らし』なんて投稿を自分がすると想像しただけで吐きそうになる。
「まあ、言ってしまったものは仕方ないけど、あんまり調子に乗っちゃ駄目よ。まあいざ金魚が嫌いな人がすこし気まずそうな顔をしでもしていたら、あなた気がついて私にそんな話しなかったでしょうけど。」
特大のため息をポコポコと泡にして吐きながら金魚が呆れたように言ったので、僕はまた驚いて言った。
「まるでほんとにいつもどこかで、ずっと僕の顔を見ているような物言いだね。」
「わかるもの。」
当たり前のように金魚は言う。
「君は神かなにかなのかな」
と前々から疑問に思っていたことを言う。最も呆れられるか笑われるか、万が一神ならこんな扱いしていいわけないので、今まで口に出さなかったことではある。
すると金魚はまた呆れたように言った。
「よく知りもしないものに私を当てはめるのはやめなさい。」
それも最もである。特に反論もないので、僕は自己嫌悪に浸る時間を確保するために、布団に深く潜り込むことにした。




