9ラウンド目・さー、筋トレしよっか?
毎日更新出来てます。うーん、頑張ってる。
「さーて、どーしたもんかしらねぇ……この人」
やりっ放しだったヤンデルナに近付き、顎の下に人差し指を当てながら、郁美ことミライクは考えました。
その視線は庭の中を行き来し、やがて庭の端の納屋へと向かい、中のスコップに辿り着き……
「ちょちょちょちょちょっと!! まさか私を穴掘って埋めて、何も無かった事にするつもりじゃないよね!?」
「……ちっ。」
「ちっ。じゃないわよっ!! 冗談でも止めてよね私ちゃんと生きてるんだからっ!!」
「……なーんだ、まだ生きてたのか……」
「ひいいいいいぃーっ!?」
冗談よ、冗談! と言いながらミライクは生きてますアピールの為、健気にプルプル震える手足で四つん這いポーズ(生まれたての小鹿風)で居た後、器用にジリジリと後退りしながら逃げようとするヤンデルナの前に立ちはだかると、
「なーんてね。まだあなたに聞きたい事は山程有るから、そんなに怖がらなくていいって!」
ミライクは一瞬だけ見せた強面の風貌を欠き消すような笑顔で、ヤンデルナに向かって手を差し出した。
「……で、勝負はまだ続ける気? 私はまだまだ続けても構わないけど」
けれど、チクリと一刺しするのは忘れずに……。
「いーえいーえ! 御馳走様でしたもう十分です!! 負けました負けました!!」
勿論、ヤンデルナはブンブンと首を横に振って、自分の負けを素直に認めました。
そんなヤンデルナに差し出した手を掴ませると、グイッと引っ張って立ち上がらせた後、
「ねえ、じぃや!! 勝負着いたわよ!!」
舞台の下に控えていたチャップリン翁に声を掛けます。
「うむ、うむ。実に素晴らしい戦いでしたぞ! ミライクお嬢様、そなたの勝ちは誰もが認めるものですぞぃ!」
答えるチャップリン翁もハッキリと宣言し、その声に見守っていたアルフロート家の使用人達もホッと一息付き、タオルやカーテンそして着替えのセットを手にミライクを出迎える準備を始め……
「ち、ちょっとまた生着替えするのっ!?」
「「じゅーに、じゅーいち、じゅー……」」
「何でさっきより短いのよっ!?」
キャーキャー言いながら再び生着替えを始めるミライクでしたが、流石に今回は、時間が足りなかったようです。
「まだまだだって……うっそぉ~ッ!?」
侍女二人がカーテンを降ろした瞬間、ミライクこと郁美はバスタオルを胸元に押し当てながら、屋敷へと走って戻りました。つーか何故に屋敷で着替えないのか。
……そんな茶番劇はさておき、いつもの簡素な服装に着替え終わったミライクは、応接間でヤンデルナと向き合って座ります。
「……で、何を聞きたいと言うのかしら?」
敗者とはいえ、詰問される立場ではないヤンデルナは、出されたお茶に手を付けぬまま、ミライクの返答を待ちます。
「そうね、先ず知りたいのは【護りの乙女】って、そんなに旨味のある立場なのかって事ね」
そう告げるミライクの顔を、じっと見詰め返しながら、ヤンデルナは答えました。
「……露骨な言い方ね。まあ、そりゃそうでしょう? ……なにせ、一回でも【護りの乙女】に成れば国から保証金は出るし、学費渡航費その他ぜーんぶタダになるし、それに……」
「そーやって、囲い込むってのは、逃げられないようにするって狙いかな?」
ミライクこと郁美の容赦のない言い方は、ヤンデルナの言葉を打ち切らせるだけの威力があったようです。彼女は一度だけ覗かせた(この狸め……)と言いたげな表情を引っ込めてから、
「そうよ? 【護りの乙女】の役目はヤレンナー君の為だけに存在すると同時に、ヤレンナー君を国外に出さないよう囲い込む際の護衛として、付き従う事を誓わせられるって訳よ」
歯に衣着せぬ物言いでは有りますが、ミライクこと郁美の知りたかった事は、ほぼ全て揃いました。但し、郁美はまだ肝心な事を聞いていませんが。
「……ねえ、ヤレンナー君って……一体何者なの?」
「……それを聞いたら、もう後戻りは出来ないわよ?」
郁美は最後のカードを切り、ヤンデルナはそれを受けました。
「……彼は、この国の中で最も稀少で、最も扱い難い存在。たぶん、世界で唯一の【退魔】の素質を持った者よ」
再び気絶したヤレンナーは、やっぱりアルフロート家のお世話になっていました。ま、流石に許嫁でもある彼をポーンと放り投げるような事はしないでしょうが。
彼は無意識下の元、深い眠りに近い状態で自らの【退魔】の素質について考えました。
何故、自分は他人の魔力を奪うのか。何故、それは起きるのか。その吸い取った魔力は何処に消えるのか。何故か、何故か、何故か……
そうして出口の無い迷宮のような思考を巡らせながら、次第に覚醒していきます。
彼の意識が戻った時、一番最初に思い付いたのは、ミライクの事でした。
(……ミライク君、どうしてるのかな)
先程の、鬼気迫る形相でヤンデルナを恥辱の股裂き刑にしていた事はすっかり忘れ去り、都合良く清らかな笑顔のミライクが脳裏を過ります。
(……何回も気絶するような、弱々しい男なんて……好きになる理由もないだろうけど)
絶叫しながら跳躍し、勇ましくクロスチョップで宙に舞うミライクの姿も脳裏から都合良く消去し、取り敢えず筋トレに励み額の汗を拭う彼女の姿が思い浮かびました。まあ、無難でしょう。
(……でも、僕達は許嫁同士、なんだから……)
何故か彼女にラリアットされた時の事を思い出し、既に治癒した筈の首筋を擦ってみましたが、あの時は初めて(……あ、こーやって人間は死んじゃうのかもしれないな)と思った事が蘇り、背筋を震わせました。まあ、そりゃそうだ。
と、妙な連想で軽く膝が震え出した時、廊下の先の部屋からミライクが姿を現しました。
「あっ! ヤレンナー君! 目を覚ましてたの?」
いつもと変わらぬ調子で言いながら、ミライクはヤレンナーに近付くと彼の前髪を掻き上げて額に手を当てながら、
「熱とか無い? 良く倒れるのが病気の前兆だったりしたら、洒落にならないからさぁ~」
気さくに話す彼女でしたが、ヤレンナー君はそんなミライクの自然体な姿が、とても眩しくて、嬉しかったのです。
「だ、大丈夫だと思うよ。横になってたから元気になった……かな?」
少々照れ臭くなり、ヤレンナーはミライクの手をそっと外しながら俯いてしまいました。
「ふ~ん、ならいいけどね。じゃあ、筋トレしよっか!」
「……えっ!?」
「この前言ったでしょ~? 気味も身体を鍛えた方がいーってさ! さ、先ずは腹筋五百回からね!」
いやいやちょっと待ってくださいよっ!? みたいな事を言う彼をヘッドロックで拘束しながら、ミライクこと郁美はお気に入りの鍛練道具を詰め込んだ自分の部屋へと導いて行きましたとさ。
……所変わって、此処はハラグローリィ家の一室。
その一室には、一人の女性が居ました。いや、女性と言うにはまだあどけなさの残る顔立ちで、長く濃い紫色の髪を真っ直ぐに伸ばした姿は凛として気品と育ちの良さを窺わせますが、どこか冷たい印象も漂わせています。
長い裾のスカートを波打たせながら部屋の中を横切り、窓の近くに有る本棚から魔導書を取り出すと、捲りながら暫く目を通していましたが、やがて小さく溜め息を吐いた後、魔導書を本棚に戻してから扉の方へと視線を移しました。
「……姉様、居るかい?」
扉をノックした後、部屋の中へ一人の娘が入って来ました。相手の事を姉様と呼んだ彼女も同じ紫色の髪でしたが、肩より短い長さに切り揃え、利発さよりも活発そうな印象の娘です。
「ジレッテーナ、ヤンデルナは負けたのですか?」
「そう、負けたってさ……って、何で知ってるの?」
ジレッテーナと呼ばれた娘は頭を掻きながら、自分より早く情報を入手していた姉の傍らへと歩み寄り、
「あ、そっか……それで見てたって訳ね」
姉の居た部屋に置かれた机の上に、白く輝く宝玉を目敏く見つけて納得したように言いました。
「……ヤンデルナは、私達【護りの乙女】候補の中でも、まだまだ未熟者ですが……」
そう前置きした後、宝玉に手を添えて小さく何事か呟くと、宝玉がスーッと澄んで透明になり、その中心にミライクと戦うヤンデルナの姿が映し出されました。
「……相手のミライク……でしたっけ? まあ、何とも……野蛮な戦い方を……うわ……酷いものですね」
その映像は忠実に二人の戦う姿を映し、やがてヤンデルナが恥辱一杯の【怒りのマッスル☆おしおき】で舞台に沈む結末へ。
「……ふーん、ミライクってのは、私と同じタイプかな?」
しかし、思わず眉をしかめる姉とは違い、ジレッテーナと呼ばれた娘は表情を変える事無く、冷静に眺めた後、呟きました。
「……天然の筋肉バカの方が強いのか、【身体強化】の私の方が強いのか……気になるねぇ」
そう言うジレッテーナに、姉は少々呆れた表情を見せつつ、宝玉に手を翳して映像を消してから、口を開きました。
「ジレッテーナ、そう急くものでは無いわ。きっと、直ぐに手合わせ出来ますから……ね」
落ち着いた口調で告げた後、宝玉が置かれた机の椅子に腰を掛け、手を合わせて顎の下に添えながら眼を瞑り、思いました。
(……三姉妹の末の妹を倒した位で、私達に勝ったと思うのは……時期尚早ですわよ?)
それでは次回「自宅警備ロボ?」をお楽しみに! ってどんな話だっての。