8ラウンド目・ヤレンナー君の苦悩。
ちょっぴり遅くなったけど、書き上がりました。
……こ、ここは? ……あ、ミライク君のお屋敷か。
僕が目を覚ますと、二人の召し使いさんが気遣いながら声を掛けてくれました。
「あ、お目覚めになりました!!」
「よかったぁ! じゃあ、私はお嬢様に報せてきますね!」
起きた僕を気遣いながら、片方の召し使いさんはミライク君に報せようと部屋を出ていきました。
僕ともう一人の召し使いさんが取り残されたけど、その人は僕に触れる事は有りません。もし触ってしまったら、きっと【魔導】が使えなくなるから、だろうけれど。
……この世界の女性は、みんな【魔導】が使える。小さな女の子から、年を取ったお婆さんまで。でも、男はみんな使えない。たまーに、魔力を持って生まれた男の子が現れたりするけれど、だいたいみんな、早くに死んでしまう。
生まれたばかりの僕はそうした【魔力持ち】の子供だったけれど、ある時、高熱を出して寝込んだ末に治った後、【魔力持ち】の症状は綺麗に消え去ったんだ。だから、周りも自分も安心してた。もう、生きる事で何も悩まずに済むって。
……でも、それから暫くして、僕は気が付いた。
僕に触れた女性全員が、【魔導】が使えなくなる、って。
最初は、母が僕に触れた後、やたら疲れて寝入ったりする事が増えてしまい、父に相談したんだ。話を聞いた父は家の者全員に説明し、女の人五人と男の人五人を集めて、試したんだ。
結果はあっという間に判った。女中の中でも【魔導】に秀でていた人が、簡単な火付けの技も出来なくなってしまったのに、男の人五人は全く影響無し。勿論、他の女の人達も体調を崩したり、【魔導】が使えなくなった。
父は職場の仲間内で最も魔導に詳しい人に相談し、僕を診て貰った。
「……私が診なくても簡単な理由だよ。残念だけど彼は【退魔】の素質持ちさ」
その人は言うと、僕のシャツ越しに背中へと手を当てて、
「……ああ、かなり強いね。こうして服越しでも私の手から魔力が吸い取られていくのが、良く判る……もう、ヤバいか……」
掌を擦りながら離した彼女は、注意しながら僕の眼を覗き込み、
「……うん、【退魔】の彩輪が浮き出してるね。ほら、隊長も見てみな」
呼ばれた父は僕の瞳をじっと見て、思わず溜め息を吐いた。魔導が使えない男の人でも、身体に顕れる兆候は見て判るようで、父は今までとは違う物を扱うように、言葉を選びながら、言ったんだ。
「……ヤレンナー、悪いが暫く……屋敷の離れで、暮らしてくれ」
それが、僕にとって普通の人生の、最後の日になった。
僕は、普通じゃなくなった。
父は僕を跡取り息子として鍛える事を諦めて、何も期待しなくなった。居ても居なくても、何とかなるように弟達を鍛え始めた。
周りからは遠ざけられ、国の偉い人からは【退魔】の力が更に強くなったら、引き取ると告げられた。つまり、他の使い道を考える、って意味だろう。
僕をバラバラにして、仲の悪い国にばら蒔けば……【魔導】が使えなくなったりして……そうなったら、仲間外れが無くなるかもね。相手の国の方が羨ましいなんて、皮肉だな。
そうやって拗ねた日々を過ごしていたら、小さい頃に良く遊んでいたミライク君が、突然やって来た。昔はただの幼馴染みだったけど、今更、何の用だろう。そう考えていると、
「……わ、私……ヤレンナー君の【許嫁】に、なったの……」
びっくりする位の小さな声で、それだけ囁いた後、逃げ出すように帰ってしまった。勿論、ミライク君の父上から事情を説明されたけど、僕の頭の中はぐちゃぐちゃになっていて、良く判らなかった。
どうやら、色んな所の考えや狙いがあって、僕達は許嫁同士にされたみたいだ。だって、ミライク君は【魔導】が使えなかったみたいで、僕に触っても何ともなかった。それにわざわざ隣に屋敷を買ってまで引っ越してきたんだから。
でも、僕達は許嫁になったからって言っても、別に頻繁に会うような事はしなかった。だって、ミライク君は何も話さないタイプだったし、いつも恐ろしい者を見るような目で、僕を見たから。
でも、僕は、ミライク君が嫌いになれなかった。たまに、庭先を歩く彼女を見ていると、僕の心は波打ってザワザワと揺れるから……もしかしたら、会った時から好きになっていたのかもしれない。
そんなふわふわとした日々は、彼女が突然別人みたいになった日に終わったんだ。
いつも散歩の為に歩いていた庭先で、ミライク君が芝生に寝転がりながら、一心不乱に腹筋していた。
白い肌着みたいな格好のままで、ずーっと、ずーっと、休む事無く繰り返し、繰り返し。見ているこっちが飽きてきた頃、やっと終わったらしく立ち上がると、庭先に置かれていた機甲猟兵の足元に近付いて、じーっと上を見ているんだ。
何が見えるのかって気になり、僕も見ようとした瞬間、ミライク君と目が合った。
その目に射抜かれた僕は、気付くと屋敷を飛び出して、ミライク君の屋敷に向かったんだ。
その時、初めて僕は判った。
僕の心は、ミライク君の事しか、考えられなくなっていたんだ。鋭い目付きで、見詰められた瞬間、そう思ったんだ。
……今から思い返せば、気持ちの悪い男かもしれない。でも、ミライク君は別に僕を他の人々みたいに遠ざけないし、利用してやろうと近付く人達みたいに下手に出たりしない。だから、一緒に居ると、とても楽なんだ。
そう思いながら、立ち上がった僕は窓枠に近付いて、外の様子を見たんだ。
「ひぎいいいぃーっ!!」
えええぇっ!? 何あれっ!! スカート穿いた女の子が宙に浮かんだまんまグルグル回されてる!? なにこれ何の見世物っ!?
「うおおおりゃあああぁ~っ!!」
……あ、ミライク君か。だったら、有り得るよなぁ……雄叫び上げながら、今日は僕以外の誰かを犠牲にしたのか。可哀想に……で、どーやったら空を飛べるのかな? ……いや、だから【タケコプタ○】とか【ダブルラリアッ○】とか知らない知識が湧き出すのなんて止めてほしいけど。
ひええぇっ!! 投げたっ!! ぶん投げたよっ!! 人間を小枝みたいにぶん投げたよミライク君!! 遂に人間辞めちゃったのかなぁ……僕を担いで歩き回ったりしていたのは、あれの練習の為だったのかなぁ……。
「……食らえっ!! 【怒りのマッスル☆おしおき】ッ!!」
……もう、目が慣れて思考が固まってきた。ついでに、判らない方が良かった事実が沢山増えました。
「ぴぎいいいぃ~っ!!!!」
さっきの女の子をミライク君は肩に担いで、下着丸出しにさせながら、見た事のない格好で、見た事のない関節技をしたまんま、落ちていきました。間違いなくあの格好は【護りの乙女】の正装の一つだねぇ。婚礼の日取りを決める時に見せて貰ったから知ってるけど。
それで、あの女の子はハラグローリィ家の三姉妹、末の妹のヤンデルナ君だなぁ。白い下着丸出しで、目と鼻から色々と垂らしたまんま、ポイッとミライク君に投げ捨てられて、ぼちゃっと白い舞台の上で伸びているけれど……ヤンデルナ君に間違いないなぁ……白眼剥いてるけど、生きてるのかなぁ。
「……いっち! にぃ! さん!! ぶいいいいぃーッ!!」
そんなミライク君の雄叫びを聞きながら、僕は静かに眼を閉じ、壁に身体を預けながらずるずると脱力して、そのまま気絶した。
ヤレンナー君、今日も通常営業でした。ではまた次回(未定)もお楽しみに!!