6ラウンド目・マッスルボディは傷が付き難い。
うん、みんなが読んでくれていると思うと、物凄くやる気が出て執筆出来るんだ。郁美さんもきっと同じなんだよ。
「……律儀に待ってくれるなんて、案外貴女って礼儀正しいんじゃない?」
ヤンデルナは立ち上がると、手にした杖を地に着けながら評しました。
その言葉を聞いたミライクは、そんなの当たり前じゃない、と前置きしてから言いました。
「……ゴングが鳴らない限り、悪役だって試合を始めたりしないわ」
こうしてミライクとヤンデルナの、【護りの乙女】の座を賭けた戦いの火蓋が切って落とされようとしていましたが……
「お嬢様! そんな格好(部屋着の短パンとタンクトップ)で始めてはなりませぬぞぃ!」
と、老執事のチャップマン翁が、小脇に包みを抱えながら現れたのです。折角やる気になっていたミライクこと郁美は、出鼻を挫かれて少しガッカリです。
「こ、これは元騎士団長のチャップマン様!! ……ご隠居なされたとは聞き及んでおりましたが、此方にいらっしゃっていたのですか……」
しかしヤンデルナの方は、まさかの対面にビックリです。彼女にしてみれば、この国随一の剣の腕前と無敵のマッスルボディを備えた過去最強の団長が、これから相手しようとしているミライクの身内として現れたのです。それは驚いて当然なのですが、
「ほっほっほっ、現役を退いて随分と時が過ぎましたからのぅ。今は只の老執事ですじゃ」
落ち着き払った言い方で、ヤンデルナの言葉をやんわりと受け流します。と、チャップマン翁は思い出したように抱えていた包みを開きながら、
「そうじゃ、これをお嬢様にお渡しせねばなるまいと思っていたのです。さあ、お嬢様、これを御召しになってくださいませ」
手にした物を舞台上のミライクへと手渡しました。無論、着ろと言われて素直に着るにしても、一度は眺めるものです。ミライクは手にした衣服を掲げてみましたが……
「……こ、これは……どー見たって【善玉女子】レスラーのコスチュームじゃない!!」
思わず叫ばずにはいられない程、煌びやかな銀地に赤の稲妻模様のラインと各所にフリルが入ったレオタード、そして真っ赤な編み上げブーツ……それはレスラーだった時、郁美が恥ずかしくて恥ずかしくて絶対に身に付けたくなかったから【悪役女子】レスラーの道を選んだ位に着たくなかったレオタードだったのです。
「いーやーでーすーぅ!! こんなフッリフリなの着られないわよ! じぃやのヘンタイ!! 絶対に頭おかしーよ!!」
……まるで犬のフンでも扱うかのようにブンブンと振り回しながら、郁美はじぃやに突き返そうとしましたが、彼の次の言葉につい手が止まりました。
「それは……亡くなったお嬢様のお母上、ミライゼ様の形見……【護りの乙女】の戦闘礼服で御座います……」
と、言われたものの郁美にとっては、知りもしない女性のコスチュームでしか有りません。しかし、形見の衣装と言われて尚、捨ててしまう等と不粋な真似は出来ません。
「……しょーがないなぁ……一回、試着するだけだからねっ!?」
そう言うと侍女達にカーテンを何枚か持って来させ、ちょっと持っててよ? いいって言うまで開けちゃダメだよ!? と突然の生着替えを始めます。勿論、侍女達も弁えています。声を揃えて「じゅーご、じゅーよん、じゅーさん……」と数え始め、中から「やっ!? 十五秒とか早すぎない!? てか数えるの早いから早いからぁ~!!」とミライクこと郁美が喚く場面が展開し……
(……なーにやってんでしょーか、この人達……)
と、ヤンデルナを呆れさせましたとさ。
「さぁ! 待たせたわね!! って言っても……は、恥ずかしいけど……」
三十路手前の郁美にとっては、十五歳のミライクになっていても恥ずかしいものは恥ずかしいのです。しきりに太股辺りの食い込みを気にしつつ、準備が整ったミライクはヤンデルナと向き合います。
「……なーんでアンタの生着替えを見せつけられなきゃなんないのよ? ギリギリでポロリはセーフとか要らないアクションだから!!」
当然ながら、生着替えの醍醐味を知らないヤンデルナは腕組みしたままブツブツと文句を言いますが、それはお約束ですよ?
「さて……一応、儂が見届け人になりますから、存分におやりなさい。但し、【舞台から落ちる】か【負けを認めて参ったと言う】まで闘うのじゃが、相手を殺すような真似は許されんから、心するようにのぅ?」
チャップマン翁が宣言し、舞台の上で二人に告げてからお互いに手を触れ合わせた後、舞台から身を引きました。
「……それじゃあ、始めましょーか!!」
典型的な魔導士の服装のヤンデルナは、そう言いながら青いドレスの裾を跳ねさせ、一歩前に踏み出しましたが……
「どおおおおおおおぉーりゃあっ!!」
野太い雄叫びと共に、地を割り裂きかねん勢いで突進したミライクは、両手をクロスさせながら跳躍!! 先制攻撃のフライングクロスチョップを見舞います!!
「ひいいいぃ~っ!? ば、ばかっ!! 何すんのよっ!?」
間一髪で避けながら、ヤンデルナは遥か後方に着地してゴロンと前転受け身の後、サッと立ち上がったミライクに向かって叫びます。
「どうるせえええぇーいっ!! くたばれえぇーいっ!!」
しかし【悪役女子】レスラースイッチの入った郁美には聞こえる訳が有りません。再び構え直し、ショートカットの髪を振り乱しながら跳ぼうと身構えたのですが……
「バーカ!! そう何回も同じ手が通用する訳ないじゃないわよ!!」
と、嘲笑うように言いながら、ヤンデルナがふわりと宙に浮き上がりました。でも、浮いているとは言っても肩の上位の高さ。ミライクが本気でジャンプすれば届かない高さでは有りません。
「……さぁて、先ずは脳筋が掴めない位まで……よっこいしょっ」
しかしヤンデルナも理解しているようで、グイッと腕を挙げながら力を込め、身体を引き上げる動きを繰り返し……
「っと! さ、流石にこの高さなら届かないでしょ?」
両手を振りながらバランスを取り、明らかに見えない何かの上に立っているのは丸判りなんですが……
「くっそぉ~ッ!! ズルいぞ降りてこいやぁ~ッ!!」
すっかり脳筋モードになっていた郁美は、細かい事は一切気にせず手の届かないヤンデルナに怒鳴ります。
「ああぁ~、怖い怖い……でも、これで準備が出来ました」
大袈裟に怖がりながら、しかし余裕の笑みを浮かべながら下界のミライクを眺めていたヤンデルナでしたが、そう言った瞬間、雰囲気が変わりました。
「……遊びは終わりにしましょう。今すぐ地に伏して降参すれば、大人しく帰ります。でも、まだ続ける気なら……」
彼女は手にした杖を回しながら、中空に紋様を浮かび上がらせます。そう……遂に【魔導】の本領、複雑な呪式を複数用いた連結駆式で一気に畳み掛けるつもりのようです。
「……火、水、風……単独ではまだ、中規模魔導程度の実力しかない私ですが、努力と鍛練の末に編み出した複式魔導……ッ!!」
ヤンデルナの前方に大きな輪っかが三つ。各々が赤や青、水色の模様を複雑に絡み合わせながらグルグルと回転し、周りから魔導由来の陽炎が仄かに立ち上ぼります。
「……【三連魔導撃】ッ!!」
すぅ……、と杖をミライクに向かって降ろした瞬間、三つの輪っかから氷の鏃、火の礫、風の刃が地上のミライクに向かって次々と襲い掛かります!!
手を交差させて身を守るミライクへ、氷の鏃が突き刺さり、火の礫が当たって弾け、風の刃が斬り付けて、周囲も巻き込み舞台から爆炎と煙、そして舞い散る風が一気に吹き上がって視界を奪います。
いつも訳の判らない筋トレ風景を見慣れた侍女達も、流石にここまで無茶苦茶な状況を目の当たりにするのは初めてで、声にならない悲鳴を上げながら口に手を当ててしまいます。信じられない……と、心の中で呟きながら。
(……あーあ、くだらない意地、張っちゃったから……もし無事だったとしても再起不能じゃないかしら?)
ヤンデルナは多少手加減はしましたが、本来ならば戦場で敵兵を屠る為の殲滅攻撃用の魔導を使ったのです。まともに当たれば一堪りも無い筈……
「……こんなもん、大電流爆破有刺鉄線釘バット有りデスマッチと比べれば……」
「……へっ!?」
……間違いなく直撃した筈なのに、そこには腕を交差させて目元を隠したミライクが、全身から煙をブスブスと上げたまま立っていたのです。
「……あの【全日本インディース女子プロレス選抜・悪役レスラー全員集合デスマッチ≪ワクワクどっきどき☆釘バットでどっつき合いだお~っ♪≫】と比べれば……」
ミライクこと郁美は、そう言うと額に刺さった氷の鏃をグチッと引き抜き、付与魔導を施された形見のレオタードをパンパンと叩いて火の粉を落としから、気合いを入れ直す為に腕をグルグルと振り回し……てから、吠えるように叫んだのです!!
「……痛くも痒くもねええええぇーーーッ!!」
「ウッソでしょ~ッ!? アンタ、頭から血が出てるじゃない!! ねぇ、チャップマン様!?」
脳筋、ここに極まれり。その一言に尽きるミライク(郁美)の言葉はヤンデルナには全く信じられず、思わず見届け人のチャップマン翁に問い掛けましたが、
「うむ、しっかり立っとるのぅ! 元気そうで何よりじゃな!」
「チャップマン様~っ!?」
やっぱりコイツも脳筋なんだと知って、ヤンデルナの嘆きは風に乗り雲の向こうへと、消えていきました。
……因みに、こんな戦いになったら、部屋着なんて一瞬で吹き飛び燃え尽きちゃうから、チャップマン翁は敢えて燃え難い素材で作られた形見のレオタードを引っ張り出して来たとかは……まあ、お察し下さいね?
それでは次回の「嗚呼!怒りのマッスル☆おしおきが遂に完成!」をお楽しみに!