2ラウンド目・ロボットに乗ってみた。
結構さくさく書けるのは、何でだろう?
「きゃーっ!! きゃーっ!! すごーい!! 筋肉っぽい!!」
郁美は庭に鎮座している巨大なロボットに近付くと、女子とは思えないようなテンションではしゃぎ、片膝を地に着けた姿勢で蹲っている真っ青な巨体の周りをグルグルと回りながら、拳を握り締めてワナワナと震える程に食い付いていた。
「ミライクお嬢様……あまりはしたない真似はなさらないで下さいまし、じぃやを殺すつもりですか……?」
何とかという名前の青年を助け起こしながら、じぃやが郁美を窘めるが、当の本人はと言えば、
「じぃーやさん!! あれは本物!? 乗れるの!?」
立ち上がった棒がキーキー叫ぶのを完全に無視しつつ、そう言いながら既に足の甲ら辺によじ登っては滑り落ちるを繰り返していた。だからべたべた触るなっての。
「ほっほっほっ、珍しい事もあるもんですのぅ。お嬢様が【機甲猟兵】に興味を示されるなぞ、じぃやが生きている内に訪れるとは思いもしませんぞぃ」
老執事の世話役おじーさんはそう言いながら地に伏せた許嫁を拾い、パンパンと埃を叩き落としてから立たせると、
「さて、久々に動かしてみるかのぅ?」
着慣れた服に袖を通すような気安さで足首に隠された操作盤を開き、慣れた手付きで何やらすると胸元辺りが開いて下へと降りてきて、
「お嬢様、こーやって乗り込むんですぞぃ」
ひらりと窪んだ箇所に乗り込むと手を差し出し、ヒラヒラの寝巻き姿の郁美を誘うとスルスルと上昇させて、操縦席へと乗り込んだ。
「わーっ!! わぁーっ!! スゴい機械っぽ……く、ない?」
最初は操縦席に相乗りし興奮しながら内部をペタペタと触っていた郁美だったが、気付けばその簡素な構造に驚き、そしてじぃやの顔を見てしまう。これハリボテ? と言わんばかりに。
「キカイとは何の事か存じませんが、機甲猟兵を動かすのに小難しい知識は要りませぬぞ?」
郁美の疑惑に満ちた眼差しを受け流しながら、じぃやは上着を脱ぎ捨てた。
「ふおおおぉ~っ!! すっごいぃ筋肉っ!!!!」
と、郁美は機甲猟兵を見つけた時と同じ位に興奮した。じぃやのシャツの下は張り詰めた筋肉の層が重なり合い、郁美の筋肉フェチ指数的に大合格なシルバーマッチョマンだったのだ。
「ふむん、今朝のお嬢様は随分とおはしゃぎになりますな。じぃやが昔、騎士団長を務めていた事はご存知でしょうに……さて、動かしてみせますぞぃ」
誉められる事にはにかみつつ、シルバーマッチョマンなじぃやは操縦席の真ん中にある質素な一本のレバーを立ったまま掴み、意識を軽く集中させる。すると視野の狭かった操縦席の窓が一気に広がり、あっという間に自分達が、スッケスケのシースルーな空間に立っているような全方位スクリーンの状態に変化する。
「わっ!! わっ!? 真下まで丸見えなんですけどっ!?」
「それは当然ですじゃ、背丈はお屋敷より高いですからのぅ」
予想外の高さからの景色に、思わずじぃやの脇にしがみつく郁美だったが、じぃやは笑いながら彼女を往なしつつレバーを握り締め、力を込めた。
すると機甲猟兵がガクンと膝を伸ばし、ゆっくりと立ち上がる。
「じぃやさん!! どーやって動かしてるの!?」
「これですかのぅ? これは機甲猟兵の身体の各所に埋め込まれた魔導素子を介して……聞いてますかのぅ?」
しかしじぃやの解説の最中、郁美は目の前に晒されたシルバーマッチョの隆起を指先でなぞったり、その鍛えられ無駄な部分を削ぎ落とした肉体美に酔いしれてあんまり話は聞いていなかった。
郁美は極度のファザコンであった。彼女の父親が合気道の指導者だった事もあり、幼い頃から師事を受けて成長し、高校生になった頃は父親も認める程の実力を身に付けたのだが、父親は病気であっさりと他界し、彼女の人生は目標も何もかも失ってしまった。その過去もあり、郁美は若い男性に興味を持てなくなり、自らの進路も曖昧になり空虚な時間を過ごしていたのだが……
【求む、未来のスーパーヒロイン!!】
そう銘打たれた広告には、当時のメイン女子レスラーだった先輩がババーンとポーズを取り、その後ろでは鍛え上げられた肉体のレスラー達が、宙高くジャンプしながら空中殺法を繰り広げる姿が載っていたのだ。
(……こ、これは……カッコいいっ!!)
当時高校三年だった郁美は、その興行試合のチラシ裏に印刷されていた募集広告の電話番号を震える手で引きちぎり、あっという間に連絡を取り付けると道場の扉を叩いていたのだった。
……それから十年が過ぎ、郁美は【IKUMI・デスペラード】としてリングに立ち、そして死んだのだ。
因みに後輩レスラーからは「いくみん」と親しみを込めて呼ばれ頼られる先輩だった。しかしリングの上では試合開始10分経過後から見せる、容赦ない打撃と関節投げの鬼と化す姿から【アフターテンの悪魔】とファンからアダ名されていたが。
「……んあ? 聞いてたよ? その棒を握って動かせば色々出来るんでしょ?」
郁美は何となくそう言いながら、じぃやと共に動かしてみたくなり、ひょいとレバーへと手を延ばしたが、
「……んぎぎぃ……あ、あれぇ? ねぇ! これロックされてない?」
郁美がいくら力を籠めてもレバーはびくともせず、じぃやの顔を見上げてしまう。
「残念ながらお嬢様、この機甲猟兵は一人前の男か、力持ちで無いと動かす事も出来ませんぞぇ」
じぃやはそう言いながら再び上着を羽織り、ハッチを開けると郁美の手を引きながら、地上へと降りるよう促した。
「……残念だなぁ……あー! 私も【機甲少女アダマン☆たいん】みたいにビューッといってガーッてやりたかったなぁ!」
郁美は高校生の時に唯一ハマっていたアニメの名前を挙げながら、擬音だらけのアホな表現力でガッカリしてみせたのだが、
「ほっほっほっ、アダマン何とかは存じませんが、筋肉の鎧を身に付けた【選ばれし騎士】のみが操縦出来るのですじゃ」
そう告げると、郁美に着替える為に屋敷へ戻るよう促したのだった。
……あ、ちなみに許嫁は泣きながら敷地から出ていったらしいが、郁美は全く気にしていなかったのは仕方ないのだ。
次回「筋肉は嘘を付かない」をお楽しみに!