1ラウンド目・受け身はとても大切。
済まない、毎度お馴染みの思い付き投稿だ。
……ビーッ、と機器がブザーを鳴らし、患者の容態が急変した事を告げる。その音に駆け付けた当直医が即座に機器を見ながら、必要と思われる処置を施そうと薬剤のアンプルを取り出し、点滴する為に持ち上げようとしたが、
(……遅かったか……)
機器が示す患者の容態は、オールフラット。つまり生的な兆候を一切示さない状態……だった。
マニュアル通りにAEDを当て、幾度か心臓マッサージを試みた後、瞳孔を観察し脈拍を取り、傍らに控えていた看護士の女性に彼は一言告げた。
「……只今の時刻、二時四十八分。ご家族に連絡してくれ」
カルテを手に取り、状況を書き込みながら、その患者の名前を見て、彼は漸く思い出した。
(……あ、ニュースに出ていた女子プロレスラーって、この人だったのか?)
郁美は夢を、見ていた。
その夢は、リングのコーナーポストから落下し、首の骨を折って死んでしまう夢だった。
あー、リアルな夢だな、とか思ったらだいたい夢なんだけど、今もきっとそーなんだろうな、と寝起きの状態だからだろうか、ボーッと霞がかった頭の中で郁美は考えた。
彼女は三十手前の悪役女子プロレスラーだったが、自分の置かれている状況が全て最悪なのは良く理解していた。
減り続ける興行数に、減り続けるチケット販売数。おまけに後輩レスラーの激減に……つまり、全てが手詰まりな状況。
興行団体が抱えるレスラーの数が減れば、当然一人当たりの仕事が増える。だが悪役女子プロレスラーとして活躍してきた郁美の替わりが務まるような後輩は居ない。結局、稼ぐ為には試合をしなくてはならないのだが、悪役が活躍出来る状況はそう多くない。善玉レスラーが居なければ只のおっかない女プロレスラーでしかないのだ。
(あー、なんで悪役なんてやっちゃったんだろう)
郁美は夢うつつの中でぼやきながら、まだ覚めきらぬ意識でぼんやりと自分の状況を思い出し、溜め息を吐いた。
ゴロゴロと寝返りを繰り返しつつ、悶々とした時間をすごしながら不意に時間が気になって、漸く瞼を開けた。
(……ここ、どこ?)
目を開けた瞬間、見えた景色は物凄く高そうなホテルのスイートルームよりも、更に高そうな調度品だらけの異世界だった。
枕元に置かれた台には、触れればその場で溶けてしまいそうな薄っすいガラスのホヤで包まれた燭台が鎮座し、高い高い天井から四方に吊るされたレースのこれまた高そうな天幕がヒラヒラと波打ち、身分の高い人が横になるんだろうな、と他人事のように考えたが、
(……じゃあ、何で私がそこに寝てるの?)
郁美は至極当たり前な疑問によーやっと到達し、次第に頭が冴えてくる。と、同時に段々と不安が増し、自分が極めて場違いな場所に居る事に気が付いた。
(……この状況って逃げなきゃ、ダメな感じじゃない?)
寝ている間に拉致監禁? とか、ダウンしている間にドッキリ企画に巻き込まれた? 等と有りもしない妄想がむくむくと現実感を帯びて、とうとう起き上がり、すたこら逃げ出すつもりで身体を起こしたが……
(……ふあっ!? か、身体がむっちゃ軽いんですけど!?)
勢い良く振り上げた頭が立ち上がると、古傷だらけの筈の身体がやたらとスムーズに動き、つい掌を眺めてみると……
(な、何これ!? 指、ほっそ!!)
毎日毎日テーピングや捻挫を繰り返し、痛め付け放題で節くれだった筈の指先は、白魚のようにピンと伸び、傷一つ無いどころか爪には見た事もないような、美しく淡いピンク色の丁重なネイリングさえ施されていた。
(やーん! こんなの初めてみたかも!? ……ん?)
その指先でペタペタと肘や二の腕を触ってみると、もっちりとした指触りの感触。どうやらお肌も指先同様、有り得ない位にモチモチな美肌状態なんだと理解した。ドッキリにしては随分と手の込んだ仕込みだなぁ、と妙な感心をしていると、部屋の中に人の気配を察し、郁美は首を巡らすと視界の端に、黒いスーツ姿の人影を見つけた。
「……もしかして、仕掛人のヒト?」
と、これが自分の声なのかと驚くような涼やかな声で問い掛けた。
【だーれが仕掛人だよ、バーカ!】
その人影は面白がる調子を見せたものの、罵倒するように言いながらツカツカと郁美の寝ていたベッドへと近付き、
【……あんた、もしかして悪戯か何かされてると勘違いしてねーか?】
そして、肝心な事をサラッと、勿体ぶらずに打ち明けたのだ。
【だったら間違いさ……お前はぽっくりと死んじまったんだよ】
郁美はそのスーツ姿の女性(しかもオールバックの歌劇団みたいな出で立ち)に、自分が如何にして死んだのかを教えられた。
話によると、郁美は度重なる興行の繰り返しで疲労が重なり、簡単な受け身も出来ない程に疲れ切った状態でリングへと上がった結果、コーナーポストから足を滑らせて転落し首の骨を折り、看護の甲斐も無くあっさりと死んでしまったそうだ。
【ま、半身不随になって何十年も苦労しなかっただけラッキーだと思いなよ? 因みに葬儀は家族だけでひっそりとしめやかに終わってるけどね】
私が彼女に悪魔みたい感じだね、と言うと大して違いはねぇよ、とさらりと受け流し、ベッドの脇に腰掛けながら郁美の末路を説明した。
「……そっか……じゃあ、ここは天国? いや、悪魔なんて居るんじゃあ地獄……っぽくないけど……」
郁美はそう言ってみるが相手は、んなことどーでもいいからよ! と前置きしてから全然関係の無い事を告げたのだ。
【なぁお前、この世界にゃあきょだいロボットが有るんだぜ? 一回乗ってみろよ? 面白いぜ!!】
男装の悪魔はそれだけ伝えると、そのうちまた来るぜと言いながら硫黄の臭いと共に消え失せてしまった。おっさんの屁みたいな奴だな、と郁美は思ったが一番知りたかった肝心な事は全く判らず、自分が死んだ事、そして巨大ロボットの存在だけが、ポッカリと開いた心の中に落ちていった。
「……ミライクお嬢様、お目覚めになりましたか?」
そのままボーッとベッドの上で寝転がっていると、扉の向こう側から年老いた男性の声が響き、郁美はどうしたものかとしゃがんだり寝転がったりしていたが、やがてバタンと扉が開くと同時に、片目にレンズっぽいのを付けた上品そうなおじーちゃんが現れ、トコトコと室内に踏み込んだかと思うと、
「……ミライクお嬢様? まーたお部屋を散らかして……じぃやを困らせるのも大概にしてくださいな……」
そうブツブツ言いながら部屋の各所を整頓して回り、床の上に落ちていた、ちっさくて三角形の布切れをくるくると丸めてタンスに仕舞い込んだ後、
「そうそう、そう言えば許嫁のヤレンナー様が居らしてますよ?」
と、言いながら窓の方を見たので、釣られて郁美も視線を向けると、窓の外から若い男性の声がした。
(許嫁? 若手俳優みたいな見た目だったらラッキーだなぁ、じゃなくて!! なんでそんなのが居るのよ!?)
郁美は見に行く為に広い部屋を横切り窓辺に立ち、うんしょとカーテンを捲りながら窓を開けた。
……と、眼下に確かに、青年が居たのだが……その彼の斜め後方に、
どおおぉぉぉおおおお~ん、と言わんばかりの巨体を晒した、真っ青な巨大ロボットが鎮座していたのだ!! 巨体な巨大ロボット!!
「ふあああああぁっ!! ほ、本物だあああああぁ~っ!!」
気付くと郁美は二階の窓から飛び降りて、きゃーっ!! と叫びながら巨大ロボットに向かって一目散に駆け寄っていた!!
「やあ、ミライク、今日は随分と派手な登場じゃなびゃっ!?」
だがしかし、目の前に立ち塞がる許嫁をラリアットでぶっ飛ばし、妙な叫び声を上げながらぶっ倒れたじゃまもの(許嫁)を踏み付けながら駆け寄ったのは……わざとじゃない、と思う。……たぶん。
次回「二ラウンド目・ロボットに乗ってみた」をお楽しみに!!