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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

空泣き

作者: 多々良奈良

 私はよく笑う子供だった.らしい.両親の談である.

 いまでも比較的よく笑っていると思う.周りの雰囲気に合わせて,気が付くと笑っている.


 ちっとも面白くないのに.


 薄っぺらい人間だなと自分でも思う.人間なんて自分勝手で嫌な生き物だなんて言いながら,私も自分勝手に生きている.

 私も人間らしい人間であるらしい.


 高校一年生の春,花の女子高生デビューだと浮つきながら,特段,何も考えず生活して,気が付くと,高校二年生になった.文系のクラスを選んだ.

 理系にいる女子なんてダサい,と勝手なイメージを抱いていた.理系なんて言うのは,ノリが悪い,付き合いが悪い奴らの集まりだ.

 私にとって,全く関わりのない種類の人間で,なんとなく,関わりたくない人たちだった.


「あーちゃん.ねー.今日映画いこー?」

「ゆーいー.今日は部活あるでしょ」


 私は,私が関わりたいと思える人たちと,友達でいられればいい.嫌いな人に,私の世界に入ってきてほしくない.世界の外にいるのは認めてやるから.


「海外の映画だからわんちゃん」

「顧問来るって言ってたし」


はぁー,と隣で私の机に突っ伏す白百合唯(しらゆり ゆい)を無視して時計を見る.終礼を終えて二十分も経っていた.だらだらとしすぎた.読んでいた小説に栞を挟んで,鞄にしまった.


「あ.あーちゃん.私のあげた栞,使ってくれてるんだね.嬉しいなあ」


唯は感情を包み隠さず他人に伝えるのが上手い,

 私には無理だ.他人に感情を知られるのは恥ずかしいし,怖い.だけど,唯みたいに感情を素直に伝えられたらいいのにな.唯と一緒にいると自然に,そう思えてくる.


「嬉しかったから.さっさと行こ」


「もうそろそろ顧問も来そうだし」と付け加えて,私たち二人は部室に向かった.


~~~~~~~~~~


「ねえねえ」

「わたしのこと」

「すきだっていったよね」

「だましてたの? ねえ」

「でも,ゆるしてあげる」

「あなたとわたし,これから」

「えいえんにいっしょになるんだもの」


彼女はそう言うと,その人を抱いて崖から身を投げた.


「よくある展開って感じ.自分で書いといてなんだけど」


私はそう言って唯をみた.舞台を食い入るように見ている.


「佐藤センパイ.かっこいいですねえ.さすがバレンタインデー伝説をつくりし女性」

「唯は,その.唯も,佐藤先輩のこと,好きだったり?」

「それはもう,あったりまえじゃないですかー」


佐藤先輩は私にとっての恩人だ.私が悩んでいるとき,この部活に誘ってくれた人でもある.感謝はしているし,尊敬もしている.

 だけど,少し,心の中がもやっとした.


――佐藤先輩は,かっこいいからなあ.


 口に出そうだった言葉は出てこなかった.ただ,私の胸の中で反響した.そのたびに何かを叩きつけられているようで苦しかった.


 私と唯が所属している演劇部は,学園ホールの小さなステージを貸してもらって練習をしている.照明の機材も一通り揃っているし,人員も揃っている.男子四人,女子十七人の計二十一人が全部員だ.男子は主に裏方仕事をやってくれている.私は脚本,唯は服飾が主な仕事だ.


~~~~~~~~~~


 一週間後の公演に向けた練習が終わると,佐藤先輩を中心として女子のサークルが出来上がる.上から見たらドーナツみたいだろうなとふと思った.


「あーちゃん.なんだかドーナツみたいだねー.はあー,ドーナツたべたい」


ぐでんと体の力が抜けた唯が私にもたれかかってきた.


「ドーナツ,食べて帰ろっか」

「うん」


唯の重みがとても嬉しかった.身体を預けてくれている.それだけで,心に空いた小さな穴が埋まっていくようだった.


~~~~~~~~~~


「ドーナツうまー」


部活帰りのドーナツ屋さん.すごく特別な時間に感じる.


「うみゃーうみゃー.この新作,おいしいよあーちゃん」


そう言って,唯は私に食べかけのドーナツを差し出した.


「はい.あーん」


「う,うん」


 周りを見渡して,誰も知り合いがいないことを確認してから,一口食べた.甘かった.

 この幸せはドーナツの美味しさだけじゃない,きっと.


「あーちゃんのも一口ちょうだい?」


「うん.いいよ.はい,あーん」


「あーーん」


ぱくっと効果音が聞こえてきそうなほど可愛い「あーん」だった.もう全部あげちゃいたい.唯は幸せそうにドーナツを食べている.


(あ.間接――)


顔が熱い.


「どうしたの,あーちゃん」


「なんでもない」


意識したら急に恥ずかしくなってきた.


「あ.もしかして,こっちのドーナツの方が好きだった?」


「もーしょうがないなー」と言いながらこちらに唯の手が迫ってくる.


「あと,一口だけだよ? はい,あーん」


「あ,あーん」


ぱくっと一口.心臓が口から出てきそうだ.私は今,浮ついている.自分でもわかった.地面から足が離れてしまいそう.


~~~~~~~~~~


 私の幸せな記憶は,ここまでだった.


 たぶん,それまでの人生の中で一番幸せな日の記憶だ.


 そして,これまでの人生の中で一番残酷な日の記憶だ.


 雨が降っている.降りやまない雨.


 彼女の墓標の前で膝を折る.唯の前では,もっと素直にいればよかった.一度でも素直になれたことがあっただろうか.私は初めて,彼女の前で,自分から素直になれた気がした.



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