将棋
次は、将棋部だ。こっちは室内なので、簡単には覗けない。が、IT時代では部活はオンライン対戦が主流。とりあえず、ソウタの戦跡をさがす。マリに教えてもらったIDで検索するとすぐに出てきた。
「穴グマが得意なようだ。」
将棋は昔、親父に教わった。
「おれは、初段だから。」
親父は、自分の名前の載った昔の名簿を良く見せたものだ。しかし、名簿管理法が出来て、手放さざるをえなくなった。どんな名簿も、保存期間は一年未満で使用済みはは即廃棄。バックアップも最大8週までで、正当な理由なく復元は不可。これが名簿管理法である。
「しばらくかけてなかった携帯の連絡先、消えちゃったよ。」
「去年は喪中で、年賀はがき書かなかったら、宛名がわからなくなっちゃった。」
使って無い名簿は、ソフトやシステムが自動で消してしまう。おかげで定期的に連絡を取らねばならず、儲かるのは通信会社と郵便局。一年間、取引がなければ仕事の取引先も名簿から消えてしまう。もっと大変なのは、海外へ行くと毎年パスポートの更新が必要になるということだ。もともとは外国人の不法就労をなくすため、毎年ビザの更新を義務づけようとしたが、人種差別だという声に押されて、国民も毎年更新が必要になった。ともかく、うっかり更新を忘れると国籍が消される。それでも、国内に親戚がいれば戸籍からたどることはできた。毎年国民全員が住民票やら戸籍抄本をもらいに行く。おかげで、役所は安定した手数料を得ることができた。
まったくこの国は、あの手この手で国民から金を巻き上げようとしていた。
ソウタはオンライン将棋の世界では珍しく本名のハブで通していた。S.HABU。これだ。なら、こちらはマングースにしようか。ランクがまだないので、とりあえず対等の平積みでお願いをする。ペーパー初段の親父にも勝てない僕では、さすがに相手にならない。舜殺されてしまった。
対戦後はAIが解説してくる。ハブはアマ2級。対する僕はアマ5級、もっと定石を学べとアドバイスがきた。
「こま落ちでやりますか?」
そう尋ねられたが、こま落ち戦はやったことがない。とりあえず、丁重にお断りをして退散した。