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猫とガレットで昼食を

赤い魔女(カッサンドラ)!?」


 私があげた声に、辺りのヒトがざわりとざわつく。

 まずいと口をつぐんだ私の手を、シルヴィオさんが掴んだ。


「こっちへ」


 シルヴィオさんが私の手を引いて、急いで路地裏に入った。昨日と違って、白い霧に煙る路地は、本当に迷路のようだ。

 ほとんど視界が利かない中を、シルヴィオさんに手を引かれるまま走る。

 足を止めたのは、大通りから少し入ったところだった。追って来るようなヒトはいないみたいだ。

 まだ(カッサンドラ)は私の肩の上にいる。

 正直、昨夜の恐怖はまだあるが、無理やり蓋をして冷静を装う。


「……いきなり来て、何か用?」


 私が睨んでも、猫はどこ吹く風だ。クスクスと笑って、あら怖いと嘯く。


「お腹が空いたの。何か用意してちょうだい」


 呆気にとられた。

 役所に入る前、処刑の理由云々を聞いたときには、ちょっと同情してしまった。けれど、そんな感傷なんて吹っ飛ぶふてぶてしさだ。


「赤い魔女ともあろうものが、ご飯をたかりに来たの?」


 猫は呆れて言う私から、すいっとシルヴィオさんへと目を向ける。

 シルヴィオさんは、少し緊張した顔でうなずいた。


「わかりました。用意しますので、少し話を聞かせていただいても?」


 猫はそれでいいのよとばかりに慇懃に頷いた。


「そうね。少しくらいなら話をしても構わないわよ」


 シルヴィオさんは緊張した面持ちで頷くと、行きましょうと私の手をとった。


「待ってください、大丈夫なんですか?」


 つい、声を潜めて言ったが、さすがに肩の上の猫には丸聞こえだろう。

 声のトーンを戻して、猫とシルヴィオさんを見比べる。


「その、この猫が赤い魔女(カッサンドラ)なら、大騒ぎになってしまうんじゃ」


 この世界のヒトは、見た目よりも音で判断をする。

 昨夜シルヴィオさんがすぐに気づいたように、飲食店なんかに行って話をしていたら、大騒ぎになるのではないかと思ったのだ。


「大丈夫よ。私の声はあなたたちにしか聞こえないから」


「え?」


 答えたのは、シルヴィオさんではなく猫の方だ。

 ゆらゆらと尻尾を揺らして得意そうに言う。


「そもそも、声に出している訳じゃないわ。この見た目だけでは、他の人には私が私だってことはわからないでしょうね」


「そうなの?」


 思いもよらない言葉に、私は思わず間抜けな声を出してしまった。

 猫の言葉は、声に出しているようにしか聞こえない。

 けれど、確かに猫の声帯では流暢に人間の言葉なんて話せないはずだ。口だってほとんど動いていないことに、今更ながら気がついた。


「苦労したのよ?翻訳の魔法陣を改造して、私の思念を特定の相手に飛ばせるようにしたの」


 それは、テレパシーを使っている、ということだろうか。苦労したと言う割に、猫の口調は軽い。

 けれどシルヴィオさんの顔は、恐ろしいものを見たように真っ青だ。


「そんなことが……可能なんですか?」


 よくわかっていない私の反応よりも、シルヴィオさんの反応がお気に召したらしい。猫は上機嫌で説明してくれた。


「私の思念の強さあってのことね。それでも一度に飛ばせるのは二、三人が限界かしら」


 ああでも、と猫が嫌な笑いを浮かべる。


「大騒ぎを起こしてほしいなら、期待に応えてあげてもいいわよ」


 私もシルヴィオさんも、揃って首を横にふった。




 結局、二人と一匹?でガレットのお店でランチとなった。

 猫連れなので、外のテラス席の端の方に陣取って、異世界ミックスなメンバーでテーブルを囲む。

 ガレットは3つ。野菜と何かの肉を薄い生地で包んである。食べやすいよう、クレープのように紙で巻いてあった。

 元の世界のガレットと特に変わらなかったので、肩透かしを食らった気分だ。……別に、奇想天外なものを期待していた訳じゃないけど。


 猫の前には小さなお皿。猫に気づいた店員さんが、気をきかせてくれた。

 猫でも食べやすいようにと、私は紙と生地を開いて中の具を皿にのせる。行儀よく椅子の上で座って待っていた猫の前に置き、三人三様で、いただきますをした。


 一口食べて気が付いた。


――あ、まずい。


 とっさに食べようとした猫の首を抑えて止めた。


「待って」


「あなた、他人の食事の邪魔するつもり?」


 (カッサンドラ)が、私を睨む。

 内心ヒヤリとしたが、離すわけにもいかず、早口で確認する。


「あなた、処刑されて私の世界の猫に生まれ変わったのよね?」


 色々とすっ飛ばして、要点だけを尋ねた。

 だが、猫はそれすら待てないようで、私の手を外そうと暴れ始めた。


「そうよ。いいからまずは離しなさい」


 苛立つ猫の爪が閃く。掴んでいた手に痛みが走った。


「リンカ!?」


 たまらず手を離して抑えた私に、シルヴィオさんが立ち上がろうとするのを止める。

 周囲からも、一瞬注目が集まった。が、何事もないと判断したのか、すぐに日常に戻っていく。


「大丈夫です」


 私はシルヴィオさんに言ってから、毛を逆立てて唸る猫に視線を戻すと、お皿を指差した。


「これ、玉ねぎが入ってるわ」


 こちらの猫は知らないが、私の世界の猫なら玉ねぎを食べさせてはいけないと聞いたことがあった。この世界の玉ねぎも同じかわからないが、味も食感も私が知るものと変わらないなら食べない方が無難だろう。

 さっきお皿に出したとき、すぐに気づかなかったのは失敗だった。ドレッシングで数種類の野菜が和えてあったので、パッと見た目でわからなかったのだ。


「あなたが中身はともかく、体は私の世界の普通の猫なら毒になるの。食べないで」


「毒……?」


 シルヴィオさんの言葉にうなずく。

 猫の金色の目が私の言葉を吟味するように細められ……お皿から一歩引いた。

 私はフォークで玉ねぎを取り除いていく。

 野菜は混ぜられていたので、玉ねぎだけをうまくとることができなかった。ほぼ、肉だけになってしまった皿を、猫は不満そうに覗きこむ。


「……少ないわね」


 だからといって、玉ねぎを食べて目の前で苦しまれても寝覚めが悪い。

 そこまで考えて、ふと、この猫は思ったよりもお腹をすかせているのではないかと思い付いた。まさか、昨日の夜からなにも食べていないとか……。

 (カッサンドラ)をじっと見つめる。何よと睨み返してくる猫は、なんだか昨日より弱っている気がした。

 私は自分のガレットに入っているお肉を、皿の上にのせる。


「では、僕も」


 一連の私の行動を見守っていたシルヴィオさんも、少し楽しそうに自分の分のお肉を猫の皿に盛る。

 こんもりと三人分のお肉が盛られたお皿を前に、猫は一つ肉の欠片をかじると、咀嚼して飲み込んだ。


「……悪くないわ」


 そう、ふわりと嬉しそうな笑みを浮かべる猫に、私とシルヴィオさんも思わず顔を見合わせて笑った。


 食事を再開して、落ち着いてから、シルヴィオさんが猫に尋ねた。


「一つ、訊いてもいいですか?」


「何かしら?」


「指輪も持たない今のあなたが、どうやってこちらに戻ってきたのですか?」


 猫は食べていた肉を飲み込むと、またヒトを見下した瞳をする。


「坊やに説明してわかるのかしら?」


「ぜひ、御高名なあなたにご教授をお願いしたいところですね」


 猫は少し考えるように首を傾げた。

 もしかして、どう言えば私たちが理解できるのか、考えているのだろうか。


「……ちょっとした仕掛けを使ったのよ」


「仕掛けとは?」


「いくら私でも、指輪もなしに異世界転移の魔法陣を発動させるのは難しいわ。だから、ちょっと向こう独特の現象を利用して魔力を補強したの。あとは正確に魔法陣を描けば、こちらに帰れるもの」


 猫は前足をなめつつ、シルヴィオさんを横目で見る。


「こちらでも、最高機関はもう異世界転移の魔法陣を完成させたのでしょう?」


 さらりと当たり前のように言われた爆弾発言に、私とシルヴィオさんが固まる。


「その……異世界転移の魔法陣は、未完成だったんですか?」


 冷や汗をかきながら、シルヴィオさんが尋ねる。

 言われた猫の方も驚いていた。


「私が処刑された頃は、未完成だったわ。こっちに戻ってくるのに、私は自分で完成させたけれど……こっちはこっちで完成してるのよね?」


「完成したと言う話は、聞いていません」


 …………え?


 私の頭が真っ白になる。

 思考停止してしまった私を他所に、シルヴィオさんと猫の話は続く。


「ちょっと、私が処刑されてから何年たったの?この様子じゃ百年はたっているでしょう?」


「三百年です」


 告げたシルヴィオさんの耳は今までで一番、へたれてしまっている。

 猫は猫で、前足を額にあてて宙を仰いだ。


「三百年もかかってまだ完成できないとはね」


 語る言葉に、しみじみと実感がこもっている。どうやら本気で嘆いているらしい。

 正直、嘆きたいのはこちらの方だ。

 だって、未完成ということは、それはつまり。


「まあ、完成しているのを坊やが知らないだけ、ということもあるかもしれないけど」


「えぇ、そうであることを願います」


 もし、そうでなかったら……。

 まだ完成していないと言うことは、国の最高機関でも私を元の世界に戻せないと言うことではないだろうか。


次回は、また来週UPします。

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