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シルヴィオの本気

明けましておめでとうございます。

予告よりも随分更新が遅くなってしまって、申し訳ありませんでした。

しかも、まだ終わっていません。もう少しだけ、お付き合いくださいませ。

 私達を庇うように、最高機関の魔法使いと兵士達の矢面に立ったのは、シルヴィオさんだった。


「シルヴィオさん!?」


 あまりにも無謀に思えて、制止の声は悲鳴混じりに高くなる。

 周りを矢をつがえた兵士達で囲まれているのに。矢に倒れるシルヴィオさんを、否が応にも想像してしまう。


「君はそこにいてください」


 こちらを振り返らないまま、静かな制止の言葉をかけられる。何だか逆らいがたい迫力があって、言いかけた言葉をのみこんだ。

 カッサンドラがシルヴィオさんの肩を掴む。


「坊やこそ下がりなさい。最高機関の魔法使い相手に、何ができるって言うの?」


「ここは僕に任せてくれませんか。あなたにお任せすると、どうも大事になりそうなので」


 やんわりと肩にかけられた手を外して、いつものように笑うシルヴィオさん。なのに、空気がぴりぴりする。

 カッサンドラみたいに、威圧的な魔力が溢れてくる訳じゃない。でも怖い。何でかわからないけど、ものすごく怒ってる?


「下がりなさい、シルヴィオ エル ロット。邪魔をするなら罪に問うと言ったはずです」


 ミケーラさんが警告をするけど、それもどこ吹く風。

 弓を構えたままの兵士達をくるりと見渡すと、シルヴィオさんは両手を広げてみせる。


「邪魔とは心外ですね。警告も無しに矢を射かけられて、当惑しているのはこちらです」


 ミケーラさんが一瞬、不快そうに美しい眉をしかめた。

 昨日、役所で会ったときと随分雰囲気が違う。冷静で理知的だった彼女が、やけに切羽詰まっている様にみえた。

 シルヴィオさんはこちらに背を向けていて、どんな表情なのかわからない。けれど、耳は前後左右、どんな動きも聞き漏らさないように動いていた。


「何のご用か知りませんが、抵抗するつもりはありません。その物騒なものを下ろしてもらえませんか?」


 鍛えているとはいえ、兵士の方も腕が疲れるでしょうと、穏やかに語りかけられ、兵士達の緊張感が僅かに緩んだ気がした。


「それとも、問答無用で僕たちを射殺さなければならない理由でも?」


 沈黙。

 月明かりの中で光る、銀の髪に縁取られたミケーラさんの表情は、冷たく固い。それなのに瞳だけがギラギラとこちらを睨んでいた。まるでシルヴィオさんのことなど、目に入っていないようだ。

 すっとシルヴィオさんが何気ない仕草で、ミケーラさんの瞳から私たちを隠す。


「……少しでも抵抗しようとすれば、即座に射かけますわ」


 ミケーラさんが手を振ると、一斉に弓が下げられた。ミケーラさんの視線からも、矢を向けられる緊張感からも解放され、私は知らずため息をこぼす。


『バカね、まだ気を抜くんじゃないわよ』


 すぐさまカッサンドラが思念を飛ばしてきて、慌てて背筋を伸ばす。カッサンドラはシルヴィオさんの背を見やった。


『いいでしょう、ここは任せるわ。この子のことは抑えておくから、感謝なさい』


 私とシルヴィオさんにだけ思念を飛ばしたのだろう。ほんの少し、シルヴィオさんがこちらを見て笑う。

 …………私、足手まといなんだな。

 せめて、カッサンドラの手当てくらいできればいいと思うが、今迂闊に動けば、弓矢が飛んでくるのだろう。

 カッサンドラの右腕を見れば、二の腕辺りを矢が掠めたようだ。ドレスの袖が破けて、血が出ていた。

 カッサンドラが苦笑いして、思念を飛ばしてくる。


『大丈夫よ。今は大人しくしてなさい』


 微笑むカッサンドラの顔色は悪い。まだ状況は好転した訳じゃない。何が起こってもすぐに対応できるように、私は気を引き締めた。

 ミケーラさんが、冷静に兵士達に命令を下す。


「赤い魔女は窃盗と侵入、異世界転移の禁呪を使用した容疑で拘束します。邪魔は許しません」


 兵士たちがカッサンドラを拘束しようと動こうとした、その絶妙なタイミングで、シルヴィオさんが爆弾を投下する。


「ここにいるのは、赤い魔女(カッサンドラ)ではありませんよ」


 全員が、目を剥いた。

 私も耳を疑う。最初からずっと、彼女がカッサンドラだと主張し続けてきたシルヴィオさんの言葉とは思えない。

 拘束するために動こうとした兵士すらも、足を止める。

 一体何を言い出すのかと、全員が注目したところで、シルヴィオさんがにこりと笑う。


「猫です」


 …………は?

 思わずポカンと口を開けた私の隣で、カッサンドラが面白そうにあらあらと呟いた。


「彼女は確かにカッサンドラの生まれ変わりかもしれませんが、猫です。今の姿の方が幻のようなものですよ」


 あっという間に皆の視線を引き付けると、シルヴィオさんは皆を自分のペースに引きずり込んでいく。


「あなた方も見たのではないですか?博物館に忍び込んだのは、白い猫だったはずです。飼い猫であればともかく、猫がたまたま博物館に入ってたまたま展示品を持ち出したところで、罪には問えませんね?禁呪の使用も然りです」


 要所要所で皆に視線を送り、身ぶり手振りも巧みに、シルヴィオさんは皆の目が自分から離れないよう、関心を集めていく。まるでオーケストラの指揮者のようだ。

 そうして軽やかに雄弁に語り続ける中、まだペースにのまれていないヒトがいた。

 ミケーラさんだ。


「何を言い出すかと思えば……馬鹿馬鹿しい。あれだけの魔方陣を使いこなすものを、ただの猫扱いなどできるわけが無いわ」


 確かに、カッサンドラの見た目も中身も、ただの猫とは思えない。シルヴィオさんの雰囲気に飲まれそうになっていた兵士達も、再び緊張感を持ち始めた。それをぶち壊すようにシルヴィオさんが、可笑しそうに肩を丸めて笑い始める。


「だからといって、紛れもない猫に罪を問うて裁判にかけますか?そしてまた処刑するとでも?それはそれは滑稽な光景でしょうね」


 …………そ、想像しちゃった。

 被告人席に立つ白い猫と、真面目な顔で囲む裁判官。弁護士はシルヴィオさんか。

 こんなときだというのに、口許に浮かびそうになる笑みを手で押さえる。カッサンドラに胡乱なものを見る目で見られてしまった。


「幸い、持ち出された指輪はここにありますから。持ち主がわかればお返します…………ということでは?赤い魔女の指輪なんて物騒なものがなければ、猫もこれ以上イタズラはできないでしょう」


 シルヴィオさんがカッサンドラに、それでも?と問いかける。


「まあ、いいでしょう。私の目的は達成したもの」


 カッサンドラは苦笑して肩をすくめる。

 拍子抜けするほどあっさりとカッサンドラが了承しても、それですまないのは、ミケーラさんの方だった。


「許されると思っているの?知っているでしょう。三百年前にその女が引き起こした混乱を。野放しにしておいていい存在ではないわ」


赤い魔女(カッサンドラ)は三百年前に処刑されました。罪はもう償われています。そもそも猫が多少のイタズラをしたとて、罰する法などありませんよ」


 さらりとシルヴィオさんが笑う。

 ミケーラさんが、ギリッと歯を食いしばる音が聞こえた気がした。シルヴィオさんを睨むその目が、憎しみに燃えている。何がなんでも、カッサンドラを捕まえたいようだ。もっと冷静なヒトだと思っていたのに、何故ここまで追い詰められているんだろうか。

 数瞬の沈黙。そして突然、その目は私に向けられた。ゾッと背筋に悪寒が走り、体が強張る。


「リンカ。あなたを不法入国の容疑で拘束します」


 シルヴィオさんの耳がピンと張るのが見えた。

 その反応に、してやったりとミケーラさんが笑う。


「抵抗しても構わないわ。全員まとめて拘束してあげてよ」


「…………そうきましたか」


 あくまでも、拘束したいのはカッサンドラらしい。

 相当カッサンドラに思うところがあるのか、ミケーラさんは私はついでという態度を隠そうともしていない。

 隣でカッサンドラが動こうとしたのを、慌てて止める。


「いいから!」


「そんなわけにいかないでしょう。あなた、本当に捕まるだけですむと思ってるの?」


 そうは言っても、ここで抵抗しなければ、ミケーラさんもカッサンドラを拘束できないのだ。私が半分、拘束される覚悟を決めたときだった。


「その件でしたら、観光課のオリンドと話しはついていますよ。リンカは特殊芸能の移民受け入れ試験を受けることになっています」


 何の話!?

 シルヴィオさんがあっさりと言った言葉に、私の方が驚く。一体いつの間にそんな話に?

 今すぐ問い詰めたいけど、それをやるほど馬鹿にはなれない。いろいろ言いたいことを無理矢理丸めて飲み込んだ。


「お疑いならオリンドに問い合わせてください」


 しれっと嘯くシルヴィオさんを、ミケーラさんが睨む。


「他に用がないようでしたら、これで失礼します。本日は僕の話を信じて、避難勧告をしていただき、ありがとうございました。さすが、手際の良さには感服します。もう解除していただいて大丈夫ですよ」


 用は済んだとばかりに、シルヴィオさんが背を向けた。

 その後ろでミケーラさんが、俯いて肩を震わせている。


 ふふふふ。


「猫……猫ね」


 嫌な笑い声をあげながら、ミケーラさんが顔をあげた。その壮絶な雰囲気に、私だけでなく周りの兵士達までがどよめいた。


「コルンバーノ様の、よりによって耳を噛みちぎっておいて………猫だから許される?冗談ではないわ」


 コルンバーノさん……首都に行ったとき、血を流して倒れているところしか見ていないけれど、ミケーラさんの大切なヒトだったらしい。

 追い詰められて見えたのも、どうしてもカッサンドラを捕まえたかったのも、その怨みのせいだったのか。

 ミケーラさんの五つの指輪が青い光を放ち始める。その腕がカッサンドラに向かって、ゆっくりと上げられていく。

 シルヴィオさんが振り返り、困ったように首をかしげた。


「猫を害せば、罪に問われるのはあなたですよ」


「大した罪にはならないわ。だって猫ですものね」


 こちらに向けられた目が憎しみにギラギラと光っている。

 うわ言のように呟く言葉には、狂気が宿っていた。

 それでもシルヴィオさんは落ち着いているように見える。少なくとも見た目は。


「五つの最高機関のいる街の中で、この街だけが事前に避難に成功しています。とはいえ、今ここで彼女が見境なく魔法を使えば、周囲に甚大な被害が出るでしょう。事が大きくなる前に、拘束されることをお薦めします」


 兵士たちに語りかける声は、あくまでも静かだ。

 突然のミケーラさんの豹変に、浮き足立っていた兵士たちが落ち着いていく。


「赤い魔女に対応するために集められた皆さんです。最高機関のミケーラと言えども、対応できますね?」


 どんどんと大きくなる青い魔法の光。

 いつ放たれるかもわからない魔法の光に、シルヴィオさんの顔が青く照らされているのが、後ろからでも垣間見えた。

 焦ることも怯えることもなく、いつものように微笑むシルヴィオさんこそ、この場で一番恐ろしい。そう、思った。


次回こそ完結できるかと……思います。

次はまた、来週末更新予定です。

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