眷属になるということ
先程と同じ、一瞬の浮遊感。
光が消えると、そこはミケーラさんの部屋だった。
本当に、私が魔法を使ったんだ……。
勝手に体は動くし、自分が何かをした実感などなくて、呆然としてしまう。
表の方へと繋がる開いたままの扉から、明るい光が漏れている。沢山のヒトが動いている気配もした。
呆けている場合じゃない。指輪を探しに行かないと。
床に手をついた体勢から立ち上がろうとすると、びきっと全身に痛みが走る。
ふらついた私を、誰かの腕が支えてくれた。
「リンカ」
「……シルヴィオさん」
一緒に転移してきたのだろう。
シルヴィオさんの険しい顔に、言葉もない。
あれほどシルヴィオさんが止めてくれていたのに、結局、赤い魔女の眷属になってしまった。
情けないことに、それでもそばにいてくれたことに、ほんの少し安堵する。
「シルヴィオさん、ごめんなさい。またご迷惑を」
「今はそんなことを言っている場合じゃないでしょう。もし、命令を果たせなかったら……」
焦って言いかけて、しまったという顔でシルヴィオさんが口をつぐんだ。
果たせなかったら……どうなるんだろう?
どう考えても嫌な想像しか浮かばなくて、怖くて聞けない。
「命令は何ですか?僕も協力します」
そう尋ねられた途端、針で刺されたように頭が痛んだ。
思わず頭を抱えて呻く。
痛みと共に、頭の中に浮かぶイメージがあった。
「……サヴィーノ。サヴィーノ レゴリーニというヒトの指輪を探して、自分の所に持ってこいと」
「サヴィーノは確か……赤い魔女の恋人ですね。けれど、指輪が遺されているとは……」
指輪は普通、その人が持ち主が亡くなったら棺に一緒に入れるか、親族が形見にとっておくらしい。
とはいえ、その親族も亡くなれば処分され、とっておいたとしても数十年。歴史に残る偉人や高位の人であればともかく、三百年経った今、遺されている可能性はほぼ無いとのこと。
「とにかく、サヴィーノの子孫を捜しましょう。図書館に行けば、何か資料があるかもしれません」
可能性が高いわけではないけれど、他に手も思い浮かばない。
私たちは図書館へと向かうことにした。
奥の部屋から出ると、多くのヒトが指示を受けて立ち働いていた。
指示を出しているのは壮年の男性だ。
奥の部屋から出てきた私たちを見て、幾人かが驚きの声を上げる。
私は目でオリンドさんを捜した。赤い魔女好きな彼なら何か知っているかもしれない。
時折襲う頭痛をこらえながら、足を進めようとして、腕を強く掴まれた。
「待ちなさい。そなたリンカだろう?状況を説明したまえ。ミケーラはどうした?」
振り返れば、先程の指示を出していた壮年の男性だった。
私を庇うように、シルヴィオさんが間に身体を割り込ませる。
「首都に残りました。赤い魔女が現れて、コルンバーノ様が怪我をされたんです。緊急事態のため、僕たちが先に……」
シルヴィオさんの声が、急に遠くなっていく。
目の前が貧血の時のように暗くなって……。
―――早く……早く探さないと。
じくじくと熾火が燃えるように頭が痛む。
―――早く、早く、早く!
バチッと音がして、男性の腕が弾かれるように離れた。
はっとして顔を上げると、男性の驚きに見開かれた目と目が合った。
「そなた、その赤い瞳は……」
赤い瞳?
気になったが、それどころではない。
踵を返して、部屋の外へと走り出す。
立ち止まっていると、頭痛と焦燥感でどうにかなってしまいそうだった。
「待ちなさい!まさか………」
「奥の電話は、まだ首都と繋がっています。状況はそちらからどうぞ。急ぎますので、これで」
私を追おうとした男性を遮ってくれたのは、シルヴィオさんだった。
―――ああ、またシルヴィオさんに迷惑をかけてしまった。
情けなさに泣きそうになりながらも、足は止まらない。
そのまま部屋を出たところで、誰かとぶつかりそうになった。
「うわあっ!」
「オリンドさん!?」
扉のところでおろおろしていたらしい。
ちょうどよいとばかりに彼の手を掴むと、ヒトの少ないところまで引っ張っていく。
「ちょ、ちょっとアシモトさん!?」
「オリンドさん、サヴィーノってヒト知ってますか?赤い魔女の恋人の!」
私の剣幕に、オリンドさんが慌てて記憶を探る。
「は?え、ええと、確か、赤い魔女の恋人で、彼女の処刑直後に亡くなって……」
「そのヒトです!そのヒトの子孫ってどちらに住んでいるか知ってます?」
「そんな、そんなことまではさすがに……っていうか、その赤い瞳、どうしたんですか?」
「これは………」
「赤い魔女に眷属にされてしまったんです」
シルヴィオさんだった。
追い付いてきたシルヴィオさんは私を見て、すぐにオリンドさんを問い詰めた。
「サヴィーノの子孫のデータ、住民登録にありませんか?必要なんです。大至急で」
「ええ!?そんなこと言われてもですね……」
「事は命に関わるんです。わかるでしょう?」
誰の命に関わるのか、シルヴィオさんはあえて言わなかったのかもしれない。
けれど、背筋がヒヤリとした。
この頭痛と焦燥感。もし指輪を手に入れられなかったら……。
ああ、そんなことより早く探さないと。
ちらりとオリンドさんが私を見る。
その耳が申し訳なさそうに、きゅっと縮んで見えた。
「その子孫の名前ってわかるんですか?」
私もシルヴィオさんも首を横に振るしかない。
オリンドさんも心底困った様子で身をすくませた。
「それじゃあ、どうしようも……」
「わかりました。無理を言って申し訳ない。リンカ、図書館に行きましょう」
「お、俺も行きます」
オリンドさんの言葉に、私とシルヴィオさんは驚いて振り返る。注目されて少し怯んだオリンドさんは、それでも一歩踏み出した。
「本物の赤い魔女ですよ!?ここで行かなきゃ、あとで絶対後悔します!」
このヒト、マジなヒトだ。主にヤバイ方向に。
思わず、シルヴィオさんとポカンとしてしまったが、でも、今は何よりもありがたいし、頼もしい。
私たちは、図書館へと急いだ。
図書館はとても広かった。
歴史のある建物らしく、石造りの床から高い天井まで、ところ狭しと本棚が配置されている。
古い手書きの本から、印刷技術が使われた新しい本まで揃っているそうだ。
「この中から、どうやって探せば……」
「まずは、サヴィーノの名前で検索してみましょう」
なんと、検索システムがあるらしい。
ほっとして、勝手知ったる様子で進む二人についていく。
貸し出しカウンターらしき場所の近くに、腰くらいまでの高さの台が設置されていた。
シルヴィオさんがその前に立つと、そこにあるメモ用紙を一枚とって台の上に置いた。
「サヴィーノ レゴリーニ」
そうシルヴィオさんが言うと、かざした指輪から緑の光が灯る。そして、光が何かの文字をつらつらと綴っていく。
十行くらいの箇条書きを綴って、光が消えた。
「十二冊ですか……思ったより少ないですね」
「でもこのくらいなら、三人で手分けすれば、直ぐに調べられますよ」
オリンドさんとシルヴィオさんがメモを頼りに、手分けして資料を集めてくれることになった。
その間、私は図書館から借りた閲覧用の小部屋で待機である。
何しろメモも読めなければ、本棚の分類番号も読めないので資料を探せない。完全に役立たずである。
やがて資料を抱えたシルヴィオさんが、数冊の本を抱えて小部屋に戻って来た。
私の顔を見るなり、慌てた様子で本を置いて駆け寄ってくる。
……当たり前かもしれない。
激しい頭痛に襲われ、椅子にたどり着く前に床に崩れ落ちてしまった。そのまま動けなくなっている私を見つけてしまったのだから。
次回はまた来週末に更新予定です。




