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最高機関の魔法使い

 再び役所を訪れ、案内のヒトについて階段を上がる。


―――眩しい。


 明るい日差しと青い空が、霧に慣れた目に刺さった。窓の外は、もう霧の上だ。

 眩しさに視線を下げると、下層階は石造りだった床が、上層階は絨毯に変わっているのに気がついた。明るさに慣れるのを待って見回せば、そこここに漂う高級感に少し気後れしてしまう。


「僕も、こんな上の階に来るのは初めてです」


 隣を歩くシルヴィオさんも眩しそうに目を細めつつ、耳を左右にくりくりと向けている。


 案内されるまま長い廊下を延々と歩き、突き当たりの一際重厚な扉の前で、案内のヒトが足を止めた。

 扉の側にいたヒトに、私達のことを説明している。警備のヒトだろうか、頷くと扉を開けてくれた。


―――この中に、最高機関のヒトがいるのか……。


 シルヴィオさんの話だと、最高機関の魔法使いとは、国中で最も優れた魔法使いから五人、選ばれるそうだ。

 普段は首都を含めた五つの主要都市に一人ずつ派遣されて、各地域の重要な設備の魔力の管理や、魔法陣の研究を行っているらしい。

 ここもその主要都市の一つとはいえ、聞くだけでも忙しそうなのに、よくこの短時間で会ってもらえることになったなと思う。下手をすると、数日くらいかかるかと思っていた。


 案内してくれたヒトに付いて、シルヴィオさんと共に部屋に入る。一番に目を引いたのは、美しい女性だった。

 白い銀髪を編みあげた、もう40代くらいだろうか。重厚な執務机に座り、書類に何か書き込む姿は、まるで名画のように見える。


―――このヒトが最高機関の魔法使い、だよね。


 女性は私たちに気づくと少しだけ顔を上げた。


「少し待っていてちょうだい」


 とだけ言って、そのまま書類を処理していく。

 案内してくれたヒトが、執務机の前にある応接セットに座るよう促してくれた。

 そこに、先客がいた。


―――そこにいたの、全っ然気付かなかった……。


 銀の髪の女性とは対照的なヒトだった。金の髪の、まだ若い男性で書類の整理をしている。最初から部屋の中にいたはずなのに、驚くほど存在感がない。

 ワイシャツにノーネクタイ。若いのに少しくたびれた感じのあるヒトだった。

 私たちを見ると、どうぞと自分の前のソファを勧めてくれる。

 失礼しますと私達が座ると、再び書類に目を落とす。


―――ちょっと声をかけにくい雰囲気?


 隣に座るシルヴィオさんに目を向けてみても、耳が少しへにょっとなってるので、そう思っているのは、私だけではないようだ。

 少し居心地の悪い思いをしながら座っていると、前に座る男性の書類の多さが目についた。

 手に持つ書類の枚数も多いが、隣に積まれた書類の量はその数倍はある。


―――うわ、文字がびっちり。


 これに全て目を通したのだろうか。視力が低いここのヒトにしたら、かなりの重労働なのではとちょっと同情してしまう。



 女性の方が書類を秘書らしきヒトに渡すと、二、三指示を出して立ち上がり、ソファの横まで歩いてくる。ただそれだけなのに、なんというか、洗練された動きできれいだ。


「お待たせしました。あなたがリンカさんですね。私は最高機関のミケーラ イル アルバネーゼです」


 上品に微笑み、握手をするたおやかな手には、サファイアの様な青い石の指輪が5つ、嵌まっていた。


「初めまして、リンカと申します。お会いできて光栄です」


 こちらのヒトには言いづらいようなので、名前だけ名乗ることにした。

 ミケーラさんは頷いて、隣に立つ金髪の男性も紹介してくれる。


「リンカさん、こちらは観光課のオリンド。今回の件で調査してもらうことがあり、同席してもらいました」


「オリンド ランピーニです」


「よろしくお願いします」


 金髪の男性、オリンドさんとも握手をする。このヒトは金色の石の指輪を3つしていた。

 シルヴィオさんによると、指輪の数でそのヒトの魔力の強さがわかるそうだ。魔力が強いと、その分制御するのにたくさんの指輪が必要となるらしい。


 シルヴィオさんもそれぞれに握手を終えると、話の口火を切ったのはミケーラさんだ。


「話はセルジヨから聞いています。まず、リンカさん、あなたは別の世界から来たということですが、その確認をしましょう」


「確認ですか?」


 こちらへと促され、ミケーラさんの前へ立つ。

 他のヒトは座って待つように言われ、こちらを見ていた。

 まずセルジヨさんの時と同じカードに触れて、魔力がないことを確認すると、額に指輪をかざされる。

 ミケーラさんの指輪に深い青の光が灯った。魔法陣が私の頭の上から、下へと移動していく。

 驚いて身動ぎすると、空いている方の手をあげて制された。


「そのまま、力を抜いていてください」


―――何だか、女医さんみたいだな。白衣を着たら似合いそう。


 何を調べているのかわからないけれど、聴診器を当てられている気分で大人しく待つ。

 足の下までいった魔法陣が消えると、今度は質問だった。

 完全に問診だなーと思いつつ答えていく。ミケーラさんは最後に一つ頷いた。


「確かにあなたはこの世界の人間ではないようですね」


 私もソファに座るように促され、シルヴィオさんの隣に座る。ミケーラさんも向かいに座ると、説明をしてくれた。


「その耳や首、魔力のない点も、何か仕掛けられているというわけではなさそうです。あなたと似た外見の少数民族もありません。日常に必須の知識にも欠けがありますし、あなたと同名の外国人がこの街に入港した記録もありませんでした」


 観光課のオリンドさんが頷く。大量の書類はこの街に入港した人の名簿だったようだ。

 ミケーラさんは表情を変えずに私を見る。


「結論として、リンカには不法入国の疑いがかけられています」


「そんな!」


 いきなり犯罪者にされてしまった。

 いや、確かに、入国者申請とかビザとかないけど……。


「待ってください。彼女は赤い魔女に無理矢理連れてこられたんですよ。それを罪に問うというのですか?」


 慌てて訴えるシルヴィオさんに、ミケーラさんは頷いた。


「どのように来たのかは問題ではありません。今後は国の管理下に入ってもらい、その後、強制送還という形になります」


「それは…………私を、元の世界に返してもらえるということですか?」


「そのように国に申請する、ということです」


 元の世界に帰そうとしてくれる意思はあるらしい。……実際に可能かどうかは、わからないけれど。

 そもそも、異世界転移の魔法陣が完成されているのだろうか。位置指定の魔法陣についても、話をしなくてはならない。

 その辺りのことを話す前に、まず確認したいことがあった。


「その、国の管理下というのは、具体的にはどういうことになるのでしょうか」


 なんとか、歌の練習はさせてもらいたい。不法入国者として扱われるにしても、投獄はちょっと勘弁だ。


「不法入国者の収容所がありますから、そちらに、というのが通例です。ただ……」


 ミケーラさんが、額に手を当てて考え込む。青い指輪がきらりと光った。


「今回の件は赤い魔女(カッサンドラ)が関わっていると聞いたのですが、間違いありませんか」


「はい」


「その根拠が実に曖昧だということで、こちらとしても対応に苦慮しているというのが現状です。その赤い魔女の生まれ変わりを名乗る猫が、今後あなたに接触する可能性はありますか?」


「実は……先程また会いました」


「何ですって!?」


 全く予想していなかったらしい。ミケーラさんはひどく驚いていた。

 もしかしたら、待ち伏せして捕まえたいとか考えていたのだろうか?怖いもの知らずなものである。


「お腹が空いているからとランチを一緒にとりました」


 私は魔法陣の紙を鞄から取り出して、ミケーラさんに差し出した。


「もし、自分の存在を疑うようなら、これを渡すようにと」


 綺麗に折り畳んでいるが、見た目はガレットの包みだ。ミケーラさんは訝しげな顔をして受け取ったが、魔法陣を見て顔色を変えた。

 険しい顔でそれを凝視している。


「これを、誰からもらったですって?」


「ですから、赤い魔女です」


 表情からして、魔力のない私や、魔力が少ないらしいシルヴィオさんでは、到底描けないだろう代物なのだろう。私達が描いたとは、全く思っていない顔である。


「それは一体、なんの魔法陣なんですか?」


 シルヴィオさんが訊く。貰ったときに見せたのだが、高度すぎてさっぱりわからないのだそうだ。

 ミケーラさんの耳が、困惑したように下がっている。

 なんてこと……と呟いて首をふると、私たちを見た。


「これは、人体転移の魔法陣よ」


 ミケーラさんの言葉に興味をひかれたようで、オリンドさんが魔法陣を覗きこむ。


「あの、首都と主要都市を繋いでいるとかいう魔法陣ですか?」


 ミケーラさんはため息混じりに頷いた。


「恐らく、現在使われているものよりも、魔力効率が高いわ。実験してみなければわからないけれど、これまでのものよりも格段に魔力を使わずに起動できるでしょう」


 ミケーラさんが息をついて、ソファに背を預けた。


「でも、これで、赤い魔女(カッサンドラ)という線は消えたわね」


「何故ですか?」


 驚く私とシルヴィオさんに、ミケーラさんはやはり冷静だった。


「人体転移の魔法陣が開発されたのは、赤い魔女が処刑された後だからよ」


 あの猫は赤い魔女ではない?

 ……どうなんだろう。

 この魔法陣をあの猫が描いたのは、間違いない。

 あの嫌な方向に頭の良い猫は、疑われたらこの魔法陣を渡せと言っていたのだ。それで却って疑われるようなヘマをする?

 きっと、この魔法陣こそ自分が赤い魔女(カッサンドラ)だという証拠になると考えたはず。

 けれど、考えても何がどうなって証拠になるのか、わからない。そのうちに、私を置いて話は先に進んでしまっていた。


「とはいえ、人体転移の魔法陣を改良してくるなんて、相当な知識と発想力の持ち主だわ。……人体転移の魔法陣は厳重に管理されているはずなのに、どうやって知ったのかしら」


 口許に手を当てて考え込むミケーラさんが、ふいに私を見る。


「この魔法陣を描いた人を、なぜつれてこなかったの」


「ヒトではなく、猫です」


 そう、ヒトではなく、猫の姿だ。

 あの強かな猫は、この魔法陣をどう使おうとしているんだろう。

 つい上の空で返事をしてしまった。視界の端でミケーラさんの頬がちょっとひきつっているのが見える。まずいかも……と思っていたら、シルヴィオさんが取りなすようにフォローをしてくれた。


「一応、誘ったのですが、断られましたので」


「そう……私達にこの魔法陣を売り込みたい、ということでは無いようね。だとしたら、何故……」


 考えに耽って動かなくなってしまったミケーラさんの隣から、オリンドさんが手を伸ばした。魔法陣を手に取り、しげしげと眺める。


「あの……この魔法陣、魔力で書かれているようですが」


「そうね、それがどうかして?」


「この鮮やかで濃い赤……赤い魔女の魔力に似ていませんか?」



 オリンドさん言葉に、一瞬全員が沈黙した。



「まさか、ありえません」


「これだけ濃い色の魔力の持ち主なんて、まずいませんよ。それこそ最高機関の魔法使いくらいでないと。でも、赤い魔力の方って、今の最高機関にはいませんでしたよね」



 誰も答えないのは、肯定という意味だろう。

 オリンドさんは眉を寄せ、心配そうに呟いた。



「人体転移の魔法陣は、最高機関に首都との往き来のみで使用許可されていたはずでしょう。これを描いた人にポンポン使われては、混乱するのでは」


 性能の良すぎる魔法陣で混乱……つい最近、同じような話を聞いた。


「赤い魔女が処刑された頃のように、ですか?」


 思わず口をついた私の言葉に、全員の顔色がすぅっと青くなる。


「いいでしょう、赤い魔女にしろ、別の誰かにしろ、この魔法陣を描いた者を国が把握していないのは問題です」


 ミケーラさんが、冷静な声音で言った。

 けれど、わずかに耳が震えている。


「首都にいるコルンバーノ様の所なら、赤い魔女(カッサンドラ)の指輪とこの魔法陣の魔力を照合できるはずです。この魔法陣を預かっても?」


「構いません」


「あなた方は、ここでしばらく待っていてください。この部屋での勝手な行動は慎んでくださいね」


 ミケーラさんは立ち上がると、外にいる警備員に、許可するまで誰もここを通さないようにと言い置くと、足早に奥の部屋へと向かった。




 ミケーラさんがいなくなると、オリンドさんが急に身を乗り出した。

 さっきまでのくたびれた顔が輝いて、目もうるうるしている。


―――な、何事?


「あなた方、あの赤い魔女に会ったんですよね?どうでした?」


「ど、どうって……」


「歌ですよ!聴いたんでしょう?」


「その……聴いてません」


 私が首をふると、オリンドさんが地団駄を踏み出した。


「何でですか!?赤い魔女(カッサンドラ)ですよ、あの!聴くでしょう普通」


 まだ若いとはいえ、いい大人が地団駄って……。

 ドン引きする私とは対照的に、シルヴィオさんは同情的だ。


「僕も聴きたいのは山々だったんですが、なんだか畏れ多くて」


「ああ、それは……わかります。いや、でも、それでもですよ!」


「それに、猫の姿なので喋れないと言っていました。僕たちとも思念を飛ばして会話していたので、今は歌えないんじゃないでしょうか」


 シルヴィオさんの言葉に、ぷるぷると震えながら、オリンドさんが天を仰ぐ。


「なんてことだ、折角赤い魔女が戻ってきたのに!」


 シルヴィオさんが慰めようとする横で、私も驚いていた。


「歌えないんですか?機会を見て歌ってもらおうと思ってたんですけど」


「リンカまで……。歌えないでしょう、喋れないんですから」


「それは……つらいですね」


 歌い手が歌えないなんて、処刑されたことより、よっぽどつらいと思う。

 オリンドさんも大きくため息と共に俯いた。


「赤い魔女の歌、小さい頃から大好きなんですよ。生で聴けるなら、見た目が猫だって構わないのに」


「わかります。実は僕も作曲家になったのは、彼女の歌に憧れたからなんです。ああ、僕の作った曲を一度でも歌って貰えるなら、眷属になったって構わないのに……」


―――え、そこまで?


 男二人は、その後も赤い魔女の歌談義で盛り上がっている。

 私はそろそろ話についていけなくなっていたので、気になっていたことを訊いてみることにした。


「あの、首都にいるヒトに魔力の照会してもらうって、具体的にどうするんでしょうね?」


 私の問いに答えてくれたのは、オリンドさんだった。


「あの奥の部屋には、人体と物体転移の魔法陣、それに電話があるんです。首都にあの魔法陣を送って、電話で説明をしているのだと思います」


 電話……うん、電話ね。

 それが、私の知っている電話とは、かけ離れた形と仕組みをしていることは想像がついた。

 もう、どんな形でどんな仕組みでも突っ込まないよ。


「コルンバーノさんのところに、赤い魔女の指輪があるんですか?」


「ええ。最高機関で保管している指輪があるんです。まだ赤い魔女の魔力が残っているので、あの魔法陣の魔力と比較すれば本物の赤い魔女かどうかわかります」


 指輪の魔力と比較?

 ふと、何かが引っ掛かった。


「まさか、比較するときに魔力を流したりとか……しないですよね?」


「そりゃ多少は流さないと、色だけで比較は出来ませんから」


 オリンドさんの言葉に、何だか嫌な予感が止まらない。

 シルヴィオさんも気づいたみたいで、青い顔をしている。


「待ってください。あの魔法陣、人体転移の魔法陣って言ってましたよね?」


 しかも、少ない魔力で起動するように改良してある。

 人体転移の魔法陣に魔力を流す。その隣には、比較のための赤い魔女の指輪がある。


―――まさか。


 私達は顔を見合わせた。

 オリンドさんが、冷や汗を流して一生懸命、嫌な予感を否定する。


「だ、大丈夫ですよ。あの魔法陣の大きさじゃあ、人間はとても通れませんし」


 そう、人間なら。じゃあ……


「…………猫なら?」



 その時、ミケーラさんが切羽詰まった顔で奥の部屋から顔を出した。


「緊急事態です!私はこれから首都へ転移します。オリンドは知事へ報告を」


「一体何が……」


「さっきの魔法陣よ。赤い魔女(カッサンドラ)が……」


「違う!儂がやったわけでは……」


 ミケーラさんの声を遮るように、奥の部屋から断末魔の様な悲鳴が響いた。


 がぁあああ!


次回はまた週末に更新予定です。

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