ゼロ歳の帝王
王都から遠く離れ守護竜の加護も何の名産も無いその村は、根菜の収穫時期を迎えていた。
『今年の芋は上出来だ』
『丁寧に育てた甲斐があったよ』
『今夜は腕を振るって煮込み料理作るよ』
「ブグゥ喰われるのはお前達だけどな」
質の違う声が交ざった。森の影から、巨大な蟹の悪魔が姿を現した。その後ろに魔物の大群が見える。村を襲ったのは、悪魔が使役する魔物達であった。
「ブグク、惨めに逃げ回れ人形共。逃さず襲え、力を与えた魔物達よ」
聖杯を片手に持つ蟹の悪魔は、嗤いながら指示を出す。
『キャー』『逃げろぉぉ』『止めてくれー』
襲いくる魔物が、口をすぼめて火を吐き村中家々を焼いて壊していく。収穫した野菜を放り出しで村人達は、逃げ出した。
『安心してストビアは、母さんが護るわ!』
赤子を抱いた、エスナは部屋の隅で蹲る。
『━━ひっ!』
メラメラと扉が焼け落ちて、角の生えた猿の魔物と口が胸まで開いた蜥蜴の魔物が、入ってきた。
「人間見ッーツケタ」
『止めてー助けてーこの子だけはーっ』
赤子を抱いて逃げ出そうとするエスナを尻尾で吹き飛ばした。
『キャアー』
猿の魔物が角で貫いてエスナを殺した。
「旨そうだギィー」「喰うぞ喰うぞ」
エスナの死体に手を伸ばそうとすると死体から莫大な魔力のオーラが、吹き上がった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ━━━━━━━━ッ
「ナッナンダ?」
『よくもやってくれたな、不完全な形で復活させやがって、我が名はハリース』
生後1ヶ月の赤子が、目を青白く光らせ浮かび上がった。
「何を言ってやがる、お前も喰うんだよゲェーァ」
割れた舌を伸ばした、蜥蜴の魔物が赤子に食い付こうと飛び掛かる。
『馬鹿め!ベイビィブレード』
赤子が、手を翳すと部屋に巨大な魔法の剣が、現れて蜥蜴の魔物を頭から一刀両断する。
「馬鹿ナッ、カンケル様に知識を貰い進化した我らを一瞬で!?キイィィ」
ドンッ
壁に突き刺して猿の魔物を固定する。
『誰が誰を喰うんだ? おい舐めんなよバブゥ』
「タッ助けて、母親を殺したのは謝るキー」
シュッ
何処からか出した葉巻に火を付けて銜えた。
『ふん、そんな事はどうでも良い』
「デハ、何故?キー」
赤子は、後ろを向いた。毛も生え揃わない後頭部に赤く腫れた瘤が見えた。
『貴様等が、母親を倒した時に床に当たってタンコブが出来た。コノヤロー贖罪の剣を喰らえ』
赤子が手を拡げていくと剣が猿の魔物を十字に裂いていく。
「キィギィヒィィ━━━━」
猿の魔物は、4つに割られ床に散らばる。
『弱ぇぇな、この身体』
魔物の死体に手を翳すと巨大な魔法の口が生まれて呑み込んだ。
『犬の餌じゃ大した足しにならねぇな』
赤子は、ヨチヨチ歩きで、扉の外に出る。村中が火の海と化していた。其処ら中に無惨な死体が転がっている。
『全く汚え食事しやがって』
葉巻を吹かしていると
「こんな所に柔らかそうな赤ん坊が居やがるウォッウォッ」
五メートルを越える頭部がウツボの魔物が、涎を垂れ流した。
魔物の顔に葉巻の煙を吹き掛ける。
『うるせぇ三枚におろすぞ』
「ゲホッゲホッ、一息に呑み込んでやるウォォッ」
一気に頭に食らい付いた。
「━━モガガ?」
赤子の頭の手前で何かに噛みついた。
『稚魚が、ベイビィブレード』
魔物の口の中で魔法の剣が膨れ上がり喉を突き破る。
「ウォォッゲボボ」
ウツボの魔物は、白目を向いて崩れ落ちる。
赤子の手から魔法の口が伸びて魔物を飲み込み取り込んだ。赤子の力は、強くなる。
『駄魚の小骨でも、成長に必要だ』
遠くから、走って来た村人が近寄って来る。
『エスナの所の赤子のストビアではないか!?』
赤ちゃん着と刺繍された名前で気付いたようだ。優しく抱こうと手を伸ばす。
『……うるせぇ』
『ええっ?』
『うるせぇと言ってるんだ、母親の知り合いか? 見逃してやるから、失・せ・ろ・ば・ぶ・う』
魔法の剣の切っ先を顔に向ける。
『うっうわぁぁぁ』
『アイツは、あほか?』
男は逃げていった、魔物が集まる方へと。赤子は、ヨチヨチ歩きで後を追う。
『我が名はストビアか、それも面白いストビア・ハリース、うむ、気に入った』
ヨチヨチ歩きで筋トレしながら、広場に辿り着いた。
凄惨な村人の死体の山が積まれていた。捕まった男もカエルの魔物が呑み込んで足だけ見えていた。
「ゲロロロロうまうま」
『ベイビィブレード』
カエルの魔物の銅が、水平に斬られて上下に分断される。
「ゲゲゲコォォ━━」
断末魔を上げてカエルの魔物が絶命する。
口から男が這い出てくる。
『げぇぇげぇほっげぇほっ』
魔物達に告げる。
『我が名は、ストビア・ハリース世界の帝王だ、アブゥ』
蟹の悪魔が、狼狽える。
「ブグゥ、赤子が、我が知識を与えた魔物を倒すだと?おっ お前等、殺ってしまえ!」
『アホゥ共が、ベイビーサテライトブレード』
手から離れた魔法の剣が、ストビア・ハリースを中心にして高速で水平に回る。近付く魔物全てを5周で全滅させる。
魔物の死骸を避けて蟹の悪魔の元にヨチヨチ歩きで行く。
『おい、よこせ』
蟹の悪魔は動揺し汗をかいている。
「ムグゥ何を言ってるるぅぅ! ξξξξξ∫∫∫」
蟹の悪魔の口元に魔方陣が展開する。
ザグンッッ
魔方陣が一太刀で斬られて割れる。
「━!!」
『余計な事をするな、今、死にたく無かったらビビってねぇで杯を、よ・こ・せ・バ・ブ・ゥ』
「こっこれは、シトリー様から預かった大事な聖杯!誰が渡すかムグゥ!死ねぇ!!!」
蟹の鋏が幾重にも分かれてストビア・ハーリスに襲い掛かる。一瞬で押し潰してミンチにするように捻った。それから持ち上げストビア・ハーリスを瓦礫の山に吹き飛ばした。
「━━!!」
瓦礫から、青白く目を怒りの光で輝かせたストビア・ハーリスが巨大なオーラを放出しながら浮かび上がる。
『コノヤロー赤ちゃん着を汚しやがって、てめぇのミソは何色だ━━ッ。 ベイビィリザード』
ストビア・ハーリスのオーラが、魔法の巨大蜥蜴の口となり、蟹の悪魔の半身を一瞬で食い千切る。
「ブ…クク……クク…………」
『蟹ミソが舐めんなよ、バブゥ』
動かなくなった手から、聖杯を奪い飲み干した。
ドックンッッ
今までで一番大きな鼓動が生まれ、妖しい輝きがストビア・ハーリスを包んだ。
『完全に最強バブゥだろ』
葉巻を銜えて魔物の死骸を眺める。
『掃除序でに喰っとくか』
広場ほどの魔法の口が、魔物の死骸を全て吸い込んだ。
『あわわわっガクッ』
失禁していた男が失神する。
『まだ居たのか、見逃してやったんだから死ぬなよ』
ストビア・ハリースは、死体の山にヨチヨチ近付く。
「面倒臭えな人間は神の禁忌が発動して、また封印されるかもしれねえから、殺せねぇし喰えねぇんだよな」
葉巻の煙を大きく吐き出した。魔法の口を伸ばし死体の山から損傷の少ない女性の死体を、取り出した。
『ベイビィキャンサー』
死体に蟹の形の魔法の鋏が触れ、魔力を注入していく。直ぐに女性が起き上がる。
「ブグゥ、何だこの身体は人形じゃないか?」
『おいお前、今から俺様、ストビア・ハリースの奴隷だ。今から女言葉しか禁止な』
女は血管を浮き上がらして怒りの形相に変わる。
「ブググ何だとー!━━ゴボゴボゴボゴボッげぇほっげほっげぇぇぇ」
女は喉を押さえて転げる。
『いい忘れた、逆らうと溺れるように蟹ミソを改造してある。早く忠誠を誓え』
「ハァハァ忠誠を誓う。何をすれば良いんだ? ゴボゴボッッげぇほげぇぇぇ」
転げる女を冷たく見下ろして再度告げる。
『女の言葉で話せと言ったろアホゥ』
女は、埃まみれで立ち上がると片膝を着いた。
「ハァハァハァ、ちゅっ忠誠を誓いますわ。ストビア・ハーリス様、私は何をすれば良いので御座いますかですわ?」
『見て解んねぇのかよ? 俺のオムツを代えるんだよ、それしかねぇだろ』
「ハァァ?? ゴボゴボゴボッ」
『アホがバブゥ』
悪魔王ストビア・ハリースが、世に解き放たれた。