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SECRET LOVE  作者: 雨音れいん
SECRET LOVE
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#4.An overture

 事務の男性が席を外し、先に部屋を辞した。残されたオレとジョゼは、友人同士の再開の余韻に浸る。

「何年ぶりかなぁ、最初見た時はダリルにそっくりな人かと思ったけど、本人だったんだね」

 ジョゼの話し方はあの頃のままだった。そのことが嬉しくもあったが、オレは照れて小さな微笑しかできなかった。

「ダリル、卒業してすぐに携帯の番号変えただろ? 教えてくれないから、ずっと連絡取れなくてさ。オレ、友達はダリルしかいないから寂しかったよ。ずっと会いたかったんだけど……」


“会いたかった”――その言葉がオレの胸で反響した。

 オレもずっと会いたかった――本心ではそうだった。

 だがこの関係を壊したくなかった

 ジョゼを傷付けたくなかった。

 この想いは、ずっと胸の内に潜めておくつもりだった。愛しい過去の思い出として……


「オレ、避けられてるんじゃないかって、本気で悩んじゃったよ」

 ジョゼは笑いを交えながら軽い調子で言ったが、瞳が寂しそうだった。所在無く机に置いたファイルや持ち物を整理し始める。

 オレは彼に詰め寄った。

「違う! そんなんじゃない。ただ、いろいろと忙しくて」

 訂正しようと叫んだが、適当な理由が浮かばず語尾が小さくなる。

「そっか。なら良かった……」

 ジョゼは手を止め、安堵に表情を緩めた。オレはその無防備な背中に腕を回し、抱き寄せたくなる。三日月のように細めたその瞳は、穏やかな月夜を思わせ、それと反対向きに緩やかに上がった口許は、心を許した者に対する笑みだった。

 その信頼を失いたくない。

 失わせてはいけない……


「そっか、まぁ、こうしてまた会えたんだし、それはよしとするよ」

 そう言うとジョゼは白衣のポケットから携帯端末を取り出した。

「じゃあ番号聞いても良い?」

「ああ、もちろん」

 番号を登録した後ジョゼは顔を上げ、端末に落としていた視線をこちらに向けた。

「後で電話するよ。じゃあね」

 陽気に笑い、手を挙げてジョゼは部屋を去って行った。一人部屋に残されたオレはまた余韻に浸る。


 これは夢か? 

 夢の中で握手を交した感覚があっても、それは夢だったなんてことはある。

 それなら

 夢なら、抱き締めておけばよかった……




 わびしくも幸福感を覚えながら、オレはファイルや持ち物を抱え、仕事へと繰り出した。







 仕事が終わるとジョゼとカフェに繰り出した。前持って自宅に電話すると

「ゆっくりしてらっしゃい」と妻が温かい言葉をくれたので、今日はその言葉に甘えてみることにした。

 移動手段は別々だった。ジョゼは学生の頃とは違い自家用車に乗り、オレは相変わらずの原付バイクに乗って。

 向かった先はオレが知るこの辺りでは一番洒落たカフェだった。二階建てで、ガラスばりの客席から見下ろせる町並みがお気に入りの店でもあった。その二階の禁煙席の空きを見付けるとさっそくオレは駆け出し、そこを確保した。

 やがて階下から、二人分の品物をトレイに乗せたジョゼが上がってきた。

 ようやく二人が揃ったところで、オレ達は向かい合った席に腰を落ち着け、秋の夜長に身を沈めた。

 ここは妻とまだ恋人同士だった時はよく昼間来ていた店だったが、その時流れていたBGMとは違って、夜の雰囲気にふさわしい曲が流れていた。オレはブラックコーヒーに角砂糖を一つ入れて軽くスプーンでかき混ぜた後、そのティーカップを口に運ぶ。ジョゼは小さなカップに入ったカプチーノとスコーンを摘んでいた。そっと彼はカップをソーサーに置き、オレの顔を見た。

「ダリル、結婚したの?」

「え? あ、ああ……」

「やっぱそうなんだぁ、その指輪」

 彼の視線がオレの左薬指に填めた指輪に注がれていた。填めずに帰宅して妻が泣いてしまったことがあった。それから、義務として填めることが習慣のようになっているのだ。

「外科医はあまり付けたがらないのに、ダリルは愛妻家なんだね」

 ジョゼの見守るような温かい微笑にオレは苦笑した。自分が真摯に結婚指輪を填めていたことをひどく悔やむ。

「それで、いつ結婚したの?」

「二年前……」

「え、それって結構最近じゃないか? 行きたかったなぁ、結婚式……」

 ジョゼは眉を下げて悲しい目をし、さらに唇も少し尖らせた。それはさみしさを紛らわすために大袈裟な演技をしているようにも見えた。

「式はまだ挙げてないんだ」――そう言おうとするのを唇が拒んだ。

 彼に見てほしいわけがない。

 世間が、いや彼が許すなら――オレは彼を選びたかったのだから……

 ジョゼは頬杖を突きながらスコーンに手を伸ばした。オレはいつしかその指に注目していた。飲まないままカップを手に握っている。

「子供はいるの?」

「え?」

 さりげないその質問にはっとして手が揺れ、持っていたカップの中身を零しそうになった。ジョゼは当たり前のことだが悲観した面持ちはせず、祝福の色を瞳に現していた。オレにはその当たり前の反応が辛かった。

「……娘が一人」

 小さくそう答える。それがジョゼの興味を煽ったらしく、彼はますます瞳を輝かせた。身を乗り出し、さらに質問が飛ぶ。

「へぇ〜、名前は?」

「ルーシェ」

「わぁ、かわいい名前だね。誰が付けたの?」

「妻が」

「そっかぁ、いいなぁ。今度紹介してよ? ルーシェちゃんと奥さんに会ってみたいから」

「そのうちな……」

 オレは曖昧な返事を述べたが、ジョゼはすっかりその気になっているようだった。

「ジョゼは今、彼女いるのか?」

 あれから七年も経つんだ、と期待せずにオレは回答を待った。

「う〜ん……」

 するとジョゼは複雑な表情をした。椅子の背に凭れて腕を組み、耳が痛いとでも言うように顔を歪ませる。

「案外心の傷が深くてさ、“あのトラウマ”はまだ消えてないんだ。どうしても女の人が皆、母親と同類の……“そういう”人間に見えてしまう」

 ため息混じりに彼はそう言葉を吐いた。眉間に指先を押し当て、そのまま掌で顔の前を覆う。

 そんな彼が気の毒でもあったが、オレは内心ほっとしていた。

「人間て、そう簡単に変われるものじゃないよ」

 ジョゼは遠くを見詰め、まるで世界各国を長年に渡り、歩いてきた旅人のように黄昏た。

「七年間誰とも付き合わなかったのか?」

「……」

 ジョゼは沈黙に落ちた。うなだれた彼を前にして、オレはいたぶるような質問をしてしまった自分を戒めた。

 やがて彼の声がその沈黙を破った。顔を覆っていた掌を退け、重ねた手を台にして顎を乗せる。

「七年なんてあっという間だったよ。そのうちあのトラウマも消えて普通に恋愛ができると思ってた。だけどいつになっても直らなくてさ、気が付いたらもう七年も経ってた。この調子だとオレは十年後もまた同じことを言ってるような気がする。このままずっと一人なのかもしれないな」


 ジョゼ……


 君の傍にいるのがオレでは駄目なのか?



 声に出せない台詞が頭の中で空しく響き、胸をきつく締め付ける。

 一人になんかさせないよ――そう伝えたかった。

「ジョゼ……」

 手を伸ばし、その肩にそっと触れる。感情を抑えるのがやっとで、手が少し震えていた。

「大丈夫だよ」

 そう言ってあげることしかできなかった。

 するとおもむろにジョゼは顔を上げた。恥ずかしそうに笑い、それからずっと笑顔だった。





 店を出ると駐車場でジョゼと別れた。だが背を向けた彼を見た途端、感情がまた込み上げてきた。

 彼を一人にしておけない……

 塞き止める物は何もなかった。


「ジョゼ!」

 オレは振り向いた彼のもとへと駆け寄る。

「これからお前の家に行っちゃ駄目か?」

「え……?」

 ジョゼは困惑していたが、この際彼の意見など関係ない。このまま彼を一人で帰してしまったら、心配で気がおかしくなりそうだった。

「いいけど、奥さんに了解をもらったらね」

「もちろんだ」

 オレは言下に言って頷くと、上着のポケットから携帯端末を取り出して電話をかけた。

 話を聞いた妻は、快くその話を許諾してくれた。了解を得たオレは嬉しさで、踊りだしたい気分になった。ジョゼはスリムな体系とはいえ自分より背が高く、さすがに持ち上げて回ることはできなかったが、その勢いに乗って抱擁した。

「最高だ! ジョゼ、今夜は学生の時みたいに二人で飲み明かそう! な、いいだろ?」

「あ、ああ……」

 ほとんど強引に彼を納得させ、オレ達はそこを後にした。



                                          ――to be continued――

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