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サブタイトルは「永遠(infinity)」を意味する「∞」を表わしています。
私は私の立場を変えず、ジョゼアとともに歩む道を選んだ。私の提案で借りたアパートに彼が住み、そこで逢引するのが日課になる。互いの予定が合えば、仕事が終わり次第私がそこへ直行する。そうなってからも触れるのが怖かった。彼がジョゼの意志を受け継いでいるのは分かったが、それでもまだ怖い。それはジョゼの気持ちであって彼が私に抱いている気持ちではなく、彼は望んでいない感情かもしれないから。
どうかこの夢のような日々が終わらないでほしいと願い、彼に触れてしまうことを躊躇う自分がいた。触れた途端彼が消えてしまいそうで……
今目に見えているものが、まだ幻のような気がした。触れて消えてしまうのなら、このまま触れなくてもいいとさえ思う。幻でも見えていることが幸せだと感じ、その幻を尊ぶ。もう失いたくなかった。真実に愛する人を。
此処はそのアパートの一室。
目の前にいるジョゼそっくりの息子が私に笑いかけた。
「やっぱり顔が似てるだけじゃ魅力を感じないですか?」
言った彼の瞳は哀しそうに見えた。私は戸惑う。
「なんでそんなこと……」
「全然触れて来ないから」
呟くようなその言葉に、私は思わず破顔した。笑いが溢れ出し、ああ、なんでそんな!? と嘆息する。
「ジョゼア、君はそんな所まで……そういう鈍感な所までジョゼにそっくりなんだな」と嬉しいような複雑な気持ちで頭を振った。いや、これはきっと喜びだろう。
次の瞬間には私は腕を伸ばし、ジョゼアを抱き締めていた。その存在を腕の中で確かめる。感触も温もりも髪の匂いも。確かにこの腕の中に彼は存在していた。これは夢なんかじゃない! 背中に回された腕が私を受け入れたことを教えてくれる。こうしてよかったんだと、やっとそれを知ることができた。愛おしさが止まらない。
「君に魅力を感じないわけないだろ?
私はただ君が大事すぎて、どう扱っていいのかわからなかっただけだ」
私がそう言うとジョゼアは面白おかしそうにクスクスと笑った。
「少年みたいですね? ダリルさん」
それから私たちは、封印が解かれたかのように愛し合った。赴くままに互いを求め合う。なにもかもが自然に流れ、二人を総て取り払われた姿にした。
ベッドの上で重なり合う。ジョゼアの心臓の鼓動と私の心臓の鼓動が重なると、其処にジョゼを感じた。
三人の鼓動が一体になる。
「ジョゼア……」
「ダリルさん……」
「一つ許してほしいことがある」
「許してほしいこと? 何ですか」
「私はジョゼのことが忘れられない」
「……」
「君の中にいつもジョゼを感じてしまう」
「……」
「ジョゼを感じたくて、君ごと抱き締めてしまうことを許してくれ」
「この躯には興味がないってことですか?」
「そうじゃない。
同時に“二人”のことを愛していることを許してほしいんだ」
「え?」
ジョゼアの青い瞳が潤みを帯びる。その頬を一滴の涙が伝った。
「ジョゼア?」
「最悪」
「ごめん……」
「振られたのかと思った」
「そんなこと……!」
声を震わせるジョゼアを私は抱き寄せた。
「私が君を振るわけないだろ?」
否定するその腕に力を籠る。
「だって、『ジョゼのことが忘れられない』なんて言うから」
「ジョゼア……」
切なく聴こえる彼の声に、私の腕の力が弛む。違うんだ。私は……!
「ごめん。でも」
「いいです、もうわかったから」
ジョゼアはそう言って明るく笑った。私も笑い、抱擁とキスで再び愛を交わす。
一つ気付いたことがある。彼やジョゼが鈍感だと思っていたが、どうやら私の愛情表現が下手なようだ。これからはもっと伝わるように努力しよう。
夜が更けていく。
彼とこうしていることが罪なら
あの世で私は罰を受ける。
だがこうして彼と出逢えたということは
私はそんなに神に嫌われていないのかもしれない。
情事のあと、ベッドに仰向けになるジョゼアの髪を撫でながら私は言った。
「ジョゼア」
「ん?」
「耳を塞いで」
「なんで?」
私は彼の手を彼の耳に当てた。困惑顔の彼を見詰めて私は紡ぐ。
『愛してるよ』
「?」
不器用な男の愛の詞が伝わったのか、彼は大きく目を見張った。それから私を強く抱き寄せる。
「僕も!」
無邪気な少年のような声でジョゼアは言った。
ストレートな愛情表現で、私に甘えてくる。
私はそれを全て受け止めた。
夜は長い――
もう少しだけ……
私たちはベッドの上で、もう一度愛を確かめ合う。
三人の心が一つに重なる。
ドクンドクンドクンと。
ビートを刻む。
三人の心臓。
もう誰にも邪魔されることはないこの場所で
これからを紡ぐ。
ふとジョゼアがリモコンに手を伸ばし、ボタンを押した。
パキパキっとはぜるような小さな摩擦音が鳴る。耳に心地良いその音は、レコードをかけたときの音だった。そこからあの世界に行ける。学生時代ジョゼと聴いていたレコードの世界へ。ステレオではなく、どこか懐かしいモノラルの世界へ。
ジョゼアも父親の遺伝子を受け継いでいた。私とジョゼが好きだったモノラルの世界。その中にジョゼアも加わる。
「いいでしょ、この曲?」
得意気にジョゼアは言った。
私はクスッと笑い
「とてもいい」
言ってジョゼアに口付けた。そのことが嬉しくて嬉しくて仕方なくなり、この若い『恋人』がよりいっそう愛おしくなくなる。
これからもっと楽しくなりそうだ。私の人生はそう悪くはないようだ。最大の不幸があったが、そのあと最高の幸せも手に入れた。私はその相反する二つの出来事に対する感情を一人噛み締める。最期はきっと、「良い人生だった」と言えるだろう。
私は一口ひとくちを味わうように、この人生を味わうことに決めた。
あの頃ジョゼと聴いたレコードを
ジョゼアと私とジョゼの心臓とともに
モノラルで聴きながら……
――end――