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▮▮▮▶

「父? 君は……」

「僕は息子のジョゼアです」


 私はその衝撃に目を見張った。心臓に銃で撃たれたような衝撃が迸る。

 絶望に襲われた。


 嘘だろ……?


 時は残酷に私とジョゼを隔て続けた。十九年という長い間。

 その間私たちは街で擦れ違うことも、見かけることもなかった。一度も。


 そして彼は――



「ジョゼ……」

 まるでそう呼ばれることを望んでいるかのように


「ジョゼアです」

 この青年にそう名付けていた。


 歳は十八歳。容姿端麗で大人びて見えるが、まだ少年と言ってもいい。彼は医者を目指して医科大学に通っているらしく、癌治療、臓器移植、脳医学。さまざまな医療に関心があるという。それを語る彼の瞳は利発そうに見えた。あの頃の――優等生だった学生時代のジョゼのように。指先の器用さも受け継いでいるのだろうか。長くて美しい彼の指に私の目が止まる。


 彼は奇跡だった。

 ジョゼがこの世に誕生させた奇跡の一人。


 この後その意味を知る。




 ――ジョゼ(かれ)は彼にそっくりな息子を遺してくれていた。


 この世に彼が存在()たという遺伝子(きせき)を。




 その意味を……




 ジョゼアは語ってくれた。私の知らない父親としてのジョゼの“生涯”を。



「父からあなたのことを聞きました」



 ジョゼは二年前の冬、職場の病院で突然倒れたらしい。勤務を終え、これから帰宅しようという時に。幸い一命は取り留めたが、その時の検査で脳に腫瘍が見付かってしまったという。しかもそれは既に手が付けられないほど病状は悪化していたらしく、手術は難しいと言われた。だがジョゼは手術することを選択した。



「父は生まれつき心臓が弱かった僕に、手術が失敗したら自分の心臓を譲ると言いました。


 母は泣きじゃくり、それを反対しました。でも父の決意は変わりませんでした。最後は母が折れる形で承諾しました。その時父は、母にこう言ったそうです」



「脳が病気になっても、幸い心臓は元気だ。まだ使える。だからこの心臓をジョゼアにあげて、これからあの子が心臓のことを気にせず安心して暮らせるようにしてあげたい。心臓さえ移植すれば、あの子は普通に暮らせる。運動もできて、二十歳まで生きられるかわからないなんてことはなくなるだろう。オレはあの子に、この先続くはずの人生を紡がせてあげたい。

 あの子の、ジョゼアの心臓となって、一緒にこの先の人生を紡ぎたいんだ。


 それに脳が死んだからって、心臓はまだ動けるのに、お墓の中には入りたくないよ」


 言って父は笑ったそうです。そんなことを言われて反対できるわけがないと母は言い、泣く泣く承諾したと。

 僕もそれに反対できませんでした。自分の体のためではなく、父のためにそうしたいと思ったんです。


 父が倒れてそうなるより早く、僕は父から別の言葉を預かっていました。



 母のことは一人の人間として愛していた。

 でもそれとは別に愛している人がいると。

 そのことを申し訳なかったと僕に謝りました。


 “彼”は生涯只一人の親友で、只一人愛で繋がっていた。


 妻はパートナーとして捧げる愛で


 “あなた”は欲する愛で――


 それが父が残した言葉です」


「そんな……っ」

 

 二度目の大きな絶望が私を襲う。

 こんな、こんな酷い話があるか……?


 続きはやはり残酷だった。

 私たちはあの時本当は愛し合っていたなんて

 それを死んでから聞かされるなんて!?



 私が生涯を終えて瞼を閉じ、次に目覚めた場所にジョゼ(きみ)はいるのか?




 もう消えてしまいたい――――……



 私は絶望に打ちひしがれ、眩暈を覚えて額に手を当てた。


「どうか、気をしっかり持ってください」

 よろめく私をジョゼの息子のジョゼアが支える。


「ほっといてくれ、私はもう……」

 立ち去ろうとした私の手を、ジョゼアが捕まえた。その手を




「父はここに生きています」


 言って自分の左胸に当てた。



「っ……」


 ジョゼの心臓がそこにある。だがジョゼは



 もういない……


 見ることも

 触れることも

 声を聴くことも

 できない。

 


 永遠に――――――――――――――――!




「ジョゼの所に行かせてくれ!」



 もう生きているのが辛かった。


 何もかも終わってしまった。


 生きていても、もう二度とジョゼには会えない。


 それなら生きている意味などなかった。



「駄目だ! そんなことしてはいけない」


「ジョゼに会いたい。彼の所に行かせてくれ……!」


 激しく抵抗する私をジョゼアが押さえ付ける。渾身の力で私を止めようとする。


「離してくれ……!」


 私の視界が涙で滲んだ。


「死にたい。死なせてくれ……」と泣き崩れる。地面に倒れ込もうとする私の腕をジョゼアが引き寄せ――


「あなたは生きて」

 言って彼は、私を抱き締めた。


 三十一歳も下の青年の腕に包まれ、私は慰められる。私はそっと手を伸ばし、彼の左胸に触れた。持ち主だった“彼”の名を呼ぶ。



「ジョゼ、ジョゼ……」



――彼を探すように



「ジョゼ?」



――問いかけるように



「ジョゼ……」



――だが返事は返ってこない。




「ああぁあ――――っ!」



 耐えられない。こんな世界は。


 彼が存在()ない世界なんて……


「待ってダリルさん!?」


 クラクションが轟いた。走ってきたトラックにぶつかろうとした私とそれを止めたジョゼアがバランスを崩して路上に倒れる。


「危ぇな、死にてえのか!?」


 運転手の怒声が飛んだ。そのままトラックは走り去って行った。


 立ち上がろうとしたその時――


「うっ……!?」

 ジョゼアが胸を押さえて呻いた。


「ジョゼアくん!?」

 すかさず私が詰め寄ると


「やっぱりだ」

「え?」


「心臓があなたを求めている。


 移植した父の心臓が“あなたを求めている”」


 そう言って彼は涙を流した。


「あなたが離れようとすると心臓が破裂しそうになる」


「……」


 私の心臓がズキンと痛む。


 ジョゼの心臓が私を


 そんな……



 涙に頬を濡らしながらジョゼアは叫んだ。



「苦しい……助けて」



 命を振り絞るような弱く儚い声。


 ごめんよ、ジョゼア。そして



 ジョゼ。


 離れようとして……




 私は腕を伸ばし――



「わかった。もう離れない」



 その腕でジョゼアを包み込んだ。



――to be contined――




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