#24.After a dream
肌寒さを感じて目を覚ました。すぐにその理由に気が付く。服を着ていなかった。下は? 視線を下半身に持っていくと下はかろうじて下着だけ穿いていた。横を見ると隣にジョゼが寝ていた。彼はワイシャツを着てズボンも穿いている。オレたちはソファに座った状態で眠っていたようだ。
それより何故オレだけが裸なんだ? 脱ぎ散らかしたシャツやズボンが床に落ちていた。それを見てオレは眉をしかめる。
オレたちはあの後どうなったんだ?
オレはジョゼを抱いたのか?
全く思い出せない。酒のせいか?
「くそ……」
オレは悔しくてソファにドスンと両手を突いてうなだれた。悔やんでも悔やみきれない。オレの夢のような時間が……!
もう朝だ。全てが終わっている。妻はオレを糾弾し、ジョゼとの関係を引き裂こうとするだろう。オレのスケジュールを徹底チェックして、今後一切の外泊を禁じ。そうなったらオレは鎖に繋がれたも同然だ。“浮気”をしようとすれば即座に鎖を引いて、妻のもとに引き戻される。携帯電話の着信履歴を見るのが怖くなってきた。きっと恐ろしい件数の履歴が残っているだろう。メールに電話に……それだけじゃない。留守電にも。こんなことになるなんて、オレは馬鹿だ。もっと賢いやり方があったのかもしれない。だがどうしようもなかったんだ。君に触れてしまった瞬間、理性の壁が崩壊してしまった。その瓦礫を乗り越えた欲望という感情が、獣となって君を喰らおうとするのを抑えることができなかった。その獣は今もこの辺を徘徊している。
ジョゼ、君は何故ここに寝ている。オレの気持ちを受け止めてくれたのか? それなら何故……
オレの手がジョゼのシャツに伸び、開いていない第三ボタンから外しにかかる。直線的な美しい鎖骨のライン。滑らかな白い肌。ピンク色の乳首。そこに曲線美や豊満な胸はない。だがどうしようもない。この感情を抑えることなどできない。“男”の彼に欲情する。何故だ!? 自分で自分がわからなくなる。確かめなくては。この欲望の――“正体”を。
最後のボタンを外そうとした時、オレの手首をジョゼの手が阻止するようにがしっと握った。それから目を開けてオレを見詰める。起き抜けとは思えない、しっかりと開いた目で。
「出て行ってくれ」
「ジョゼ?」
「早くここから出て行ってくれ! 君はゲイじゃないんだ!」
「……」
オレが――“ゲイじゃない”。
じゃあ昨夜オレは君のことを
「昨夜のこと、何も覚えてないんだな?」
抱かなかったのか?
「それならそれでいい。オレも全部忘れてやる……」
抱いたのか?
どっちなんだ。忘れてやるとはどういう意味だ?
「だからここにはもう来ないでくれ!」
「ちょっと待ってくれ! やっとお前に再会できてまた学生時代のようにお前と一緒にいられるようになったのに、もう来ないでくれなんて言わないでくれ! オレはお前と一緒にいたい。お前を……愛してるんだ!」
「愛してる? どんな風に?」
「どんなって……」
「ほら、言えないだろ? 君は疲れているだけだ。オレのことをそんなふうに思うのもそのせいだ」
「違う! オレは、オレはお前にキスしたいし、お前を抱きたいと思ってる。ずっとずっとそうしたかった」
「オレは男だよ」
「……」
「見ただろ、オレの体を。オレは正真正銘の男だ。“ゲイでもない”君をセックスで満足させることはできない」
「……?」
「ダリル、君は“ゲイじゃないんだ”」
パンツ一枚の情けない姿のオレは、呆然とただ立ち尽くす。それを見たジョゼは、苛立たしげにソファから降りて床に散らばっていた服を鷲掴みに拾い上げると
「さぁ、出て行ってくれ!」とそれをオレの胸に押し当てた。
「……」
混迷状態からなかなか抜け出せないオレに、もう一度ジョゼが繰り返す。
「出て行ってくれ!」
「……」
何も聞いてくれそうもなかった。仕方なくオレは、ジョゼに見張られながら服を着て眼鏡をかけ、ソファの脇にあった自分の鞄を手に取った。そのまま出口に向かい、ドアの前に来て立ち止まるともう一度彼のほうを見る。彼の厳しい眼が、突き放すようにオレを見ていた。
間もなく午前6時。空はまだ薄暗い。衣擦れと小石混ざりの地面を踏み締めるオレの歩く音だけが響く。原付きバイクをガレージに停めて、オレは自宅へ続く石畳の上を歩いて行った。
玄関の鍵を開けようとするとすでに鍵は空いていた。起きているのか? まさか寝ずに待っていた……
今更、狼狽えてどうする。朝帰りしている時点でばれているだろう。
オレは覚悟というより諦めて、ドアを開けた。リビングの前を通る時、キッチンのシンクの前に立っている妻の後ろ姿が見えた。オレは無言でそこを通り過ぎる。
「あら、今帰ったの?」
背後から妻の声が飛んできた。オレは「ああ」とだけ言ってそのまま立ち止まらずに廊下を進み、書斎に入る。上着をポールハンガーにかけ、その脇に鞄を置く。机の椅子に座ると力尽きたようにぐったりと机に突っ伏した。深い溜め息が漏れる。そのまま眠るように瞼を閉じ、静寂の中に溶けていく。
「昨日は随分忙しかったのね? お疲れ様」
ドアを開けて妻が部屋に入って来た。オレの片眉が不快感を顕してピクリと上がる。
「一人にしてくれないか」
冷たくそう言い放つが、妻は去ろうとしない。
「何かあったの?」
「いいから一人にしてくれ。オレにかまわないでくれ!」
うるさい蠅にしつこく纏わり付かれるような鬱陶しさを感じて、オレは髪をくしゃくしゃに掻きむしる。
「あなた?」
「疲れてるんだ。一人にさせてくれ」
溜め息混じりにそう言った。
やっと妻が部屋を去ってから、オレはまた机に伏して瞼を閉じた。出勤までまだだいぶ時間はあったが、ベッドがある寝室まで戻る気力はなかった。しばらくそうして休んでからバスルームへ行く。シャワーを浴びて脱衣所に出ると頭をタオルで拭いてそれを肩にかけ、腰にタオルを巻いてバスルームを出た。寝室で服に着替えて眼鏡をかけ、鞄を持って廊下に出ると足早にリビングの前を通る。
「朝食はいらない。このまま仕事へ行く」
「あなた!」
その声を背にオレは家を出た。
――to be contined――
次回、この時のダリルの気持ちを唄った【挿入歌】が続きます。ぜひそちらもご覧ください。