#22.“es”
君とこの町で再会してからニ度目の秋を迎えようとしている。オレが見た君が幻でなくてよかった。でもいつかどこかへ消えてしまうような気がする。オレはまだ、君の心を捕らえていないから。あの頃と何も変わっていない。あの若き日の自分と。
初めて君と出会った時のことが遠い日のことのようにも、昨日のことのようにも感じられる。学生時代教室で君を見た瞬間、そこに別世界が広がった。永遠に色褪せることのないその場面を記憶の画面に何度でも再生することができる。あの奇跡のフォルムを忘れない。光も影も味方にした生きた絶景がこの世に存在することをこの時初めて知った。
それが夢の始まりだった。君を見た瞬間、オレはその夢の世界に迷い込んだ。
そう、覚めなくていい。オレはずっとその中に居続けたい。
ずっと君を見ていたいんだ、ジョゼ。
あとどれくらい時間をかければ君との距離を縮められるだろう。
どんなきっかけがあれば君に触れられるのだろう。
あと数㎝近付けば唇が触れ合うほどの距離まで接近した場面に、今まで何度遭遇しただろうか。
この足踏みはあと何回繰り返される?
あと何年、いや、あと何ヶ月、あと何時間……
もどかしい。考えれば考えるほど苛立ちは募っていく。
どうすればいい。せっかく君が再び目の前に現れてくれたのに。このままではオレは、そのチャンスを台なしにしてしまうかもしれない。愛しい人が傍にいるのに何もすることができず。
ああ、教えてくれ、ジョゼ。オレはどうすればいいのか。夢の中でいいから、その答えを教えてくれ。
「何だって!?」
夜の店内に流れる細やかなBGMがオレの声によって掻き消された。仕事の帰りによくジョゼと立ち寄るいつもの店にいた。「声が大きい」と小声でジョゼに叱責され、オレはすぐに肩を竦めて萎縮した。そっと周囲を窺ってから、声を潜めて会話を再開する。
「ちょっと待て、何故急にマンションに行くことにしたんだ?」
以前住んでいたマンションに荷物を取りに行くとジョゼが言い、動揺を隠せなかったオレは性急に問い質した。彼を凝視しながら間断ない瞬きを繰り返す。どうして……
「いつまでも脅えてるわけにはいかないしね」
淡々とした口調でジョゼは言い
「だからって!」
オレはついまた声を荒げてしまい、はっとして声を抑えてから二の句を継いだ。
「“あいつ”が待ち伏せしているかもしれないんだぞ?」
「大丈夫だよ。女の子じゃあるまいし」
ジョゼはなんでもないことのように笑い飛ばした。
「分かってないな……」
オレは呆れて額に手を当てた。落胆し、荒い溜息を吐き出す。
“あいつ”とは理事長の息子、エドワード・ギールグッドのことだ。そいつは昔からジョゼのことを気に入っていた。変質的な目で見ている。言動も怪しい。いつだったかジョゼの部屋から盗聴器を発見したことがあった。それが取り付けられていたのが、そのエドワードから貰ったという絵を嵌め込んだ額縁だったのだ。
「軽く考えるな。あいつは異常なんだ。何をしでかすか分からない。お前と接触するために、常にその機会を窺っているに違いない」
ジョゼは「う〜ん」と唸り、困ったように小首を傾げた。
「そうかもしれないけど。早く、レコードが聴きたいんだよなぁ……」
そんな恋しそうな瞳を――!
脱力したジョゼの瞳が素肌の肩を晒したように艶めかしく、それがあまりに綺麗で、オレは軽い目眩を覚えてしまった。
「……っ」
頬が熱を帯び、陶酔の溜息に誘われる。
ジョゼ、君はそんなにもレコードが聴きたかったのか? 離れ離れになってしまった恋人に思いを募らせるように。
胸の鼓動が加速した。何かを掴みかけている、その確信が気持ちを逸らせる。正解か否か、その解答を目前にして、息苦しさを乗り越えて言葉が前に飛び出した。
「じゃあ、こうしよう。オレが代わりに荷物を取りに行く。それなら問題ないだろう」
そうしたら二人でまた一緒にレコードを聴こう。学生時代のように、君の部屋で肩を並べ。どこか懐かしく、心地好いあのモノラル(音楽)を聴けば蘇るはずだ。その頃の感覚が。そしてその音楽がきっと誘ってくれるだろう。
二人だけが行ける世界へ。
ジョゼの返事は
「それはやめておく」
躊躇いのない“NO”だった。
「これはオレが自分で解決しなくてはならない問題だから、ダリルに迷惑をかけるわけにはいかない」
「そんなこと気にするな! オレはただ親友として、お前のことが心配だからそうしたいだけだ」
「ありがとうダリル、心配してくれて。その気持ちだけ受け取っておくよ」
とジョゼは穏やかな微笑で交わした。オレの感情は奔騰する。
「気持ちだけじゃ困る!」
しかしジョゼは、それを退けるように静かに首を横に振った。穏便にだが頑なに断られたことにオレは強いショックを受け、その衝動を顕わにした。オレでは頼りにならないのかとジョゼに対し目で訴えかける。
するとジョゼの目がオレの目を直視した。彼が掛けている眼鏡の奥に覗く青色の海辺に、オレは吸い寄せられていく。まるで魔法にかかったように抗おうとしていた気持ちが薄れていった。その青色の――ジョゼの一対の瞳がオレを説き伏せていく。
「ダリル」
第一声、ジョゼはそう呼び掛けた。
「オレだって君と同じように君のことを心配する。だから分かってほしい」
「……」
「オレだって」
――“オレだって”?
それに続く句が何なのか、告げられようとする瞬間にオレは息を呑んだ。
ジョゼの唇がそれを告げる。
「大切な親友を巻き込みたくない」
ジョゼ……
彼の言葉に胸が熱くなった。
君はそんなことを……
「エドワードは確かに普通じゃない。君がこのことに関わったと知れば、今度は君にまで危害を加えるかもしれない。それに君の家族のことも心配だ。何かされないとも限らない。そうならないためにも、このことは慎重に対応していかないといけないんだ」
「慎重に? それがお前が行くということなのか?」
それのどこが慎重なんだ! と烈しく問い詰める眼でオレはジョゼを見据えた。お前に何か遭ったら、オレは、オレは……どうなってしまうか分からないぞ!?――そう脅迫するように。するとジョゼは
「大丈夫だよ」
平然と笑って見せた。
「?」
その態度にオレは腹を立て、思いきり眉根を寄せた険悪な表情でジョゼを睨み返した。が、ジョゼは微笑を崩さなかった。
「そんな怖い顔しないで。ふざけて言ってるわけじゃないんだから」
「じゃあ、どうなんだ。何か策でもあるのか?」
怒りの治まらないオレの語気は攻撃的になる。
「うん、今はまだ言えないけど……
後でメールする」
そう言ってジョゼは鞄を手に取ると椅子を引いて立ち上がった。椅子の背もたれに掛けてあったブラックのトレンチコートをさらりと羽織る。オレはその様子を目で追っていた。
「じゃあ」とジョゼはオレの左肩に手を置き、目を細めて安心させるように柔らかく微笑みかけ
「オレのことは心配しないで。大丈夫だから」
そう言い残して階段の降り口に向かった。
「……」
モデルさながらの長身痩躯な紳士がブラックのコートを揺らし、靴音を響かせて店内を歩いていく姿に、オレは見惚れていた。
後日ジョゼからメールが届いた。それによると彼はメイフイールド病院の院長に頼んで、エドワードが他病院に行かなくてはならない用事を作ってもらい、その日に自分はマンションへ行って荷物を運び出したと言うことだった。
そういうことだったのか……
オレはほっと胸を撫で下ろした。
秋の宵。寒空が鮮やかな斜陽を作り出していた。病院の窓から見渡せる町はオレンジ色のセロハンを被せたみたいな色に染まり、院内も同じ色に染まっていた。柔らかなその光に包まれながら、オレは白衣を脱いだ私服姿で鞄を片手に廊下を歩いて行った。玄関を出て敷地内の駐車場に向かい、そこに停めてあった原付きバイクに乗って病院を後にする。走行する時、顔に当たる風の冷たさが心地よかった。人々が上着を羽織り始めるこの季節をオレは歓迎していた。誰もが温もりを求めるこの季節を。
咲き誇っていた草花は枯れ、町はセピア色に染まる。色褪せた懐かしい写真のような色に。この空の下であと何度彼と会うことができるだろう。学生時代彼と過ごした日々は、卒業するまでのことと自分に言い聞かせていた。だがもうそんなことを気にする必要はなくなった。これからは期限が定められているわけじゃない。この恋に“卒業”はない。
オレは原付バイクで公園に向かっていた。今日はいつも仕事帰りに寄っているカフェが定休日でやっていなかったので、ジョゼとそこで待ち合わせすることになっていたのだ。この間マンションにレコードプレイヤーを取りに行って、さっそく聴きにこないかとメールで誘われたのだ。オレは勿論、即OKした。運命が好転している。ずっとオレが望んでいた二人だけの世界へ行ける日が来たのだ。オレはそこに希望を見出さずにはいられなかった。
「いいよ、泊まっていけよ」
帰宅してから、レコードを聴いてすっかり御機嫌になったジョゼが言った。彼の家のソファーで寛いでいたオレにワインを勧めてくる。今夜の彼はいつになく開放的になっていた。お気に入りの物がようやく手元に戻って来たからだろう。気持ちはわかるが……
こんな状況をオレはずっと前から望んではいたが、まさか泊まっていけとは。そんなことを言われるとは想定していなかったオレは少し戸惑ってしまった。しかもだ。今晩、アビーは留守だった。彼女はバイトの遅番で、明日の朝まで帰ってこないのだと言う。つまり今晩この家には、オレとジョゼの二人きり。
邪魔する者は誰もいない。
なんてついてるんだ今日は! 話がうまく行きすぎて怖いぐらいだ。心が弾んで舞踏を踊り出す。そんなオレの気持ちを知らないジョゼは、純粋に音楽に浸っていた。少年のように無邪気な笑顔で所々歌詞を口ずさんだりしている。ふとあの頃を思い出した。学業に長けていて、完璧な優等生のイメージが強かった彼と初めてレコードを聴いた時のことを。あの時もこうだった。こんな風にレコードを聴いてる時の彼は普段と全く雰囲気が変わっていた。それを見て思ったんだ。なんてかわいい奴なんだって……
「ダリル」
ソファーの手摺りに肘を突き、軽く曲げた掌に額を預けてジョゼが言った。
うわっ、出来上がってる……
いつの間にかワインをグラスに注いで飲んでいたジョゼは、ほんのり赤ら顔になっていた。笑っている。妙に御機嫌だ。それはさっきまでとは別物の“楽”の感情だった。
「乾杯しよう?」
そう言って彼はワインボトルを片手に、快活な笑顔でオレに促した。
「ジョゼ、酒癖が悪くなったんじゃないか……?」
彼に悪意はないだろうが
「う〜ん」
その行為がオレを悩ませた。ジョゼの家に泊まっていくと言って、妻に怪しまれないだろうか。
「ジョゼが熱を出して倒れたんだ。彼は一人暮らしで看病してくれる人がいなくて心配だから、今晩オレが代わりに看てやることにした」
――子供が考えそうな理由だな。じゃあ
「学生の頃ジョゼが使っていたレコードプレイヤーでレコードを聴かせてもらっていたらすっかり意気投合して、ついワインまで空けてしまった。だから今夜はこっちに泊めてもらうことにする」
ああ、どちらも怪しい気がする。だが他に浮かばない。どうしたらいいんだ!
オレは内心で頭を抱え、額に手を当てた。心配そうにジョゼが尋ねる。
「頭痛いの?」
「ああ、痛い」
「大丈夫?」
お前のせいだぞ!? とオレは憤りをぶつけた眼差しでジョゼを睨んだ。すると
「じゃあ、泊まって行きなよ」
また快活な笑顔でジョゼは言った。
「……」
腹立つなぁ。それが簡単にできないからこっちは悩んでるってのに……
くそ、ここまで来て断念しなきゃならないのか? こんな機会めったにないぞ? これは絶好のチャンスなんだぞ? それを諦めるのか?
諦められるわけがないじゃないか! ああ〜何かないのか、いい理由は? 理由理由理由理由……えぇっと、理由……
一人、思考の中を駆け巡っているとぼんやりした声でジョゼが言った。
「なんだか眠くなってきちゃった。少し、寝てもいい?」
「あ? ああ……」
ジョゼは眼鏡を外してガラス製のテーブルに置き、横に並んだニ台のセパレート式ソファーに身を沈めた。はみ出した長い足をだらりと床に投げ出すとそのまま瞼を閉じて眠りに落ちた。その様子を見て、オレの思考と動きは一旦停止した。訪れた静寂の中に鮮明に響く、彼の寝息。それがオレの鼓膜を小さく振動させる。
「……」
続いて押し寄せた緊張が胸を圧搾した。瞬きも忘れて瞠目し、息が苦しくなっていく。薄く開いた唇から洩れる吐息が熱かった。
何度も夢見てきた。それは夢でしかないと思っていた。現実の手では掴むことのできない幻想だと思っていた。それが今、現実の光景となって目の前に出現している。もっとも手に入れたかった存在がすぐそこにある。あと少し近付けばそれに触れることができる。あと少し。それを行動に移すまでに時差が生じる。触れたい。そう思ってから腰を上げるのに、数十秒もかかってしまった。何もかもが液体化したようにとろけてしまっていた。時間も思考も動作も。そう感じられた。それは夢だからか?
立ち上がってからしばし放心する。そして息を潜め、ゆっくりと足を踏み出した。障害物になっているテーブルを脇に寄せて、大切な親友が眠るソファーの前に立つ。眠った顔はあの頃のままだった。伏せた瞼を縁取る長い睫毛、僅かに口を開いて呼吸する無防備なこの姿を前にも目にしたことがある。だらりと垂らした腕の細さまで一緒だ。僅かに残る手首の傷跡も。
あの時は自分の感情を抑えて何もしなかった。こんな目の前にいて――
よく
我慢ができたものだ。
もう、いいだろ? オレは充分我慢したよな?
彼はきっと許してくれる。少しだけなら……
唇に触れてもいいだろ?
オレは身を屈めた。徐々に頭を下げて行き、唇をジョゼに当てる。ふっくらとした柔らかい感覚。ジョゼの唇だった。少し厚めの下唇の感触が心地よかった。
「……」
それを体感した後、オレは顔を上げてジョゼの顔を上から眺めた。少し苦しげに一瞬眉を潜めたが、まだ眠っている。そう判断したオレは、再び唇を密着させる。
「……んん」
彼が息苦しそうに呻いても恐れはしなかった。もう止められなくなり、舌が彼の口内に侵入し、唇が激しく彼の唇を吸い上げる。感動が溢れ出た。
オレがジョゼとキスしている。まるで夢みたいだ!
いや、これは夢なんかじゃない。こんなリアルな感触がある夢などあるわけがない!
愛しいジョゼ
君の首筋に
その“証拠”を残したい。
「んん〜」
ジョゼが声を漏らし、煩わしそうにそっぽを向いた。
「……」
オレは行為を止めて顔を上げる。愛おしさが口から零れた。
「ジョゼ……」
彼の名を呟き、その響きの心地よさに陶酔した。
「……」
次に唇から漏れたのは溜息。彼を愛しすぎて、愛しすぎて
――言葉にならない。
緩やかなウェーブを描く柔らかそうなその髪にずっと触れてみたかった。四角い窓枠のような眼鏡(遮蔽物)を外して、素顔の君を眺めてみたかった。影を落とすような長い睫毛で縁取られたその瞼に優しくキスしたかった。愛おしさが止まらない。一日中キスをし続けても、この熱は冷めないだろう。精巧な美術品のような彼を傷付けないように、それらの箇所にオレは優しく指で触れていった。こんなにも彼が愛しかったとは。こんなにも彼に触れることが心地よいものだったとは。
ジョゼ、君の全てに触れたい。
オレは手を彼のシャツに向かって伸ばした。腹部に到達し、ベルトの下に入っていたシャツをそーっと引っ張り上げ、その中に手を潜り込ませる。
温かい。平らな腹だ……そう探究していると、びくっと反応してジョゼが体を動かした。
頼むから、まだ目を覚まさないでくれ。
この夢のような時間を終わらせないでくれ。
オレの手が禁断の上昇を始める。ジョゼの腹部から胸にかけて、滑らかなその肌を撫でるように指を滑らせ。彼のシャツの裾が捲れ上がっていく。
「……っ」
ジョゼはその進行を嫌がるように少し身をくねらせるが、喘ぐような声は出さなかった。女の体を撫でた時の反応とは違う。それよりも首筋をぴんと伸ばして抗う彼の姿のほうが艶めかしく見えた。白いシャツが胸の下辺りまではだけて、日焼けしていない白い肌が顕わになっている。
許してくれ、ジョゼ。君をこんな姿にしてしまって……
それよりもっと上の部分が見てみたくなった。オレの手がさらに彼のシャツをずり上げていく。するとその下に隠れていた部位が現れた。
こんな色をしていたのか。
それは綺麗なピンク色をしていた。オレはその触れてもほとんど分からないないほど小さな胸の突起に指を滑らせた。
それでもまだジョゼは声を発しない。何も感じないのか……? オレは横たわるように、彼の胸に頭を乗せた。顔の側面を当てて鼓動を感じる。
ドク、ドク、ドク、ドク……
一定のリズム、一定の速度を保ち続ける胸の鼓動。
狂いのないそのリズムを悪戯に、乱してみたくなった。
感じるか。
舌先で彼の乳首をくすぐる。それが徐々に激しい愛撫に変わっていく。
“オレはゲイではない”
もはやそう否定する資格があるのか?
こんなことをしているのに……
オレは顔を上げた。ジョゼは瞼を閉じたまま、まだ夢の中にいた。オレはその頬に掌を当て、何も考えずにジョゼの顔を上から見下ろす。
意思の赴くままに。
オレの右足がジョゼの足を跨ぐ。寝ている彼の体とその下に埋もれたソファーの僅かな隙間に手を突いて、彼の体の上を這い上がる。そして彼の顎を越えて唇に到達し、それを弱く軟らかにむさぼる。ガタガタとソファーが揺れた。それに舌打ちし、床に着けた片足だけでバランスを保とうとするが
「!?」
ガクンとソファーが大きく揺れ、床に着けていたオレの左足が浮き上がった。倒れる!? 右に傾いたソファーを慌てて立て直そうと左足で空を掻く。するとソファーはシーソーみたいに左に向かって倒れて行った。ソファーの脚が床に着いて一安心。も、つかの間。着地した弾みで体がふわりと浮き上がり、バランスを崩したオレは床に投げ出された。腰をしたたか床にぶつけたオレは、鈍痛に顔を歪めた。
「?」
そこへ第二の悲劇がオレを襲った。それはゆっくり起きたが止められず。ソファーからゴロンゴロンと転がり落ちて来る――
「っ!?」
“ジョゼ”。ドスンと彼がオレの腹に着地。ぐしゃっと潰れたような感覚。な、内蔵が……! オレはこっぴどいその仕打ちに、目に涙を滲ませた。
「あれ……ダリル? 何してんの?」
今の衝撃で目を覚ましたジョゼが、床に手を突いて半身を起こした。自分の下敷きになっているオレを不思議そうな顔で見下ろす。今置かれている状況に、戸惑っていた。無理もないだろう。目が覚めたら床の上で、こんな状態では。彼は眼鏡を探して辺りを見回し、それが脇に移動していたガラステーブルの上にあるのを見付けて手に取る。それを普段のようにかけて、レンズ越しにオレを見た。
「お前があまりにも激しくうなされてるから、心配になって起こしてやろうとしたんだ。そしたら、お前が暴れて……」
オレはそう嘘の事情を説明して起き上がろうとした。しかし、腹に痛みを覚えて床に蹲る。
「大丈夫?」
心配したジョゼがオレの顔を覗き込んできた。うわ……。オレは焦る。上から覗かれる立場になって、先程とは違った興奮が押し寄せて来た。
「……」
「……」
無言で見詰め合う数秒間に駆け巡る、数分前の出来事。あんなことをしたのに、彼は全く気付いていないのか? でなければこんな、見詰め合うことなどできないだろう。
「起きれる?」
そう言ってジョゼは手を差し延べた。その手をオレは掴み――
「……」
「?」
起き上がると同時に彼を抱き寄せた。頭の位置をずらして彼の方を向く。
「……」
「……」
顔と顔がぶつかりそうなほど接近した。互いの息が顔にかかるほど。彼は瞠目し、眼鏡の四角いフレームの奥に青い海が広がった。オレはその青を間近で見ていた。
愛の告白に余計な言葉は必要ない――
何も告げず
オレは彼に口づけした。
――to be contined――
ソファーが傾くシーンはコミカルなマンガみたいになってしまいましたが、ギャグではありません(苦笑)。