#16.To the garden
今回は○れ場があります。(汗汗…)
ジョゼは否定も肯定もせず沈黙に落ちた。
否定しないのか……心の中でオレはそう呟く。
「なぁ、またお前のうちに行ってもいいか?」
余裕の体でそう切り出した。ジョゼの表情を窺いながら。
彼は少し声のトーンを落として答えた。
「いいけど、日を少し空けてからにしてくれない。アビーが警戒するから」
「分かった」
オレは頷いた。
「じゃあ、今聞かせてくれ」
「ん、何を?」
ジョゼは疑問符を浮かべた表情で二回瞬きした。
「お前はあの娘とセックスがしたいのか?」
「!?」
ジョゼは絶句して、驚きの目でオレを見詰めた。
「今すぐにではなくても、いつかはそうしたいと思ってるのか?」
追及が深まる。知りたい欲求が弾かれた球となって、その勢いに乗って舌を転がっていく。
「なんで急にそんなこと……」
ジョゼは驚愕した表情に困惑した笑みを浮かべた。
「いいから答えてくれ」
その問いにジョゼは分かりかねたように頭を振った。
「オレはただ……彼女を護ってあげたいだけだ。そういうことがしたいわけじゃない」
「じゃあ、彼女を恋愛対象としては見ていないってことか?」
「見ていないっていうか……何て言ったらいいのかなぁ……」
ジョゼは苦悩して頭に手を当てた。
「護りたいっていうのは恋愛感情じゃないのか? その感情と恋愛感情とどう違うんだ? 」
「……」
「好きならセックスしたいと思うはずだろ?」
ジョゼは困ったように顔をしかめた。
「……ダリルの考え方は偏狭的すぎるよ。男女間じゃなくてもあるだろ、護りたいって思うこと」
「異性に対しては特別な意味になる」
「ダリル〜、オレの考えも少しは尊重してくれよ。そうやって言い切られたら何も言えなくなる。なんだかいたぶられてるみたいだ……」
そうだ。オレはジョゼをいたぶっている。本心を知るためだ。
本当はそれを知ることが怖いくせに……
「分かった」
オレは表情を緩めて言った。
「オレの考えが狭すぎた。お前の気持ちも尊重する。お前が彼女に抱くような気持ちも存在するって。……変なこと言って悪かった」
「分かってくれればいいよ……」
ジョゼは快く笑った。日が高くなるこの時間帯。庭に出ている人間はいない。並列する喬木のその奥にも人影はなかった。今ここにいるのはオレとジョゼ、二人だけ……
「ダリル?」
「あ、いや……!」
気が付くとジョゼの瞳に吸い込まれそうになっていた。葉と葉の隙間から射す陽光が二人の顔を照らしている。空の色を水辺に映したような青。そのジョゼの瞳が、眼鏡のレンズの奥で驚愕に見開かれていた。至近距離だった。あと少し近付けばキスできそうなほど。
「顔が赤いよ、大丈夫?」
「えっ?」
やばい、顔に出てしまった。
オレは焦って両手で顔を包んだ。“気温のせいだ”と言い訳して、脈拍の躍動を掌に感じていた。ダッシュした後のような激しさだった。
「後でメールしていいか?」
「うん」
オレが気まずくなったのをきっかけにして切り出し、オレ達はそこを後にした。
その日の仕事が終わってからジョゼの携帯電話にメールした。昼過ぎは訊くタイミングを逃してしまった。内容は例の理事長の息子の件だ。あれはどうなったのかと仄めかすように訊いてみた。返ってきた答えは、今話し合いをしている所だということだった。直接本人のエドワード・ギールグッドとではなく、勤め先の病院の院長が仲介人となってやりとりが行われているらしい。院長はオレやジョゼが出た大学の理事長(エドワードの父)の親戚にあたるらしく、この事を穏便に内密に処理して、一族の体裁を保つためにこの役を買って出たようだ。彼はエドワード側に慰謝料を払わせることで示談することを求めたが、被害者のジョゼはそれを断り、病院を辞めることを強く希望した。しかし院長はジョゼにメイフィールド病院(ジョゼが勤務する)での勤務日数を減らし、他病院に助勤で入ることを条件に説得した。ジョゼはそれに応じた。だが気持ちは変わっておらず、折をみてその意向を委員長に話すつもりだという。
ジョゼは理事長の息子エドワードに気に入られ、同じ病院(メイフィールド病院)に紹介された。大学で世話になり、学生時代はエドワードの妹の家庭教師を勤め、ジョゼはギールグッド家との親交を深めていった。それは彼の希望ではない。皆エドワードがジョゼを手元に置くために画策したことだ。そうやってジョゼはギールグッド家に恩を着せられていった……
“あんな奴のいる所で働くことなんかない。うちの病院に来いよ”オレはそうメールを返信した。
そうなったら夢のようだ。もっと頻繁に会えるようになる。ジョゼにとってもそのほうがいいはずだ。休日には二人でどこかへ出かけたり、学生時代のようにまた二人だけの世界に浸れるかもしれない。夢のようだ……
期待は膨らんだ。あの世界はオレ達だけの共有空間だ。あの懐かしいレコードの音を聴けば甦るはずだ。あの頃二人が共鳴していた記憶が。神聖な時間だった。“アビー”にあの世界は再現できない。
オレとジョゼだけの財産だ……
ジョゼからのメールの返事は“考えておくよ”と少しそっけなかったが、オレは今後の展開に期待することにした。
今夜は熱い夜だった。娘のルーシェを寝かせた後、久しぶりに妻とセックスした。
「ダリル〜」の甘い声。妻の誘いで始まった。パジャマに着替えてベッドに入ろうとするオレにすり寄る妻。彼女はオレの耳を甘噛みして、細い指先で頬をなぞった。オレに疑問を投げかける余地も与えず
「っ!」
乱暴にオレに覆い被さった。そのまま二人でベッドに倒れ込む。激しいキスで唇を塞ぐ。まるで
“何も言わせない”とでもいうように。
妻の手がオレのパジャマの中に進入してきた。胸部をまさぐり乳首に触れ、下半身に向かって手を滑らせる。オレはそこまで妻にされるがままだった。妙なことにそうされることに全く興奮していない。
「……」
妻は手を止めた。気付かれてしまったのか? 眼鏡をかけたままのオレはそのレンズ越しに彼女の顔を仰いだ。枕もとのスタンドライトだけが灯る薄暗い寝室。その中に妻の荒い息遣いが鮮明に聴こえていた。
「……」
「……」
沈黙が二人を包んだ。四つん這いになって上から凝視してくる妻をオレは黙って眺めていた。
数秒の沈黙の後――妻は躍動した。オレの体に身を預け、体をくねらせて夢中になって唇を貪る。オレはそれに応え、彼女の腰に手を回した。舌と舌が絡み合う。熱い吐息を漏らしながら妻の唇が顎を伝ってオレの喉に吸い付く。
「っ!」
思わずオレは横に動いてそれを退けた。
「首は駄目だ……!」
そんな所にキスマークなんか付けたら見られてしまう。白衣の衿では隠れない……脳裏にジョゼの顔が浮かんだ。妻は動きを止めて、ぼうっとした目でオレを見詰めていた。それから指でツーっとオレの首筋をなぞった。
「メーガン?」
その指が震えていた。泣いているのか? 表情を窺うが、ぼんやりとした明かりの中ではその細部まではわからなかった。
「ダリル……」
妻は激しくオレの体を求め、淫らに手足を絡めながらオレの名を連呼した。
「ダリル」
愛してるの意。
「ダリル」
離れたくないの意。
「ダリル」
愛してる? 問い掛けの意。
「ダリル」
“壊して”の意。
彼女もオレも崩壊した。後に真っ白い世界が訪れる。総てがリセットされたような空白の瞬間。
この瞬間に今、世界に二人だけしか存在しておらず、一糸纏わぬ男女――その姿はまるで二人がアダムとイブにでもなったような不思議な錯覚を起こさせた。二人だけの世界。我に返ると瞼の裏に“彼”の微笑が浮かんだ。
二人だけの世界。君とそこへ行きたい。
そこは――
禁断の楽園のようだった。
――to be contined――