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SECRET LOVE  作者: 雨音れいん
SECRET LOVE
11/32

#10.The holy  guidence

※#9,10を先に読んだ方ごめんなさい! #8は、#9で欠けていた『昨日』の場面の追加部分です。(1月21日)

前回投稿時「奥さんとの約束はどうなったの?」と思った方いらっしゃったと思います。本当にすみませんでした。なので異例かもしれませんが9,10の前に『追加更新』させていただきました。<m(__)m>

  オレは電話を切ると即、正面玄関へ向かい、足早に病院を後にした。

 エミリーは自宅におり、そこから携帯電話を使って病院に電話してきたらしかった。

『今から会いに行くね。“患者”として』

 その一言だけで、彼女の言いたいことがすぐに分かった。

 脅迫か?

 彼女はまたリストカットをしようとしているのだ。“患者”という部分を強調するかのように語尾に付け足したのは、オレが言ったことに対する当てつけか……

 あの時の言い方がまずかったのか。

「先生一人で来てね? 誰か連れて来たら……」

 完全な脅しにオレは屈して、一人で彼女の自宅へと赴くことにした。

「早く来てくれないと“間に合わない”からね」

 その捨て台詞はふざけているのか、本気なのか分からなかった。だが、完全に彼女に振り回されていることは確かだった。



 原付バイクで路上に出た。時々停まっては、携帯電話から聞いた彼女の案内に従って道を進んでいく。

 いったいオレは何をしてるんだろう。民家やビルが建ち並ぶ、どこか田舎くさい道を走りながらそう思った。

 恋人にだってこんな振り回され方はされたことがないぞ? まったく、オレは若い娘にいいように操られてるだけじゃないか。

 だが、そう分かっていても、彼女をほうって置くことはできなかった。

「そこの角を曲がると……」

 案内する彼女の声はどこか陽気だった。そんな声を聞いていると、目的地に着いた頃には危機感が薄れてしまっていた。それでも彼女が言っていた深緑色の四角い五階建ての建物を見付けると、外階段を息を切らしながら四階まで駆け上がった。

 インターホンを鳴らすと数秒の沈黙を置いてから、玄関のドアが開いた。

「どうぞ」

 顔を出した彼女は、微かな笑みのようなものを浮かべながら短くそう言うと、オレを家の中に招き入れた。

 室内には生活雑貨があるものの、そこに暮らしている人間の温もりらしきものは感じられなかった。違和感を覚えたが、いきなり家庭の事情などを聞いたりしたら、彼女は警戒して口を閉ざしてしまう可能性がある。もっと彼女の様子を窺ってから聞いたほうがよさそうだ。

 ふいに彼女がこちらに顔を向けた。

「先生何飲む。ジュースとかしかないけど、それでいい?」

「……どうぞ、おかまいなく」

 オレは遠慮気味にそう答え、エミリーは

「じゃあ、そこで適当にくつろいでて。すぐ持ってくるから」と口調も笑顔も弾ませながら、部屋の奥にあるキッチンに消えた。

 ソファーに座りながらおとなしく待っていると、間もなくしてエミリーがコーラの入ったコップを二つ持ってきた。その一つを直接オレに手渡し、もう一つのほうを立ち飲みした。

「ちょっと待ってて。簡単なデザート作るから」

「……」

 オレに断る隙も与えず、さっと踵を返してエミリーはまた奥に消えた。

 待つ間オレは手持ち無沙汰だったので、コーラの入ったコップを口に運んだ。

「味が違う」

 どこか淡白なその味が腑に落ちず、小首を傾げてコップを眺める。色と匂いは普通のコーラと変わらなかったが。

「それちょっと変わった味でしょ?」

 キッチンのほうからエミリーの声がした。

「う〜ん」

 オレは微妙な返事を返す。

 奥から食器がぶつかるような音を立てながら、声を張り気味にエミリーが言った。

「それねぇ、ダイエットコーラなんだ」

「ダイエットコーラ?」

 そうなんだ、と一人納得してオレは頷く。そこで会話が途切れた。奥から物音だけが響き、オレはまた暇を持てあます。

 おもむろに鞄を開け、その奥に手を突っ込んだ。携帯電話を取り出してメールの入力画面を表示させる。ジョゼに知らせておこうと思った。

『さっき病院に電話がかかってきて、エミリーに呼び出された。今彼女の自宅にいる。なのでごめん、いつもの時間には行けそうもない。終わったらまたメールする』

 用件だけを書き込んだメールを送信した。


 本当はすぐにでも君のいる場所へと、飛んでいきたい


 会いたい……



 これを言葉にできたらどんなにいいだろう。打ち明けられたら、君を抱き締めて、何度でも伝えたい――終わりのない愛の言葉を。冷めることのないこの情熱で君を溶かしたい。二人の幻想曲ファンタジアが止まらない。


 ジョゼ……



 妄想して、思わず口から彼の名前が零れかけた。名残おしむように端末のボタンを押し、二つに折り畳む。

 ――と、ランプが点滅した。ディスプレイを見るとメールが届いていた。端末を開いてメールを読む。


【Jozeph】


 “分かった。今日はゆっくり彼女の話を聞いてあげて”


 そんな……


 ああ、ショックだ。ジョゼ、やっぱり君は優しいね。でもオレにとってその優しさは、砂の上に書いた文字を消し去ってしまう満ち潮と同じだ。何もなかったみたいにまた曳いていき、書いた人間の中に喪失感だけを残す。

 これで今日に描いた君と過ごす安らぎの時間は泡沫に消えた。ジョゼ、君はオレの性格を細かく知っているのか。こんなことを言われたら、話を早々に切り上げて帰ることなどできなくなってしまうということを。

 分かったよ。オレは聖人なんかじゃないが、今日はおとなしく君に従うよ。ああ、愛しいジョゼ。その善意が憎らしい。憎らしいほどに今すぐ君を抱き締めたい。痺れて息ができなくなるほど強く。

 いつかそうしてやるからな、覚えておけよ。


 オレは愛しさを込めて、心の中でジョゼに悪態をついた。

 端末を折り畳み、ふとディスプレイの時計に目をやる。

 ――遅いな。

 時刻は五時を回っていた。ここに来てから三十分近く経っている。窓の向こうは薄い闇のベールが降りていた。

「オルセンさん」

 エミリーに呼びかけるが返事がない。いつの間にかキッチンの物音も止んでいる。だが気配は残っていた。

 緊張の糸が張り巡らされる。一秒、二秒、三秒……

 壁掛け時計の秒針の速度が、ゆっくりゆっくりと感じられた。

「オルセンさん?」

 もう一度呼んでみると

 ……何かが聞こえた。キッチンの奥から、カタッと何かを置いたような音が。

 そして――

「?」

 小さな声が聞こえてきた。

 なんだこれは……聖歌か?


 それは徐々に音量を上げて行く。

 これはなんだ? 優しい歌声なのに、哀しくなる。

 まるで誰もいない教会で独り、告解をしているような……


「先生、泣いてるの?」

 いつの間にかエミリーが部屋に来ていた。壁に背を凭れ、そこからオレを見下ろしている。穏やかで包み込むような笑顔が、まるで聖母のように見えた。

「この歌、哀しい?」

 オレは無言で頷き、眼鏡の下から涙を拭った。

「この歌、『祈り』っていうんだ。死んだママが教えてくれたの」

 感傷的な余韻が冷めないオレに、エミリーは陽気なトーンの声で話を続けた。

「ママが言ってた。この歌を聴いて涙が出る人は、心に“罪の意識”がある人なんだって」

「罪の意識?」

「そう。この歌にはね、不思議な言い伝えがあるらしいの。この歌を聴くと、心を撫でる見えない手が罪の意識に触れて、心が震えて涙が出るんだって」

「……」

 オレは言葉を詰まらせた。根拠のない話はあまり真に受けない性格だが、その話はたんなる作り話でもない気がした。話を聞く前からそれを体験してしまったのだ。

 オレは罪を感じているのだろうか。氾濫寸前の河をかろうじて塞き止めている防波堤はもう崩れかけているのに。もうすぐ解き放たれた感情の激流は、“彼”のもとへと流れようとしているのに。その歌声を聴くと、堪らなくそれが愚かで罪なことであるかのように思えてくる。

 胸が締め付けられそうだ。心が引き千切られそうだ。彼への思いを断つことなんてできやしないのに、罪を自覚させられるなんて……

「先生は涙が出るから救われる」

 エミリーの声が救いの手を差し延べ、オレは顔を上げた。彼女が歩み寄って、オレの顔を両手で挟む。

「でも、あたしは駄目。いくら聴いても泣けないの」

 左頬に違和感を覚え、オレは彼女の手首を掴み取った。

「君っ……!?」

 掴んだ彼女の右手首が朱に染まっている。利き手に、真新しい最初の傷が大きく横に口を開けていた。鮮やかでインクにも似た赤い液体が、そこから舌を伸ばすように下に向かって垂れ落ちる。

 エミリーは笑った。聖母の微笑に青白い紗のベールが掛かる。彼女はよろめき、足の裏を外側に向けて床に崩れた。

「大丈夫だよ、もう慣れたから。自分の血を見るのも、怖くなくなっちゃった」

「なんてことを……!」

 オレは咄嗟に携帯電話を取り出そうと鞄に手を伸ばすが――視界がぼやけた。頭が傾き、ふっと力が抜けたかと思うとそのままソファーからずり落ちる。

「……」

 頬と掌に、固く冷たい感覚がした。床の上に横たわっている。意識が体から離れていくような感覚に襲われていた。気を抜くと、そのまま深い白でも黒でもない世界に吸い込まれていきそうになる。睡眠薬を盛られたらしかった。患者には処方したことはあっても、自分には睡眠薬を使用することはなかった。以前成分が標準量の物を飲んだことはあったが、効果は得られなかった。安定剤もだが、あまり作用しずらい体質らしい。だが、睡魔の泉に落ちていく感覚は知っている。オレはその睡魔と戦った。電話を、電話をかけなくては……

 掌が空を掴む。鞄を掴もうと手を伸ばすが、身体に力が入らない。

 五感が鈍る中で、エミリーが近付いてきたことを察した。彼女は床に寝そべり、オレの傍らに身を寄せた。その手がオレの肩から腕を滑り落ち、手を握った。そして愛しげに指を撫でる。

「人って結構簡単に死んじゃうって聞いたことあるけど、あたしは何回も手首切って先生に助けてもらった。だから怖くなんかないよ」

「……」

「それにね、あたし死のうとなんかしてないんだよ。だって、死んだら先生に会えなくなっちゃうもん。でしょ? 先生……」

 意識が薄れていく中で、近付いてくるエミリーの顔が見えた。その唇が自分の唇を塞ぐ感触が、全身麻酔にかかっていく時のように遠のいていく。視界が揺らいだ水面のように溶けていき



 ――やがて意識が消滅した。




                                          ――to be contined―― 


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