表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にたがりのサラリーマン  作者: コカトリス
3/3

後半

胸糞注意!

死にたがりのサラリーマン



駆け下りる沖田さんは楽しそうだ。


私は疲れて足をもたつかせる。

「あっ」


気が付いた時には遅かった。

もつれる足を直そうと普段しない降り方をしたせいだろうが、私は前に倒れるように転げ落ちた。

沖田さんは私が落ちると分かった途端、手を差し伸べたが、既に遅く手をつく暇もなく私は背中を強打し動けなくなり数段先の平地でうずくまってしまう。そして、痛みによって私は気を失ってしまった……。



気が付いた時には私は病室にいた。横にはフルーツの盛り合わせとスポーツドリンク、そして、両手で顔を覆う沖田さんの姿が目に入る。


すると病室の扉が開く。

現れたのは両親と部長の三人だった。


「秋宮くん。課長昇進で嬉しいのは分かるけど怪我はしちゃダメだ、迷惑がかかるのが分からない歳では無いはずだ」


部長は一つの茶封筒と説教をくれました……。

沖田さんは部長をチラチラと覗き見、様子を伺う。確か今日は木曜日だったはず……と言うことは沖田さんは仕事を休んできていると言うことなのだろうか?

そして、沖田さんの肩に部長は優しく手を置いた。

「沖田くん……仕事は?」

「えっと、その……休んでまーす? なんて……」

「そうか、君の部署の部長に報告しておくよ」


沖田さんは青い顔し、試合を終えたボクサーみたく乾からびていた……。

なんとなく、バツが悪そうとしていると母親が話しかける。

「大丈夫なの? 体」

「うん、今はなんとも無い」


部長と沖田さんはお互いに顔を見合わせた。

「私たちは帰るとしよう。まだ仕事が残っているのでね。秋宮くん早めの回復をまってるよ」

「ごめんなさい……私が」

「良いって、俺と一緒に居たかったんだよね? 気にしないで!」

「うん! ありがとう!!」


ションポリとした顔から一変、満面の笑みへと変わった。


勢いよく手を振って彼女は仕事場へと戻っていった。

「ふぅ、」

小さくため息をつき、両親に顔を向ければニヤニヤとした母親と、どこか落ち着かない様子の父親の姿があった。

「ねえねえ、あの子があんたの彼女? 可愛いじゃない〜見る目あるわね!」

「ゴホン、そ、そうだな母さん。可愛かったと思うぞ。……まぁ、母さんには負けるがな」

「取ってつけたような言い方をしないの……まぁ、私が美しいのは神様でもわかっている事だから!」


その自信はどこから出てくるのですかお母さん。

正直、五十過ぎのお母さんはそこまで綺麗ではない。皺の寄った目尻、口紅は赤くアイラインも引いてある。ファンデーションは厚く皺を塗りつぶしている。どこからどうみても厚化粧……正直、勘弁してほしい……香水の匂いがキツイのも加えて置こう。

「ん? どうしたのそんな困った顔をして……あっあんた私の顔を見て何か思った事があるんでしょう。答えなさい!!」

何故に分かるし……こぇ〜よ……。

「いや、なんでもない。わざわざ俺のために仕事と家事を休んできてくれた事は本当にありがとう……俺の事は心配しないで……とまでは言わないけど、それよりも自分の体の事をもう少し考えて欲しいな〜って?」


お母さんは困った顔をし、目線を落とし俺の頭に手を置いた。

「母親が息子を心配するのは仕方がない事なのよ。可愛くて仕方ない我が子を見捨てるような事は死んでも出来ないわ」

ニッコリと微笑み母さんは立ち上がった。

あぁ……いつも通りの優しいお母さんだ。


ここが病室でなかった泣いて居たかもしれない。

俺はうん、と頷き両親の帰宅を目で追いその日は寝ることにした。

といっても現在時刻は十五時程で寝るにもねれない。仕方なく携帯を開いてみると、沖田さんからのメールと電話で埋め尽くされて居た。

「わーナンダコレー」

思わず片言になってしまうほど驚き、ペラペラとメールを見て回る。特質して書くようなことではないが、愛してる〜とか大丈夫? とかそんな事が綴られている。

何故だろうか彼女がこれを書いている姿が想像出来てしまう。その様子を可愛いと思ってしまった俺は末期なんだろうな。

あの子からの告白……もう少しだけ真剣に考えてみるか……。




次の日退院した俺は、一目散に会社に行き事の顛末と自身の無事を社長に報告すると共に、俺の部下となった人たちに詫びとお菓子を持参した。

社長は終始俺の話を頷きや相槌なんかも入れてくれて聴いてくれた。真摯になって聞いていてくれていると思うと胸が熱くなる。


職場に戻ると、心配の声やお菓子ありがとーと言った声が多く聞けた。

特に、沖田さんは俺が会社に来たと言う事を聞いたらしく体中を汗だくにしながら私の元に来てお菓子をほうばっていた。

なんとも小動物のようで可愛らしく見えた。

「ねえ、沖田さん」

「はひぃ、はんでしょうか?」

「うん、取り敢えず口に入っているパンとクッキーそれとマカロンを消化してから話そうか」


驚いたことに俺が買って来たお菓子などを必ず一つずつ口に入れもぐもぐと食べている。何という食欲! この子は食べるんだなーと何気に関心している俺がいた。

どうやら食べ終えた沖田さんは、興味津々な様子で俺のディスクの横に座り、いつでもこい! みたいな構えをしていた。君はキャッチャーか何かか?


「それで、話って何ですか?」

「うん、それなんだけど……以前君が俺に惚れたっていう話してたよね……それで俺まだ正式な返事をしてないなって思っていまします」

ゴクリ……。

「俺は君と付き合いたい! なんかここ数日間君を見ていて可愛いなって思ってしまった。こんな俺を許してくれ。だから、俺と付き合ってくれないだろうか」


沖田さんは下を向いた。


暫しの沈黙と……静けさ。聞こえるのはコピー機の音だけ。


「…………うん。うんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうん。ありがとう〜私みたいな女と付き合うって言ってくれてありがど〜」


泣きべそをかき、涙とよだれと鼻水で汚れた顔を俺のスーツに擦り付ける。

周りの同僚からはうわぁ〜とか汚ねーとかマジ引くわ〜みたいな声が聞こえた。


辛辣……。


俺は何もしていないんだけどな……。

同僚からの視線は痛く胸に突き刺さるのであった。

そんなことよりも仕事……こなさなくてはならない。ディスクに乗った書類達をパラパラとめくり、自身の責任の重さを痛感した。

はぁ、死にたい……。口にしたようなしていないような気もする。


粗方仕事を終えると、昼飯の時間になっていた。

弁当……は、ないか。

いくらカバンの中を弄っても無いものはない。作って居ないのだから。そう言えば沖田さん作ってきてくれてないかな? 多分作って来てくれてると思うけど中身なんだろう? お粥だったらどうしようかな?


そんなことを考えていると、俺の名前を呼ぶ声が階段から聞こえた。あ、沖田さんかな?

遠目で見ていると大きな弁当箱を持った沖田さんの姿が目に入る。赤い風呂敷で包まれたお弁当箱は……で、でかいな。


「秋宮さん……その、お弁当食べませんか?」

「う、うん。もとよりそのつもりだったしね。屋上に行こうか」

「はい!」

可愛らしく、ニッコリと笑い彼女は返事をした。

現在の階は十五階だ。屋上は二十一階となっており、二十階まではエレベーターがある。そして、二十階から二十一階までは階段がありその先に屋上がある。屋上に登った事はこの会社に入って数えるほどしかないが、景色的には良いものだろう。まぁ、辺りが森であったならばさらに良かったんだけれど。その辺は仕方がない……ビルしか見えないのは、田舎出身の者には何か物足りない気もしなくはないのだ。


そんな事を考えているうちに二十階に着いた。窓ガラスをちらりと覗いてみると、ビルが見える。当たり前か……。


階段を登り、少し離れているベンチに俺と沖田さんは腰掛けた。

缶コーヒーを二つ持つ。隣には大きな弁当箱の風呂敷を広げている沖田さんの姿が。

風呂敷を開けると、四段重の弁当が見える。

おかずには、唐揚げミートボール、だし巻き卵などなど数えればきりがない。ご飯もしかりそして何故かハンバーガーやサンドイッチまで完備という徹底ぶりだ。ここまでくると感激の一言だ。


「秋宮さん、はい。あーん」

「いや、そこまでしてもらわなくて……」

「ダメです! これは彼女の責務なんです!!」

強引に私の口にサンドイッチを入れようとする彼女。可愛らしい華奢な指で摘むサンドイッチ……ゴクリ……。


その時、携帯が鳴った。


知らない電話番号。でも、何故か電話に出なければならないという使命感に駆られる。恐る恐る耳に当てる。


「すみません。警察のものですが貴方は秋宮 

浩二さんでよろしかったですか?」

「は、はい。そうですけど? どうされたんですか?」

「落ち着いて聞いてください……今朝方確認されたのですが、貴方のお母様。秋宮 真波さんが殺されているのが確認されました。確認のため一度こちらの病院の方へ足を運んでください。病院の詳しい詳細などはメールでお伝えしますのでよろしくお願いします」



カタカタと震える手、冷や汗が止まらない額、ガタガタと止まらない歯軋り……。

「ど、どうしたんですか? 今の電話は一体誰なんですか?」


「母さんが死んだ……殺されたらしい」

でも、何故か悔しくも苦しくも無かった。彼女は、口元を押さえ涙ぐむ。俺は悲しく無かった。

別に嫌いとか好きとかでも無かった。十八年間育てて貰った恩義と人並みの愛情を注いで貰った相手だ。多少なりの心の揺らぎはあるがそれ以上それ以下の感情は出て来やしなかった。

「なんで、あの優しい人が殺されなきゃダメなの? ねぇ、ねえってば!!」

声を荒げて彼女は強く口にする。

落ち着いている……とても俺は落ち着いて居た。

横で、騒がれると逆に平常心を保てるとかいうあれなのかもしれない。が、今はこんな所でこんな事をしている場合ではない。


俺は沖田さんに謝罪し、部長に報告するため階段をかけ下がり、エレベータを駆使して自身のディスクに戻る。



「あの、部長! すみませんが今日は早退させていただきます。理由は明日報告しますので今日はこれで」


出社していない部長に伝言だけ残し部下に帰るとだけ伝え俺は急ぎで病院へ急いだ。



病院に着いた俺は、地下にある部屋へと通された。そこはヒンヤリとしていてどこか物悲しい雰囲気だったのを薄っすらと覚えている。


扉を開けると、涙を流しきり憔悴した親父の姿が目に入る。ふと視線を移せば刑事さんが二人。

お医者さんが一人そして中央のベットで寝ている母さんの姿があった。

父さんは俺の姿を見ると、裾で涙を拭き取り無言で俺を引っ張り母さんの顔にかけられている布を取った。


真っ白な白粉を塗られているような顔でどこか微笑んでいる母さんの顔。腹部からは赤い血が流れていた。

父さんの話によれば昨日、コンビニに行ってくると言ってから戻ってこなかったらしい。それで警察の方に電話をしてみた所、この有様だったらしい。

殺された原因は不明。怪我は腹部にナイフの跡が二つ。後頭部に硬いもので殴られた形跡があるそうだ。どちらも強い殺意によって行われたものと推測される。との事だ。

どれも、刑事さんから聞いたらしい。

最愛の人を失い、途方にくれている父さんを見ても俺は感情の一つや動かさなかった。




俺は、その場を後にした。あそこにいるとどうも息が詰まって仕方がない……いつまでも死んだ人間に頼っていたら前に進めない。

「はは、死にたい」



携帯を見ると部長からの着信があった。

掛けてみると、ゼイゼイと息を切らした部長の声が。

「どうされたのですか?」

「それはこちらのセリフだ。親御さんが殺されたって!! しかも犯人は捕まってないらしいじゃないか! 君良くそんなにも冷静でいられるね!」


怒りも悲しみの入り混じった声が聞こえる。震える唇を必死に動かし俺に訴えかけるように部長は続ける。

「今週は休んでいい。その代わりしっかりと泣いて来い。これが君の今週の業務だ。社長には私が言っておく。いいか、これは命令だ。泣かなきゃいけない時に泣けない奴はいつになっても泣けやしない。後悔する前に泣け!!」

苦しみを知っているかのように、憎しみを体験したかのように、屈辱を体験したかのように部長ら言葉を紡ぐ。


「は、はい……分かりました。すみませんでした」

「君が謝ることではない」

「ありがとうございます」

「それで、いい。来週からは君の元気な姿を見せてくれるそれだけでいい」



それだけ言い残すと部長は電話を切ってしまっ

た。

スクロールすると沖田さんからの電話も入っていた。俺は地下室から出ると沖田さんに電話をかけた……。

「もしもし? 沖田さん今夜会えないかな」

「…………大丈夫なの?」

「分からない……なんか心がもやもやして分からない」

「そう……ん、あのね。あ、いえなんでもないで、す」

俺は重い唇を動かし、彼女に話す。

「俺さ泣けなかった……泣きたくても泣けなかった……だからさ俺を泣かせてくれないかな? だめ、かな?」

「…………うん……いいよ……」

彼女も泣いていたのだろう……声はとても弱々しくて今にも崩れてしまいそうなほどに……。


人生ってなんなんだろう……こんなにも苦しくて辛くて自身のイメージする未来なんて来るはずもない。どれだけ幸せを願っても、どれだけ楽しもうとしても神様はきっと俺を許してはくれないのだろうか?

ハハ、はぁ、死にたい……。

辛いことしかない。何なのだろうか怪我をしたら母さんが死ぬ? 一体俺が何を……。


あの占い師……が言っていた事なのだろうか?

あらゆる幸せを体験して見たい? ふざけるんじゃない……昇進したり彼女が出来たり怪我をしたり母さんが死んだり……一体何なんだよ!!

俺に何か恨みでもあるのかよ!!


壁を殴る。鈍い痛みが拳に響く。拳を見れば赤い血が流れている。

遣る瀬無くなり力なくその場に立膝をついた。

けれども、涙は出ない。俺は泣くことさえも許されないのだろうか……。


時計を見ると十八時を回っていた。仕事が終わり皆帰宅する頃だろうか? 沖田さんも病院に向かって来ているのだろうか?

この顔を見たら幻滅するんだろうか?

出会って間もない俺たちは何が崩れたらこの関係は消えてしまうのでしょうか?

目にクマを浮かべ、裾は涙で濡れているお父さんが地下室から戻って来た。俺の顔を見るやいなや俺の肩を掴む。

「母さんを守ってやれなくて……すまない」

唇を噛み締め、すでに枯れてしまったいるであろう涙腺から血混じりの涙を流した。

苦しんだろう、辛いんだろう、憎いのだろう。

肩を掴む手には力は入っていない。

寧ろ俺の肩で父さんを支えている形になっている程だ。

「父さん、しっかりして! 犯人はきっと警察が捕まえてくれるから、ね!」

珍しく俺が励ます。俺も辛いはずなのに……。

その後、父さんは力なく何処かへ行ってしまった。暫くするとドタドタと走る音が聞こえた……。入り口方面を横目で見ると沖田さんが物凄い形相とスピードで駆けているのが目に付いた。

「あ……」


そして、沖田さんも俺の姿に気がついたのだろう。止まったから。

沖田さんは扉を開け俺の元へゆっくりと歩いてきた。まるで先程までの人とは違うかのように。


「秋宮さん大丈夫?」

「う、うん……話は後でいいかな。今はちょっと」

「わかった」




その帰り、俺は考えていた。

俺はこの子を幸せにしてあげたい。好きなんだなと。そういえば前に占い師から貰った金があったな……家でも買って落ち着こうかな?

俺がこんな事考えるなんて変わった……かもな。



辺りはすっかり暗くなってきた。

街灯もパラパラと付き始め、暗がりの街が疎らに暖かくなるのが分かる。風が頬を撫でる。生暖かい風はどうやら俺を慰めているようだ。

右手に繋いだ沖田さんの手は柔らかくて暖かくて、とても安心した。


「なぁ、沖田さん。俺の事好きかな?」

「……もう、何言わせるんですか……す、好きに決まってるじゃないですか。こんなにも行動で……ん」


沖田さんは目を瞑る。

ハ、キスか……。


何してんだろ……俺ってこんな可愛い子に慰めて欲しくて居場所が欲しくて何を求めてるんだろう……。惨めだな……。


彼女の唇に俺の唇を重ねる。

柔らかくて甘い匂いがした。


涙が出た……。

辛くないのに、嬉しいわけでもないの……。

俺はダメだな。


「ねぇ、俺さ家を買おうと思ってるんだよね。でさ、一緒に住んでくれないかな?」


「…………へぇ? あの、その……プロポーズ?」

「ち、違くて……その君と一緒にいると安心するって言うか、落ち着くんだよね」


「ふふ、言ってる事同じだし……いいよ。私も貴方のこともっと知りたいもん。だからアパートでもいいよの」

彼女は顔を赤らめた。嬉しそうに笑い私を優しく抱いた。



「ありがとう……お金はあんまりないけど」

「知ってる」

「不甲斐ないけど」

「知ってる」

「頼りないけど」

「分かってる」

「泣き虫だけど」

「私もだよ」


俺と彼女は口付けをした。


互いに涙を流し、熱く深く強く抱き合った。



そこからの四年間は怒涛の日々だった。

俺が半年後に彼女にプロポーズをして結婚をしたり、母さんを殺した犯人が捕まったり父さんが病に伏してそのままなくなってしまったり数えたらきりが無い。



そして、四年目の夏……事件が起きてしまった。


その原因となるのは三年半前の裁判での出来事。

父が亡くなる一年前の事だ。


裁判の結果は執行猶予付きの八年。罰金は四千万円の支払いにより幕を閉じた。


犯人の名前は秋宮 健斗。俺の叔父にあたる人だ。母さんの葬式の時に問題を起こして出禁になった人物でもある。

あいつは母さんの死に顔を見て笑いやがった。

それも、爆笑……正直その場で殺してやりたかった……でも、そんな事をしても母さんは報われないという事も分かっていた。

そして、そいつが犯人だと分かった今となると殺した方が良かったとも思っている。


あいつは裁判の時こう言った。

「あの女は俺に金を貸さなかった。だから殺してやった。だから俺は悪くない」と……正直殺してやりたかった。

横にいた彼女も口を押さえて泣いていた。

父親は口をパックリと開けて死んだように泣いた。

裁判官は木槌を叩いた。

この場にいる全員が彼に死んで欲しいと願っただろう。記者の人も親戚の人も彼の息子も彼の親も皆お前が死ねばよかったのにと願っただろう。

かく言う自分は何とも思わなかった。

何故だろうか……何も感じなかった。死という言葉に反応出来なかったのも事実だ。それよりも状況が飲み込めなかったのかも知れない。



そして、時は戻り四年後……執行猶予期間のあいつが俺の大事な女を殺した……。

俺の目の前で殺した。子供を身ごもっている彼女を殺した。

そしてあいつは言った。

「お前だけ幸せになるなんておかしい」と俺はそいつの襟を持ち、思いっきり殴った。

奴の口からは血が流れる。でも、彼女の痛みに比べれば屁でもない。彼女は死んでしまった。

目には既に光はない……。


そこへ近所の人が通報したのだろう。幾人かの警察があいつを取り押さえ、パトカーに乗せて行った。

俺を見るあいつの目は今でも脳裏にこびりついていた。

なんなんだよ……俺は幸せになってはいけないのだろうか……。






「おやおや? お客さん。随分としけた顔をしていますね〜」

あの時の燕尾服を着た占い師がまた占っていた。


「そうだ……あなた最期の幸せってなんでしたっけ? 貴方にはこのロープを差し上げましょう」

燕尾服の占い師は服袖からしめ縄で作られた頑丈なロープを取り出し、俺に渡した。

「これをどうしろと……」

「使い方は貴方に任せます。大したことは出来ないと思いますが今の貴方には必要な物だと私は思いますが?」


俺はそのロープを受け取った。

硬くて重くてとても頑丈なロープだ。

俺はそのロープをカバンに仕舞い込み、彼女と暮らしていた家に帰った。

彼女の居ない家というのはそこはかとなく寂しい。

俺はロープを天井にくくり付けた。

そして、輪っか状に縛り椅子を台にして輪っかに首をかけた……。



「真弓……今からそっちに行くからね」

彼は笑った。生まれて初めて心から笑った。






だが、後に残ったのは無残な死体と床に垂れ落ちた糞尿だけだった……。


そして、彼女とお母さんを殺したあいつには死刑判決が下り、その翌年に刑が執行された。


end


ps

彼の本当の幸せとはなんだったのでしょうか?

貴方にとっての幸せってなんですか?

私は大切な人と一緒に居られる事が幸せだと思うのですよ〜

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ