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死にたがりのサラリーマン  作者: コカトリス
1/3

前編

ゴールデンウィーク中に全編公開いたします。

少し怖いなと思ってしまう作品にしております。

と、言ってもホラーではありませぬ。

ごゆるりと……

 死にたがりのサラリーマン。


「はぁ、疲れた……死にたい」

 彼の口癖だった……。いつも下を向きそう呟く。

 ひび割れたアスファルトには可愛らしい一輪のタンポポが美しく咲いている。都会のど真ん中に咲いているとは思えないほど健気で美しく、誇り高く見えた。


 辺りはどんよりとした曇り空、午後6時頃を過ぎると死んだ目をした同僚たちが会社から出てくる。皆一様に溜息をつき何をするのでもなく帰宅するのだ。

 そんな中でも人一倍死んだ目をした俺は一体なんなのだろう……そう考えてしまう事が多々あるのだ。


「今日は近道でもしようか」


 溜息交じりにそう呟き、通った事もないようなビルとビルの合間にある細い道を通ることにした。エヤコンのファンが回り、生ぬるい息を吐く。コンクリートの割れ目からは白い物が溢れていた。腐ってるのだろうか?

 少しばかり奥へ進むと、妙な店構えをした占いの館? みたいなのが目に付いた。


「関わると面倒だ」

 足早にその場を去るため少し早歩きで通り過ぎることにした。


 紫色のテーブルの上には両手で持てるか持てない程の水晶玉とおみくじみたいな六角形の箱、いくつかのタロットカードが置かれていた。そして椅子に座っているのは小さな丸眼鏡をし燕尾服をピシッと着こなす三十手前くらいの男性だった。


「おや? あなた少し占って行きませんか?」

「いえ、別に占ってもらう事なんてありません」

「ふん、そう、ですか。分かりました。でわ機会があればまたどうぞ」


 占い師はそう言うと、机に付し寝てしまった。

 全くなんなのだろうと、首を傾げたが解決するはずもないと自分の中で位置付け無視することにした。どうせ、俺には何も出来ないのだから……。

 暫く歩くと家に着いた。

 家賃一万のぼろアパートだ。鍵は昔の奴で鍵穴に鍵をはめるたびに錆が出てくる。変えないのか?

 そんなことを毎回思いながら扉を開けると目の前に広がるのは、所々綻んでいる畳。壁紙を見れば猫にひっかかれた様なキズが目立つ。

 鼻には埃っぽいようなカビ臭いようなあの独特な匂いが鼻に付く。

「はぁ」

 遣る瀬無さを痛いほど感じ、昨日買っておいたビールをガブガブと胃に流し込んだ。

 スーツは乱雑にその辺に投げ捨て、寝巻きに着替えた。風呂は面倒くさい。ガス代や水道代が掛かるのは嫌だからだ。

 じめじめとした室内で、趣味のプラモデルを組み立てる。名前は何だっけ? 覚えてはいないがそこまで有名な奴ではない。アニメのワンシーンに二、三分でただけで死んだザコなのだろう。

 一通り組み立て終わり、ビールも空になった頃。

 ふと、空を見上げれば綺麗な三日月が見えた。

 この辺りには街灯があまり立っていない。そのせいか、星々がよく見える。


 こんなカビ臭いところに住んでなけりゃ、音楽でも流しながらワルツでも、踊ったのだろうか? まぁ、踊りなんて出来るはずもないんだが。

 感傷にどっぷり浸かり、体に睡魔が襲う。時計を見ると深夜十二時そろそろ寝ないと会社に間に合わなくなってしまう。

 部屋の電気を消し、目を瞑る。


 ◇


 夜が明け、朝になった。

 二日酔いのせいなのか頭がズンズンして痛い。

 頭を片手で抑え、フラフラの足取りで昨日放り投げたスーツを拾った。くしゃくしゃになったスーツのシワを伸ばすため手で叩く。

 特に汚れているわけではないが、念のためだ

 消臭スプレーをかけておいた。

 朝食には前日買っておいたグミを二、三粒口に投げだ。

 甘酸っぱい味か口一杯に広がり目を覚まさせてくれる一品だ。ここ二、三年はグミばかり食べている。

 料理は出来ないことはないが、面倒だ。


 特に書類が入っているわけでもないカバンを手に携え重い足取りで憂鬱な会社へと足を向けた。


 ◇


 自身のディスクにカバンを置き、pcの電源を入れる。

 出勤途中に買っておいたカップのコーヒーを一口口に含む。ほろ苦い舌触りと眠気を覚まさせてくれる匂いが程よい……。


 朝のルーティンを済ませ、カタカタと画面上に文字を当て込んで行く。時折肩を回し時計を見る。まだ十一時か……昼飯にはまだ時間がある。残り少なくなったコーヒーを全て飲み干しくしゃくしゃにまとめゴミ箱に捨てた。

 ゴミ箱を見ると何日前のかわからないカップのゴミが山のように積み重なっている。


「掃除時か?」

 入社五年の中堅レベルの俺は部長の引き出しから慣れた手つきでゴミ袋を取り出す。

 部長は時たまいなくなる事がある。誰も気にはしていないが、いざという時には何故かいるので、皆部長がいるときは気を張り詰めて仕事をしている事が多い……まぁ、そう言う時に限って事件というのもは起こりやすいのだが。


 青緑色の中サイズのゴミ袋を広げ、流し込むようにゴミをゴミ袋に入れた。

 下の方にはカビているのか白い斑点が疎らに見え隠れする。

 掃除を怠った罰か……。


 ウエットティッシュで底板を拭き汚れを取り除いた。使ったウエットティッシュを見てみると茶色い液体から付着していた。

「はぁ」

 それも含めてゴミ袋に投げ入れ、硬く縛り付けた。

「ゴミ捨ててきまーす」

「了解ー」

 課長にそう言い残し、エレベーターに乗り外にあるゴミ捨て場に俺は来た。

 様々なゴミが無残に散らかっている。どうやら網をかけていなかったらしく、カラスがゴミ袋を突いたのが原因だろう。俺はそう解釈し自身の持って来ていたゴミを山なりに投げ捨て、青いキメの細かい網をゴミの上にかけるのであった。


 再びエレベーターに乗り、十五階のボタンを押した。

 チィンと音とともに扉が閉まり、ガタンと一揺れしてからゆっくりと加速して上に上がって行く。

 十五階前になると急に減速し軽い浮遊感に襲われる。軽いジェとコースターと言っても遜色無いだろう。


 心臓が激しく振動する。遊園地にある乗り物全て嫌いな俺にとっては恐怖でしかない。

 毎回これを味わうのは心臓に悪い、多分寿命は確実に縮んでいる事だろう。悪態をつき手ぶらになった腕を意味もなく揺らし、バランスをとった。


 チィン


 着いたか……安堵感と緊張感交じりのため息をつく。別に階段で行けば良いのだけれど、大幅な時間増加と何より体力がもたない。一体何段上がらなければならないという話だ!

 正直無理である。二十台なりタバコを吸初めてからより体力が落ちた気がするのに階段なんか登った日には心臓が止まってしまう。


 ディスクに座り、業務の続きに取り掛かった……。



 ◇


 お昼の鐘がなる。

 露骨な感じで、ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 重くお腹に響く音だ。


「昼か……」

 席を立ち、食堂に向かうものもいれば。ディスクの上に弁当を出す奴もいる。時には食べに行ったりするのだが、俺の弁当は決まってウ◯ダー一本だ。何故これなのかというと安く栄養価も高い。まさに理想的な飯と言えるだろう。

 十秒で腹のなかにたまり、余った時間は携帯を弄ったり、昼寝したりと割と自由な時間が生まれここ最近ではこれを多用している。

 無論、たまには唐揚げ弁当なんかも買ってきたりする。栄養価が偏るとなんとかだ。


 食事みたいなのを終え、アイマスクとイヤホンを装着し軽く寝ることにした。


 ◇

 ゴーン

 短く鐘が鳴る。

 五分前になる鐘の音だ。この鐘がなる頃には皆席についている。そうでないものもちらほらとは見えるのだが……。

 特に矢部だ。彼奴は鐘が鳴ったとしても座らない事が多い。上司からはいつも小言を言われているはずなのにヘラヘラとした態度で流しているように見える。

 全く、最近の若者は……と良く言われるのだが、俺も入るのだろうか?

 まぁ、いい。怒られるのは俺ではない。


 適当に託け、鐘が鳴る。

 俺もpcに文字を打ち込んだ。



 ◇


 就業の鐘が鳴る。


 辺りを見渡せば背中を伸ばしたりため息をつく者、更には鐘が聞こえていないのかカタカタと打ち込んでいる者もいた。

 俺はと言うとそそくさと業務を終え、帰る準備をしているところだ。


「秋宮さん、今日飲み行きませんか?」

「いや、帰るよ」

「そうですか? ざーねん」

 同僚の倉本さんだ。俺よりも年上でよく飲みに誘われる。が、一度も行ったことはない。

 何故がと言うと俺は人が嫌いだからだ。それだけの理由だ。


「全然残念がっているように見えないんだけど……」

「そんなことないですよ〜ほら、今日は女の子も連れて来る予定だったのに」

 成る程、ただの人数合わせか……彼の言葉から糸を取り訳を解釈した。


「ごめんな、今日はやっぱり無理だね」

「そっすか、また誘いますね」

「う、うん。その時には行けるように予定を調整しておくよ」

 私がその言葉を言い終える前に倉本さんは仲間たちとエレベーターへ行ってしまった。

 いま、オフィスにいるのは俺を合わせても二人、課長と俺の二人だ。

 可哀相に部長に書類の整理を頼まれたのだろう。背中には哀愁が漂っている。

「お先失礼します」

「あ? あぁ、お疲れ様」


 涙目の課長を背に俺はエレベーターに乗り帰宅するのだった。



 ◇


 俺は昨日の占い師が気になっていた。何故かと言われれば特に大したことではない。巷で少しばかり有名な何とかの母みたいな話を女子社員の人達が話しているのを耳にしたからだ。

 取り留めのない、与太話に耳を貸してしまった俺は引きずられるがまま、占い師の元へ足を進めるのであった。


 ビルとビルの間、間隔にして凡そ二メートルもない細い裏路地。人気の無いこんなところに構えてる占い師なんて絶対ろくな奴は居ない。俺はそう決めつけ、ズカズカと我が道を通った。


 数メートル程進めば、昨日見た通りの占い師がそこに座っている。

 私のことを視界に入れたのか、丸眼鏡の奥から私のことをニヤニヤとした目つきで私を見据えるのだ。その姿にゾッとし、一歩後退りしてしまったが、ここで引いたら負けた気がするので胸を軽く小突き、勇気を出して占い師の前を通り過ぎようとした。


「お兄さん、また会いましたね。どうです?

 一つ占っては見ませんか? 無論、初回なので無料でして差し上げます」

「一回だけなら」

 にこりと笑い、占い師はイスに腰掛けるよう勧めた。俺はそれに促されるまま席に着き占われるのをただ淡々と待ちわびている。


「でわ、占いたいと思います」

 占い師はテーブルの上にある水晶を覗き込んだ。

 ふむふむと独り言をつぶやき、あれやけれやと水晶を覗き込んだ。

 覗き込んでから二分程経った頃、占い師は水晶から目を離した。

「ん、貴方は幸せでは無いですね……」

「は、はい?」


「すみませんが、いくつか質問をしても良いですかな?」

 占い師は茹でを組み、体をテーブルから乗り出し質問をしてきた。

「お金があれば、幸せですか?」

「分からないです」

「結婚とは幸せですか?」

「分からないです」

「名誉があれば幸せですか?」

「分からないです」


 占い師は腕を組み直す。

「質問を変えましょう。痛みとは幸せですか?

「分からないです」

「憎しみがあれば幸せですか?」

「分からないです」

「苦しみがあれば幸せですか?」

「分からないです」


 占い師は眉をひそめる」

「でわ、幸せと思うことは幸せですか?」

「分からないです」


 占い師は目を大きく開く。

「でわ、最後の質問です。死ぬことは幸せですか?」

「……わから、ない。です」


 占い師はニヤリとほくそ笑んだ。

「そうですか、死ぬことは貴方にとって幸せに近いことなのですね?」

「考えたこともないです」


 占い師は、足元からアタッシュケースを取り出し鍵を外した。


「ここに来るみなさんは大抵お金があれば幸せと言います。なので、一度体験してみるのもいかがですか?」


 占い師はアタッシュケースに入っている一億円を彼に渡した。

 俺はそれを嫌々受け取り、その日は家に帰ることにした。


 一億円か……ただ重いだけで別に欲しいとは思わない……あっても困らないとは思うのだけど……。


 俺は家に着き、アタッシュケースを玄関口に起き、買っておいたビールを飲み干し、その日は寝ることにした。


 夢の中で考えることは何もなかった。きっと宝くじがあったとしたら今と同じなんだろうな。

 そんな事ばかり考えてしまう。


「あぁ、死にたい……」


 弱々しく嘆き、睡魔身を委ねだ。


 ◇


 次の日、仕事が終わると倉本が俺に声をかけてきた。

「秋宮さん、今日合コンあるんですけど人数合わせにきてくれないですか? 正直困ってまして……女の子の方は準備万端らしくて戸部のやつが今日風邪引いちまって、お忙しいところ申し訳ないですが、参加できないすっか?」


 敬語も、タメ口が混じった若者にありがちなタメ敬語になって居た。これでは、上から目線なのか下から目線なのかよく分からず相手を怒らせることに特化した言葉だと俺は思っている。


 特によるところもないが、合コンと言うのに俺は慣れて居ない。それに、俺は女の子と話すのが苦手だ。胸の内が締め付けられるような感覚が襲い、息ができなくなるのだ。

 でも、偶には行ってあげないと縁を切られそうだし、今回は倉本にとっても大切な会らしい。

 暇だし、行ってやるか……。


「あ、まぁ、暇だしいいけど」

「ほ、ほんとっすか!! ありがとうです〜。よっしゃ! これで人数バッチリ〜」

 上機嫌な倉本は口笛を吹かし、車のキーをくるくると回転させ帰る準備をして居た。


「あ、そうだ。秋宮さん。今日の集合場所と時間帯は後でメールにて伝えます!! 汚れた服とかでこないでくださいよー」


 倉本はそれだけ言い残し、エレベーターへと駆けて行った。

「現金なやつだ」

 俺はpcの電源を落とし、特に何も入って居ないカバンを持ってエレベーターへいくのだった。











次回の投稿をお楽しみに……

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