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第7話:それ

 剣鬼は勇猛にして恐れを知らない。

 自分よりもはるかに強大で、並の人間なら名前を聞くだけで震えあがる邪竜にすら立ち向かう。

 彼が唯一恐れるものは、彼自身が臆病風に吹かれる事のみと伝聞されている。


「さて、今日のリースちゃんの罪状を伝えます」

「……はい」


 そして、剣鬼は今、ハイエルフにして学園統括のレーヌ女史の前に、小さくなって正座させられていた。

 よく見ると、小刻みに身体が震えているのが見てとれる。


『やべぇな……マジギレだ』


 リースの横に並べられているヴィクトワールが小声で呟いた。

 見た感じ、レーヌはにこにこと聖母のような笑みを浮かべている。

 だが、心の中では般若(はんにゃ)の面構えになっていることを、リースとヴィクトワールは知っている。


 レーヌは「怒った?」と聞いて「怒った!」と答える時はあまり怒っていないのだが、「怒った?」と聞いて「怒ってないよ」と笑顔で答える時は本気でキレている時だ。


 そして、今のレーヌは後者であった。

 剣鬼の戦友でもあるレーヌは、仲間であると同時に最も怒らせてはいけない存在なのである。


「まず、リースちゃんがヴィクトワールを振り回した時点でアウトです。基本的に剣術の授業は模擬刀を使いますから」

「い、いや、あれは教師の許可も取ったぞ?」

「まあ、そこに関してはギリギリで許しましょう。真剣を使う事も無いわけではありませんし、教師が止めなかったのもありますから」


 その発言にリースがほっと胸を撫で下ろそうとした時、レーヌは「ですが」と追撃を加える。


「なんで運動場を破壊したんですか? ヴィクトワールを振れば、あれくらいの事態が起こる事は理解できていたでしょう?」

「その、ついカッとなって……」

「そういう犯罪者が使う定型文みたいな返答はやめてください」

「……すまん」


 リースは正座したまま項垂れた。

 ヴィクトワールの力は知っていたのだが、どうしても我慢できなくてついやってしまったのだ。

 リースが非力だったお陰で、あれくらいの被害で済んだのは不幸中の幸いだった。


「当面は修繕のため運動場は使用禁止になります。とりあえず、今回の修理費は私が出しますけど、そう何度もやられると学園の経営が傾くので、以後注意してね」

「わ、分かった。善処する」

「……本当に分かった?」

「私だってむやみに力をひけらかしたりしない、ただ、いかんせんこの身体だと剣の扱いがうまくいかんのだ」


 正直な所、大車輪(マッハスピン)などと名付けたが、単に剣をぶん回しているだけだ。

 リース自身は振り回されていてなかなか制御出来ないし、火力だって全盛期の10パーセントも出ていない。


 リースが申し訳無さそうにそう述べると、レーヌは溜め息を吐いて椅子に深く座りなおした。


「あなたにはなるべく楽しい学園生活を送ってもらおうと思っていたのだけど、まずは世界の常識を教える必要がありそうね。しばらくはヴィクトワールを振るうのはやめて、座学を中心にやっていきましょう」

「ざ、座学!? 私は勉強なんてほとんどやった事が無いぞ!?」

「あのね、学園っていうのは文字通り『学びの園』なのよ? 勉強をしないでどうするの。それに、総合クラスに在籍してる以上、どっちにしろ単位として筆記もあるのよ」

「な、なんだと……?」

「それに、誰かさんが運動場を破壊したお陰で、どちらにせよしばらくは座学が中心にせざるを得ないのよ」


 そう言われてしまうと弁解の余地が無い。リースは不承不承、レーヌの提案を飲みこんだ。

 それに、下手に反論して口にしたくもない刑罰を受けるのは願い下げだ。


「ところで、一つだけ聞いていいか?」

「何かしら?」

「あの剣術授業なのだが、あんなものが実用に足るとは思えんのだが」

「それはそうよ。だって、この学園でやる剣術は護身術だもの。身を守るためであって、自分から斬りかかっていくためのものじゃないもの」

「そ、そうなのか?」

「そうなのよ。何か非常事態があった時は、迎撃用の騎士団が別にあるの。だから、ある意味で競技のようなものね」

「……そうか」


 レーヌの言葉に対し、リースはあからさまに落胆した表情になった。

 どこか気の抜けた感じがするとは思っていたが、トーナメント用と命のやりとりの剣術はまるで違う。


「本当に時代は変わってしまったのだな」


 リースはそう言い残し、ヴィクトワールを背負ってレーヌの部屋を出ていった。

 例によって、ドアに引っかかるのでカニ歩きだった。



 ◆ ◆ ◆



「リースちゃん! 運動場を破壊したって本当ですか!?」


 自室に戻るや否や、マリマリが開口一番で問い詰めて来た。


「そうだが、もう知っているのか?」

「知ってるもなにも、もうそこら中で噂になってますよ。中には壊れて運動しなくて喜んでる人もいるみたいですけど」

「なんとも微妙な感じだ」


 リースは苦笑した。意図的にやった訳ではないが、確かにあれだけの騒ぎを起こしたら噂にもなるだろう。といっても、リース本人というより、魔剣の破壊力についてがメインのようだが。


「でも、本当にすごい剣なんですね。地面を割っちゃうなんて」

「ああ、こいつは本当にいい剣なんだ」


 リースは心から相棒に賛辞を送ったが、ヴィクトワールは返事をしなかった。

 ヴィクトワールは剣ではあるが、眠ったりする事が出来る。

 眠るというより、待機状態といった方がいいかもしれない。

 久しぶりに運動したから寝るといい、先ほどからずっと沈黙を保っている。


「すごいなぁ……私にもそんな才能があればいいのに」

「私自身に大した才能は無いさ。剣が強いだけだ」


 リースはそう言って、ヴィクトワールを壁に立てかけた。

 そして、そのまま窓を開け、両肘をついて外を見た。

 既に太陽は沈みかかっており、学園の建物や、その先に見える山々が赤く染まっているのがよく見えた。


「どうしたんですか? なんかたそがれてますけど」

黄昏時(たそがれどき)なんだから別にいいだろう」


 リースはマリマリの方を振り向かず、それだけを呟いた。

 話掛けないでくれという雰囲気が伝わったのか、マリマリはそれ以上は言及せず、机の上で何か作業を始めた。その間、リースは特に何もせず、ぼんやりと外を眺めている。


「はぁ……」


 リースは溜め息と共に、自分の長い金髪の毛先を指先でくるくると巻いた。

 以前のハリネズミのようなごわごわした剛毛と違い、細く、金糸(きんし)のような輝く髪。

 自分は本当にリースになってしまったのだなと、なんとも言えない気持ちになった。

 そして、今更になってリースは気が付いた。


 自分は、剣が好きだったのだと。


 金を稼げるから。力任せに振り回し、敵を倒すか倒されるかすればいいだけの仕事だったから。

 今の今まで、自分が剣を振る理由はそれだけだと思っていた。

 けれど、こうして満足に剣を振るえない身体になってから、自分は剣士なのだとようやく気付いたのだ。


「失って初めて分かる大切さというのが、今ようやく分かった気がする」


 リースはマリマリに聞こえないよう、小声でそう呟いた。

 自分はあまり頭がいい方だとは思っていないが、ここまで馬鹿だとは思わなかった。


 先ほどレーヌが言うように、剣術はあまり必要とされていない時代なのだろう。

 そういった武力が必要ならば、騎士団という組織もあるという。

 つまり、自分が剣に固執しても、満足に戦う事は出来ないということだ。


「……何か、ハーフエルフらしい事でも探してみるか」


 第二の人生を模索してみてはどうか、ヴィクトワールは自分をそう諭していた。

 必要とされていない過去の遺物に固執するより、何かもっといいものがあるかもしれない。

 そうだ、剣の道は捨てよう。明日から、ハーフエルフのリースレットとしてつつましく生きるのだ。


 リースはそう決意した、その一秒後、『それ』を見つけた。

 そして、リースは驚愕に目を見開いた。


「ば、馬鹿な!? 奴が何故こんな所に!?」

「り、リースちゃん!? あんまり身体を乗り出すと落ちちゃいますよ!?」


 窓から半身を出し、リースは、視界に飛び込んできたある存在を食い入るように見つめる。

 あってはならない。居てはならない者がそこにあった。

 リースは転がるようにしてヴィクトワールの鞘に蹴りを入れる。


『……何だよ? 今気持ちよく眠ってたのによ』

「そんな事を言ってる場合か! この学園の……いや、世界の危機だ!」

「え? え? 世界の危機……ですか?」


 ヴィクトワールもマリマリも、訳が分からないといった感じで突っ立っている。

 リースだけが、小さい手足をばたばたさせて騒いでいる。


「マリマリ! すまんがヴィクトワールを背負うのを手伝ってくれ! 私一人だと準備に時間が掛かる!」

「え、ええ、いいですけど」


 何が何だかわからないまま、リースに早くしろと言われ、ヴィクトワールをリースの小さな身体に背負わせる。一人でやると時間が掛かるのだ。


 準備が終わると、リースは高速カニ歩きで部屋を飛び出す。

 そして、すごい勢いで廊下を走る。ちなみに廊下を走るのは寮の規則違反だが、まるで無視である。

 少し走った後、きょとんとした表情で部屋から顔を出しているマリマリに対し、リースは立ち止まって振り向いた。


「マリマリよ。少しの間だったが世話になった。死ぬ気は無いが、今生の別れになるかもしれんから、今、挨拶をしておくぞ」

「え、ええ? い、行ってらっしゃい。あ、ご飯作っておきますから」


 マリマリの言葉が終わらないうちに、リースは廊下を駆けていった。




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