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第6話:大車輪

 剣術授業が開始され、リースは運動場の隅っこの芝生で体育座りをしていた。

 前世の姿だったら逆に恐ろしいが、今は可憐な少女が落ち込んでいるようにしか見えない。

 その横には、魔剣ヴィクトワールが日向ぼっこをするように置かれている。


『そんな人生終わったみたいな顔すんなよ。元気出せよ。な?』

「これでどうやって元気を出せというのだ……」


 ヴィクトワールを振りあげてあお向けにひっくり返った後も、リースは何度も剣を振り上げ、そのたびにすっ転んだ。ヴィクトワールとリースのバランスが悪すぎて、上に振りあげると後ろに引っ張られてしまう。


 かといって、横に振るうと、今度は腕力の無さが災いして剣速が全く出ない。

 ものすごく頑張って振るヘロヘロ剣では、子猫にすら当たらないだろう。


 そうしてリースが一人で七転八倒していると、見かねた教師がドクターストップならぬティーチャーストップを掛けた。周りの生徒たちが「そんなに小さいのに、大きな剣を振れてえらいね」と慰めてくれたのが余計つらい。


 だが、リース一人に時間を割いている訳にもいかず、剣術の授業が開始された。

 集まったメンバーは一律で同じ訓練をやるという訳ではなく、各々に合わせたメニューでチーム分けをして鍛錬をする。


 素振りをする者もいれば、人形相手に斬撃の練習をする者、模擬戦をする者など様々だ。


 そして、リースに課せられた鍛錬は「自主トレ」である。

 要するに、剣を振るレベルに達していないと判断されたのだ。

 教師からすれば、リースの扱いに困るというのもあるのだろう。


 隅っこのほうで座り込んでいても何も言われないのは、みんなリースをマスコットみたいに扱っているからだ。元剣鬼と呼ばれた者の、現代の姿がこれだった。


『何度も言うけどよ、五百年も経てば時代は変わるんだよ。お前、あいつらの剣の修練を見てどう思う?』

牧歌的(ぼっかてき)だな」


 リースは正直な感想を述べた。


 皆、真面目に授業を受けているのはわかる。だが、殺気が無い。

 己の命、大切な物を守るために全力を振るう。そういった気迫が無いのだ。

 リースからすると、球技でもやった方がいいのではと思うほどだ。


『そうだな。でもそれでいいんだよ。俺が五百年、他の誰にも抜かれなかったのは才能がある奴がいなかったからじゃねえ。ただ、俺の力なんかもういらなくなったと思ったからさ』

「私たちが邪竜を倒したからか?」

『ああ、あれ以降、他の種族を支配しようとするような野郎は出てこなかったからな。残党みたいな奴とか、多少のいざこざは残ってるみたいだが、それも他の連中が何とかしてきた。俺達の時代は終わったのさ』

「…………」


 リースはぼんやりと運動場で鍛錬を続ける生徒達を眺めている。

 リースからすれば、五百年経っているという感覚がうまく掴めない。


 つい先日まで生きるか死ぬかの生活をしていたのに、いきなり平穏無事に生きろと言われる方が余程難しい。


『だから他の生き方を探していってもいいんじゃねえか? そんだけ可愛いなら、もっと育ったらいい男を探して幸せな家庭を築くとかな』


 リースはヴィクトワールの鞘に小さな拳を振り下ろす。


「殴るぞ」

『殴ってから言うなよ』

「私は男色(だんしょく)ではない」

『でも身体は女だ。そのうち馴染むかもしれねぇぞ?』

「黙れ。それとも、お前が私を(めと)ってでもくれるのか? 歴戦の親友だろ?」


 リースは冗談交じりにそう言った。

 中身が人間の男で、五百年ぶりに転生したハーフエルフの嫁と、魔剣の旦那という世界一奇妙なカップルだ。


『それもまあ面白そうだが、俺が言ってんのはそうじゃなくて、新しい人生を探せって事だよ。別に、俺やレーヌに気兼ねする必要はねぇんだぞ?』

「そんな事言われても、私は剣を振り回す以外出来ないぞ」

『そうは言ってもな、昔はお前が俺を振り回してたが、今じゃ、俺がお前を振り回してるんだから、そこは認めるしかねぇだろ』

「むむむ……」


 リースは頭を抱えた。ヴィクトワールの言う事はもっともだ。

 いくら魔剣が常軌を逸した力を持っていても、この身体では剣の重さに振り回されるばかりで、ろくに使いこなせない。


「……ん? 待てよ?」


 その時、リースはある事を思いついた。

 そして、体育座りモードから切り替わり、ヴィクトワールを重そうに持ち上げる。


『まだやんのか? あのな、根性だけで解決するなら、世界は極楽になってんだよ』

「そうだな。だから根性以外の物を使う」

『はぁ?』


 ヴィクトワールが声を漏らすと、リースは愛剣に笑いかける。


「一つ、試してみたい事が出来た」


 授業終了間近、生徒たちは汗を拭ったり、水分を補給したりと後処理に入っている。

 運動場から集合場所に戻る生徒集団に対し、一人だけ反対方向に歩いていく者がいた。


「リース! もう授業は終わりだ。魔剣を鞘に収めて帰って来い」


 運動場の真ん中へ向かっていくリースの背中に、教師が声を投げかける。

 リースはヴィクトワールを持っており、その刀身は剥き出しになっていた。

 いくらリースが剣を使えないといえど、刃物でケガでもされたら困る。


 リースを止めるために教師が近付くと、リースはヴィクトワールの切っ先を教師に向ける。


「リース! それはおもちゃじゃないんだぞ! 早く帰って来い!」

「それ以上近付くな、巻き込まれて死ぬぞ」


 リースはそう言い放つ、その声の響きは子供そのもの。

 だが、本気で言っているのは伝わってくる。

 教師は何が何だか分からないという表情で、後ろで見ている生徒たちも同じような態度だ。


『おい、マジでやんのかよ?』

「当たり前だ」


 リースが言いきると、ヴィクトワールは嘆息した。


『どうなっても知らねぇぞ』

「このまま舐められっぱなしで終わるよりマシだ。試してみる価値はある」


 そう言うと、リースはヴィクトワールの切っ先を地面に触れるようにして、両手で水平に持つ。

 だが、力いっぱい横に振っても、剣の重さゆえ、ろくに速度が出ないのは確認済みだ。

 そんな事はリース自身が一番分かっている。


「五百年前、私はお前を振り回した。だが、今は出来ない」


 一呼吸置いた後、リースはヴィクトワールに向けて語りかける。


「……だから、今度はお前が私を振り回せ!」


 そう言うと、リースは両手でがっちりと(つか)を握り、その場でぐるぐると回り出す。


「おおおおおっ!!」


 手からヴィクトワールがすっぽ抜けないよう、渾身の力を込めてリースが叫ぶ。

 最初はゆっくりとした回転だったが、徐々にその速度が速まっていく。

 加速は止まらず、まるでハンマー投げのような動きだ。

 

 これこそがリースが考えた苦肉の策、自身の腕力で剣を振るうのではなく、回転による遠心力と、ヴィクトワール自身の重さに引っ張られ加速して剣を振るう。自分自身は軸として機能すればいい。


 砂埃が巻き上がるほどの回転速度になった所で、リースは思いっきり大地を蹴る。

 巨大な剣を持っている事を除けば、フィギュアスケートの回転ジャンプのようにも見える。


「両断っ!」


 リースは吼えた。


 空中回転しながら身をひねり、最後に自分のあらん限りの腕力を込め、地面に向けて回転斬りをぶちかます。


 ――その瞬間、轟音と共に大地がめくれあがる。


 衝撃で運動場の地面に亀裂が走り、砂塵(さじん)が巻き起こる。

 運動場の端にあった練習用の人形は、全てなぎ倒された。

 巻き起こる暴風で、生徒達の何名かが尻もちを突く。


 離れて見ていた教師と生徒達は、全員、あんぐりと口を開けていた。

 滅茶苦茶になった運動場の中心には、ヴィクトワールにもたれかかるようにして、リースが立っていた。


「ど、どうだ……み、見たか……剣を振ってやったじょ……」


 リースは肩で荒い息を吐き、額には玉の汗が浮かんでいた。ついでに呂律(ろれつ)が回っておらず、舌を噛んだ。だが、実に晴れ晴れとした表情だ。


『まさか本当に俺に振り回されるとはな、馬鹿かお前は』

「馬鹿で結構。そうだ、これを『大車輪(マッハスピン)』と名付けよう」


 リースは何とか息を整え、それだけ言うと地面にひっくり返った。

 持てる全力を出し、不可能を可能にする。なんと心地よいことか。

 リースは土まみれになりながらも、何ともいえないすがすがしさを感じていた。


 こうして、リースの剣術授業初日は、運動場の破壊と共に終わった。



 ◆ ◆ ◆



「さて、リースちゃんがここに呼ばれた理由、自分でも分かってますよね?」


 授業後、リースはレーヌの部屋に呼ばれていた。

 レーヌは聖母のような笑みを浮かべ、机に両肘をついて座っている。

 そして、リースはその前で正座させられていた。


『……やべぇ、マジギレだ』


 ヴィクトワールが小声でそう呟くと、リースはこれから襲い来る恐怖に身を震わせた。

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