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第5話:剣術授業開始

 早朝、まだ朝靄(あさもや)の立ち込める中、ヴィクトワール学園の運動場には小さな一つの影があった。

 言うまでもなく、その影の主はリースである。

 両腕を組み、昇りゆく朝日に照らされた愛らしい表情は、自信に満ち溢れている。


「うむ。今日もいい天気だ。私が剣士として新しい人生を歩むのを天が祝福しているようだ」

『なあ、マジで剣術専攻するのか?』


 小さな彼女には不釣り合いな大剣――ヴィクトワールは、リースに背負われながらそう問いかける。


「愚問だな。私には剣しか取り柄が無い。この道を選ぶのは当然だ」

『いやまあ、お前がそう言うんならいいんだけどよ……今のお前、ゴットフリートじゃねえんだぞ?』

「私は私だ。そして剣鬼と呼ばれた者に変わりは無い」

『だからよぉ、別に剣にこだわる必要はねえだろ? 昨日、マリマリのお嬢ちゃんも言ってたじゃねぇか』


 ヴィクトワールの言葉で、リースは昨晩のやりとりを思い出す。


「剣術……ですか? リースさんが?」

「何故そんな表情になる? 私は魔剣に認められたんだ、剣を使わない方がおかしいだろう」


 リースは平然とそう言い放つが、マリマリは眼鏡がずり落ちそうになっていた。

 確かにリースは魔剣の主である。それは間違いない。

 だが、マリマリからすると、リースは剣術と最も遠い所にいるような少女にしか見えない。

 外見だけで言えば、蝶の舞う花畑で、恋の花占いでもしていそうな見た目である。


 それに、エルフという種族は敏捷(びんしょう)性と魔力は高いが、筋力は他種族に比べて弱い。

 リースはハーフではあるが、それでも純粋な人間より腕力は無いはずだ。


 何より、リースはチビだ。

 クラス内どころか、学園内でもトップクラスのチビである。


「あの、別に魔剣に認められたからって、剣術を専攻する必要は無いんですよ?」


 マリマリがやんわりとリースを更生させようと提案する。


 マリマリの言うとおり、魔剣に認められたからといって、何が何でもヴィクトワールを振るう必要は無いし、義務も規定も無い。単に過去の英雄が使っていた剣に認められた事実があればいいのだ。


 いうなれば学園の象徴であり、特にリースの外見ならば、アイドルとして存在していればいい。


「リースちゃんも魔術の方を専攻しませんか? 同じハーフエルフですし、そっちの方が……基礎くらいはリースさんも出来ますよね?」

「いや、一切使えん」

「ええっ!? で、でも……ハーフエルフなんですよね?」

「一応そうだが、私は魔術のまの字も知らん。どうだ参ったか」


 そんな胸を張って無能宣言されても困るのだが、マリマリからすると色々な意味で異常だ。

 魚が、自分は泳げないがマラソンは出来ると言っているようなものなのだから。


「で、でも……リースちゃんは今知らないだけで、出来るとは思うんです。それに、剣を使ったりしたらケガしちゃうかもしれませんし」

「当たり前だ。でも、私は剣術をやりたいんだ。それ以外に能も無いしな」


 結局、部屋に戻った後もリースは断固として譲らず、剣術を専攻する事になった。

 そんな訳で、早朝からリースはヴィクトワールと共に剣術の稽古場に来ているのだ。


「ふふ、時代は変わったようだが、この世界でも存分に剣を振るわせてもらう。連中の度肝を抜いてやるのが今から楽しみだ」

『なあ、一ついいか?』

「何だ?」

『まだ授業開始まで三時間あるんだが』

「気にするな」


 生徒はおろか教師ですら寝ている時間だった。

 だが、リースはひたすらに授業開始を待ちわびていた。

 ヴィクトワールも強制的にそれに付き合わされた。



 ◆ ◆ ◆



 三時間後、剣術専攻の生徒達、男女合わせて三十名ほどが集まった。

 八割ほどが男性で、残りは女性である。そして、リースを除く全員が人間である。


 様々な場所から集まってきているが、リースが所属しているクラスは『総合クラス』と呼ばれる場所だ。あらゆる部門を広く浅く学ぶ基礎クラスでもある。


 この総合クラスで基礎的な事を学び、それに追加で各々の専攻を選ぶ。

 そこで一定の評価を出せれば、さらに高度な専門集団のクラスに所属出来るシステムである。

 マリマリの場合は魔術であり、リースなら剣術だ。


「さて、今日の剣術の授業を開始する訳だが……」


 剣術指南の教師は、壮年の男性だった。 

 浅黒い肌をした筋肉質の体は、いかにも肉体派という雰囲気を醸し出している。

 だが、強面(こわもて)のその表情に、今日は少し戸惑いの色が浮かんでいる。


「で、では、今日から新しく剣術専攻に加わる者を紹介する」

「うむ! 待っていたぞ!」


 教師にそう言われ、やたらでかい声で返事したリースが横に並ぶ。

 この状態で手を繋いだら、誘拐犯とお姫様のような絵面になるだろう。


「諸君、私の名はリースレットだ。気軽にリースと呼んでくれて構わん。ここに来てから日が浅いが、剣にはそれなりの自信がある。早く私と共に戦えるよう、頑張ってくれ」


 身体は飛びぬけて小さいくせに、やたら態度のでかい自己紹介だった。

 何名かがそのギャップに吹き出しそうになっていたが、リースは気付いていない。


「で、最初の相手は誰だ?」

「待て」


 リースがヴィクトワールに手を伸ばそうとするのを、教師が慌てて止める。


「何だ? 勝ち抜き戦では無いのか?」


 教師に止められたリースは、不思議そうに首を傾げた。

 リースがやっていた時代の剣の修行は単純明快だ。


 メンバー全員で殴り合いをして、最後まで立っていられた者が勝者というルールである。

 当然けが人が大多数。最悪の場合は死人も出るが、そこを勝ち抜いていった者は自然と修羅になる。


「そんな事をする馬鹿がいるか!」


 だが、そんな無茶苦茶な事を学園の授業でやるはずがない。

 

「では一体、何をしろというんだ?」

「なんでそんな残念そうな顔をしているんだ、お前は」


 教師からすると、幼女がいきなり死亡遊戯を始めようとして、止めたらがっかりされたという謎な状況だ。そもそも、ハーフエルフの少女が剣術専攻をしている事自体が稀有な事である。


「先生ー!」


 リースの暴走を教師が止めていると、不意に生徒の一人が手を上げる。


「俺、リースちゃんの魔剣見てみたいです!」

「あ、私も!」


 男子生徒が提案すると、確かに、という声が一斉に上がる。

 魔剣ヴィクトワールを目にした事は皆あるが、あくまで鞘に収められた状態のみ。

 刀身を見た者は誰もいない。


「別に構わんが……面白いものではないぞ?」

『俺は見世物じゃねぇんだけど、ま、いいか。丁度いい。口で説明するより、俺を振り回した方がお前もよく分かるだろ』

「……何を言ってるんだ?」


 ヴィクトワールを振り回すなど日常茶飯事だ。

 リースは背負っているヴィクトワールを一度外し、地面に立てかけながら鞘からあっさりと抜く。

 その瞬間、おおっと歓声が上がる。


 漆黒の鞘に収められていた刀身は、まるで黒曜石のような黒い刃だった。

 光を吸いこむような黒は、何百年も手入れされていないのに刃こぼれも、錆も無い。

 巨大な黒い大剣を、白磁の肌と金の髪を持つ少女が抱えている様は、なんともアンバランスな絵だ。


「よいしょっ、と。この身体だと、お前は少し大きいな」

『少しどころじゃねぇだろ。ま、いい。せっかくだし俺を振ってみな』


 ヴィクトワールがリースを促す。言われるまでもなく、リースは振るうつもりである。

 この身体になってから、可愛い可愛いと舐められがちだ。

 ここらで自分の実力をはっきり見せておく必要がある。


「お前達、危ないから離れていろ。この剣はかなり危険だからな」


 リースはそう言って、生徒達を少し下がらせた。ついでに教師もだ。

 これから指導を受ける側のはずなのに完全に仕切っている。


「おい、あの人形を切ってもいいか?」

「ん? ああ、あれはもともと今日使う予定の練習用だから構わんが……」


 リースが顔を向けた方向には、(わら)で出来た人型の模型があった。

 斬撃の練習用らしいが、運動場の隅に設置されており、リース達のいる位置からはかなり距離がある。


「リースちゃん、移動しないの?」


 生徒たちは皆座り込んでおり、既に観戦モードに入っている。

 何だかんだ言いつつ、教師もヴィクトワールの使い手の力に興味があるらしく、あまり強引に止めようとはしない。


「必要無い。これくらいの距離なら衝撃波だけで吹き飛ばせる」


 リースの言葉に、皆がどよめく。

 剣鬼ゴットフリートの剛腕から繰り出される一撃は、大地を割るとすら(うた)われる。

 今、その伝説を目の当たりに出来るのだ。


「おおおおーーーっ!!」


 リースは裂帛(れっぱく)の気迫を込め、ヴィクトワールを両手で思いきり振りあげる。

 上段からの渾身の振りおろし。大剣ヴィクトワールと剣鬼ゴットフリートの最も得意とする力技。


「おおおおーっ……お? おおっ!?」


 だが、ヴィクトワールを振りあげたリースは、そのまま仰向けにひっくり返った。

 剣を握ったまま、リースは雲ひとつない青空を見て、驚愕する。


「ば、馬鹿な!?」

『だから言っただろ。お前は昔の巨漢じゃねえんだ。昔と同じような振り方したら、俺の重さに引っ張られるに決まってるだろうが』


 ヴィクトワールが呆れたように放った言葉は、リースにとって死刑宣告にも等しかった。

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