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8.月姫 ウサギとカメのデットヒート④

 姉が帰ってきたのは父の死から1週間後のことだ。

「ただいまー」

「おかえりなさい」

 姉は大きなキャリングケースを重たそうに持ち上げて自宅に入った。彼女は長い金色の髪を揺らしながら階段を昇って自室へと向かう。

「やっぱ、綺麗に掃除されてんねー。あんたの性格がよーくわかるよ!」

 姉は自室のベッドに腰掛けると赤いキャップを脱いで髪をかき上げた。

「やっぱり使わない部屋でもちゃんと掃除しとかないとさー。埃まみれになるの私嫌いだし……。お姉また髪伸びた?」

「うん。もうかれこれ2年くらいまともに切ってないからねー。ルナはここんとこずっとボブだよねー。私も短い方が楽なんだけどもったいない気がして切れないんだよねー」

 姉はポケットからヘアゴムを取り出すとその長い髪をポニーテールにして手ぐしをかけた。

「今日は叔父さんも来るってさ! もうお葬式まで日もないし、葬儀屋さんと打ち合わせしなきゃね!」

「陽介叔父さんかー。会うの久しぶりだよ!」

「叔父さんもお姉に会いたがってたよ。昔から叔父さんとお姉仲良かったもんねー」

「うん、あの人ヤンキー気質だから気が合うんだー。早く来ねーかなぁ?」

 やはり姉も叔父に会いたいようだ。この2人はよく似ている。もし叔父が姉の父親ならきっと親子関係も上手くいっていたんじゃないだろうか?

 姉が到着してから1時間もしないうちに叔父がやってきた。

 誇り高き錬金術師(笑)

「おぉ、帰ったか! おかえり!」

「たっだいまー。叔父さんひっさしぶりー! 全然変わんないねー」

「だろ? 俺はまだ若いんだよ!」

「いやいや、私が高校ん時からずっとおっさんじゃね?」

「は!? おっさん呼ばわりすんじゃねーよ。クソヤンキーが!」

 この2人が罵声を浴びせ合うのを見るのも何年ぶりだろう? これがこの2人なりのコミュニケーションの取り方なのだ。私は理解しかねるけど、互いに楽しそうにしている。

「もうすぐ葬儀屋さん来るからねー。それで叔父さん? おじいちゃんたちは来れるの?」

 私が叔父にそう聞くと叔父はばつが悪そうに苦笑いを浮かべた。

「実はなぁ……」

 叔父がそう言いかけるのを遮るように姉が口を開いた。

「あの人たちは来ねーよ! ルナだって知ってるでしょ? 親父はあの人たちに勘当されてんだからさ! ま、しゃーねーって! それとさ……。母さんの実家にも連絡したけどやっぱ来ないってさ……」

 姉は吐き捨てるようにそう言うと不機嫌そうに視線を落とした。

「悪いなルーちゃん……。親父たちにも葬式くらい出るように頼んだんだけどやっぱり来たくないってよ……。恵理香ねーさんの実家も来れないんじゃちょっと寂しいよな……」

「叔父さんは謝んねーでいいよ! わかりきってたことだし! 親父の友達とご近所さんに来て貰うだけで弔いになるだろうし! それでいいよ!」

 言い捨てる姉の言葉には明らかな怒りが感じ取れた。私自身も両家の親が葬儀に来ないことは何となく察していたけど、考えてみるとやはり寂しい気がする。

「まぁ仕方ないよね……。じゃあ、予定通り喪主はお姉にお願いするけどいい?」

 午後になると葬儀屋の営業がやってきて具体的な話し合いをした。面白いもので葬儀プランは完全にパッケージ化されていてスムーズに決めることができた。人の死さえ、型にはめ込まれてしまうのが少し滑稽で悲しく思えるけど……。

「では……。当日よろしくお願いいたします! ご面倒お掛けして申し訳ありません」

 姉は葬儀屋に深々と頭を下げるて彼らを見送った――。


 通夜と葬儀は恙なく執り行われた。

 茉奈美と麗奈が受付を手伝ってくれたし思っていたより弔問客も来てくれた。

「あ! ルナちゃん!」

 葬儀中に女性に声を掛けられて振り返ると泉さんが弔問に来てくれていた。

「来てくれたんですね。先日はありがとうございました!」

「いえいえ、こちらこそごめんなさいねー。お父さんのご遺体お返しするのが遅くなってしまって……」

「あの……。伊瀬さんからお伺いしたんですが……。父の死因て……」

「ああ……。まだはっきりしたことは言えないんだけどね。今調査中だからもう少し時間もらえると助かるかな……」

 父の遺体の引き渡しのときに伊瀬刑事から気になることを聞かされていた。どうやら父は自殺ではないらしいのだ。伊瀬刑事は具体的な内容は教えてはくれなかったけど、そんなニュアンスだった。

「ルナぁー! そちらの方は?」

「えーと、この方が泉さんだよー! お姉にも話したでしょ? 父さんのこと捜査してくれてる刑事さん」

 姉は泉さんの姿をまるで珍しい動物でも見るように舐めるように眺めた。

「ああ……。お話は伺ってます。父のことでは本当にご面倒お掛けしました。葬儀にまで参列して頂いちゃって恐縮です……」

 姉らしくない。

 私はそう思いながら泉さんと姉の挨拶を眺めていた。金髪でさえなければきっと姉もまともに見えることだろう。

 私たちは泉刑事に父の捜査をよくお願いして彼女を見送った――。


「それじゃあルナ! 今日はバンドメンバーと話があるから夜は出かけるよ! こんなときに悪いんだけどさ!」

 葬儀が終わると姉はバンドメンバーの大志さんと出かけるようだった。

「大丈夫だよー! こっちこそ喪主お願いしちゃってごめんねー」

「気にすんなって! とりあえずこれで一段落だ……。ルナは仕事明後日から復帰だったよね?」

「そだよー。お姉は明日帰るんでしょ?」

「うん……。ウチの上司をいつまでもほっとくわけにもいかないかんね……。ねぇルナ? こんなことになっちゃったけどあんた大丈夫? もし不安なら私も職場に都合つけて定期的に実家戻るよ?」

 姉は心配そうにそう聞くと、私の頬に優しく左手を当てた。触れた彼女の指先は酷く硬い。おそらくこれはギタリストならではのモノなのだろう。

「大丈夫だよ! もしなんかあったら連絡するし! お姉はお姉のやりたいことやった方が良いよ!」

 私がそう言うと姉は苦笑いを浮かべながらゆっくりとため息を吐いた。

「ありがとう……。あんたもこれからは自分のためにね……」

 そんな優しい姉の言葉に私は涙腺がゆっくりと解かれていく……。

 彼女の言うとおり、これからは自分のために生きたい――。

 私は姉の言葉を噛みしめるように、ゆっくりと静かに儚い希望に似た何かを感じていた――。

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