78.月姫 やんちゃな一寸法師②
ヒカリが来てから私の日常は一変した。全てがヒカリ中心……。そんな日常に変わったと思う。ヒカリは聞き分けの良い子供だったから助かったけれど、それでも毎日が慌ただしかった。
たぶん私は良い母親ではなかったと思う。まだ幼い彼を残して仕事をしなければ行けなかったし、何より叔父や茉奈美に比べれば私がヒカリにしてあげられたことなんて本当にささやかなことだけだった。
そんな風に慌ただしい日常は過ぎていった。ヒカリは文字通りスクスク育っていった――。
「お姉ちゃん何してるの?」
休日。私がパソコンに向かって絵を描いているとヒカリが顔を覗かせた。起きたばかりなのか眠そうな顔をしている。
「今ねぇ。お絵かきしてるんだよ」
「お絵かきぃ?」
「そう! こうやってこの板の上に描くと画面に出るんだよ」
私は拙い言い方で自分のしていることをヒカリに説明した。彼は不思議そうに画面とペンタブを交互に見る。
「これなぁに?」
ヒカリはそう言って画面を指差した。画面には私が描いた金髪の小人が映っている。
「これはねぇ。小人だよ! 小さい人。うーんとね……。一寸法師って分かる?」
「わかんない」
ヒカリは首を横に振る。どうやら彼は昔話をあまり知らないらしい。
「そっかぁ……。ちょっと待ってね」
私はそう言って立ち上がると姉の部屋に向かった。たしか昔姉は一寸法師の絵本を持っていた気がする。
それから私は姉の残していった本棚を漁った。普段から掃除しているお陰で埃はあまりない。
「あ、あったあった」
私は独り言のように呟くとその本を手に取った。古びた表紙には『昔話シリーズ 一寸法師』と描かれている。
「ヒカリー。こっちおいでー」
私はそう言ってヒカリを呼ぶと姉のベッドの上に座った。そしてやってきたヒカリを抱え込むように絵本を開いた。
「今からお姉ちゃんが一寸法師読んであげるね」
「うん!」
それから私はその古びた絵本をヒカリに読み聞かせた。内容は昔ながらの一寸法師。小さな男の子の冒険譚だ。
ヒカリは私の読み聞かせを集中して聞いてくれた。特に鬼が登場する場面なると絵本に釘付けだった。私も自然と読み上げる声に力が入る。
「――こうして一寸法師は大きくなって立派なお侍になりました。めでたしめでたし」
私がラストシーンを読み上げるとヒカリは嬉しそうに拍手をした。パチパチパチ。そうやって不器用に手を打ち鳴らす。
「すごーい! 一寸法師カッコいいね!」
「そうだね。ちっちゃいのに大っきい鬼やっつけちゃうなんてすごいね」
「うんうん」
ヒカリは嬉しそうに言うとその場でピョンピョンと跳びはねた。たぶん自分が一寸法師になった気分なのだと思う。
「お姉ちゃんも一寸法師描いてるの?」
ふいにヒカリがそんなことを言い出した。突然のことに私は「え? うん、まぁ」と曖昧に応えた。
たしかに小人の絵は描いていたけれどアレはどう見ても一寸法師ではないと思う。でもヒカリの中ではよく違いが分からないようだ。
「お話できたらまた読んでね! お姉ちゃんのお話大好き」
ヒカリはそう言うとまた一寸法師の真似をした。




