77.聖子 思い立ったが厄日
「ふんふん。あちゃー。泉さんごめんなさい。めっちゃ悪いカードだわ」
菖蒲さんは心底申し訳なさそうに私の顔を上目遣いに見た。
「うん。なんとなくわかる」
「だよねー。いやぁ……。でも普通は大アルカナしか出ないとかないんだけどなぁ」
「ある意味強運なのかもね……」
強運。いや凶運というべきか。私の目の前に並んだタロットカードはそれを物語っていた。菖蒲さんの言うとおりタロットカードで大アルカナしか出ないのは珍しいことだ。(タロットカードの構成は大アルカナが二二枚、小アルカナが五六枚なので確率的にそうなる)
しかもそのどのカードもあまり良い意味ではなかった。
『死神』『塔』『悪魔』そんな不穏の三段活用のようなカードたち――。
「まぁ……。しゃーないっすね。これで見てみます」
「はい、お願いします」
まぁいいだろう。今更だ。散々痛い目に遭ったし多少の不運は何とかなると思う。
それから菖蒲さんは各カードの意味について親切丁寧に教えてくれた。占って貰って分かったけれど彼女の語り口は不思議と人を引きつける魅力があるようだ。物語のような語り口。先が気になる。そんな魅力。
「でねー。最後に悪魔の逆位置……。うん、これは良いカードだね。単純な意味合いならリセットとか新しい出会いとかだよ。まぁ……。当然かもね。死神の正位置と塔の逆位置は納得だったし……。来月には何かしら良い知らせがあると思う」
「そうですか……。ま、気休めにはなりますね」
「うん。そうだねー。でも気休めって大事じゃない。ほら、病は気からって言うしさ」
菖蒲さんはそう言うと「まぁなるようになります」と付け加えた――。
菖蒲さんと話した日の夜、私はルナちゃんに電話を掛けた。さすがにヒカリくんのことが気になる。
「こんばんはルナちゃん。どう? 変わりない?」
変わりない? と聞いてすぐに失敗したと思った。変わりない訳がない。
『こんばんは! はい、お陰様で何とかやってます』
ルナちゃんはそう言うと「フフッ」と可愛らしく笑った。最高にチャーミングな笑い方だ。
「そっか。なら良かったよ。ヒカリくんは?」
『大丈夫ですよ。変わりますか?』
「いや。いいよ。変に里心みたいなのついてもしょうがないからね……。もし困ったことあったら連絡してね。すぐに行けるかは分からないけど極力協力するから」
『はい、ありがとうございます。まぁ……。大丈夫ですよ。姉も叔父も手伝ってくれてるんで……。お気持ちだけで十分です』
ルナちゃんの電話口の向こう側からヒカリくんの声が聞こえた。どうやらアニメを見ているようでキャッキャと笑っている声が聞こえる。少なくとも泣いたりはしていないらしい。
「じゃあまたね。近いうちご飯でも行こう」
『そうですね。では……』
ルナちゃんはそう言うと静かに電話を切った――。
ルナちゃんとの電話を終えると部屋に取り残されたような気持ちになった。伊瀬さんはいない。ヒカリくんもいない。私の周りに居るのは背景画像のような人間関係だけだ。(もちろん家族や友人には感謝しているけれど)
ああ、これからどうなるのだろう。そんな漠然とした不安に押しつぶされそうになる。菖蒲さんの「まぁなるようになりますよ」という言葉だけが妙にもっさり耳の奥にとどまっていた。
なんとかなる。なるようにしかならない。もしかしたらなれないかもしれない。そんな不安感が拭い去れない。
きっと私の中の何かが壊れてしまったのだ。修復不可能。買い直した方が良いですね。昔ながらの電気屋のおやじがテレビを売りつけるときの文句みたいな気持ちが押し寄せてきた。
逆さ吊りの悪魔は私に何をもたらすのだろう? 吉報だろうか? 凶報だろうか?
……。まぁいいだろう。伊瀬さんとの出会いさえ私にとっては凶報だったのだ。今更凶報が来たところで怖くもなんともない。
そう思うと自然と気持ちが軽くなった。不幸は許容すると軽くなるのかもしれない。人生が長くなると不幸も薄まるのかも。そんな達観にも似た何かが胸の奥に沈んでいった。




