75.裏月 ヘカテークラウン⑨
実家での短い滞在を終えると東京へ戻った。住み慣れた我が家。高田馬場駅近くの賃貸マンションだ。
「もしもし? お疲れ。ごめんねー迷惑掛けて。今帰ったよ」
私は帰ってすぐにジュンに連絡した。
『おかえり。どうだった? 妹さんは元気してた?』
「うん。お陰様でね。えーとね……。ウチらのバンドには関係ないけどちょっとご報告が……」
『うん。どうした?』
さて、どこから話そう。説明しなきゃいけないことがてんこ盛りだ――。
それから私は言葉をどうにかこうにか絞り出して実家で何があったか伝えた。簡単にまとめると『親父の隠し子がいたから新しい弟が出来た。面倒は妹が見る』だ。まぁさすがにそんな風にあっけらかんと言葉には出来なかったけれど。
『ハハハ、なんか京極さんらしいね。本当に妹さんは大丈夫なのかい? いきなり子供の面倒は大変だろう?』
「うん。そうなんだよね……。ルナは強がってたけど大変だと思うなぁ。私も金は出すけど手伝いまではなかなかねぇ」
経済的支援ってやつだけ。ああ、嫌になる。これじゃ発展途上国に金をぶん投げるだけの政府と一緒じゃないか。
『もし良かったら保育所探し手伝おうか? 母さんの伝手で見つかるかもしれないからさ』
「マジ? うーん。じゃあ頼っちゃおうかな。一応ルナに相談してからになるけど大丈夫?」
『もちろん。よく話し合って決めるといいよ。ひと一人育てるのは本当に大変なことだからね』
「ありがとうジュン。恩に着るよ」
無意識に通話しながら頭が下がった。本当にありがたい。身体もそれを理解しているようだ――。
ジュンと話したあと関係各所に連絡した。西浦さんや七星にも同じように伝える。概ねみんな私の状況に理解を示してくれた。ありがたい話だ。
竹井くんには……。まぁいいだろう。彼は正規メンバーとは言っても試用期間みたいなもんだ。内輪の事情を知らされても困惑するだけだと思う。
それから私はベッドに寝転がった。
「つかれた」
そんな言葉が自然と零れる。
思えば壮絶な二日間だった。妹と今後について決め、新しい弟を迎え入れた。私は私で資金援助という何の得もない制約に縛られることになった。正直お金には困っていないのでいいけれど複雑な気持ちだ。
これからルナはどうなっていくのだろう? 私はどこか他人事のように思った。私たちの弟。ルナだけのじゃない。それは分かっているのだ。でも不思議と実感が湧かなかった。あの親父とよく分からない愛人のガキなんて知らない。……とどこかで思っているのかもしれない。
そう考えると私は最低だ。ま、最低だからって私の人生に支障が出るわけじゃないけど……。
寝転びながら今までのことを順序立てて思い返した。ガキの頃にお母さんが出て行ってそれきっかけで親父とルナとも険悪になった。中学に上がる頃にはすっかり悪ガキに仕上がった私は近所でも評判のDQNだったと思う。私を受け入れてくれた幼なじみは茉奈美や麗奈ぐらいじゃないだろうか? それ以外の連中は私に関わりたくなかったのだと思う。
中学でそんな感じだったから高校なんてもっと酷かった。一年の中盤で中退。人生真っ逆さまに落ちていく。そんな感じだ。たしかあのときに親父にもルナにも見捨てられたんだっけ……。そんな痛い記憶が蘇る。
中退してから家を出た。そして大志とジュンと出会った。それが今の私を形作ることになったわけだ。(そのお陰でルナとも和解できたのだと思う)
そして上京――。そんな半生だ。上京後は控えめに言って地獄のような毎日だったけれど今思い返すと悪くなかったような気がする。二度と経験したくはない。でも一度は経験しておくべきこと。なのだと思う。地獄を知らないで大人になるとろくな人間になれない。
私が立派な人間になれたとは言わないけれど、少しだけマシになれたのはあの地獄のお陰だと思う。
毎日。土砂降りの雨の中。誰の助けも無く。ひたすらに散らばったネジを拾う。
そんな感じの地獄が私を育ててくれたのだ――。
時間にすれば一〇分にも満たない時間の間に私は文章的に自分の人生を振り返った。ああ、これから先も長いな。そんな漠然とした考えが浮かぶ。
寝転びながら左手で天を仰ぐ。この手はもう戻らないかもしれない。もしかしたら砕け散ってしまうかも。
ふと涙が零れた。たまらなく不安な未来を象徴するように涙が流れて枕に落ちた。




