74.聖子 去年のことを言えば鬼が泣く
ある日。私は犬吠埼前の公園のベンチに座ってぼーっと過ごしていた。隣には私の愛煙仲間。咲冬菖蒲さん。
「――って感じでした。ご協力感謝です」
私は今回の事件のコトのあらましを彼女に説明した。葛原みのりの自殺について、伊瀬刑事の殉職について、ヒカリくんについて。
「そうでしたかぁ。まぁ、ウチは大丈夫っすよ。泉さんのが大変だったでしょ?」
「そうですね。大変だったかもしれないです」
私は他人事のように言った。実際他人事なのだ。家族が死んだわけでも何でも無い。まぁ、伊瀬さんにしろヒカリくんにしろ家族より重かったかもしれないけれど。
「んじゃ。飯でも行きましょ! そんだけ色々あったんだ。少しは厄払いしたほうがいいっすよ。あ、なんならウチの親父にお祓いお願いします?」
菖蒲さんはコロコロ表情を変えながら私に笑いかける。どうやら彼女なりに私を元気づけたいらしい。
それから私たちは銚子市内の焼き肉屋に向かった。伊瀬さんとも何回か行った店だ。ニンニクと肉の焼ける匂いが体中に染み渡る。
「肉はいいっすよ。やっぱり人は肉を食わないとね。菜食が悪いとは思わないけどやっぱ肉っすよ」
「そうですね」
「うんうん。本当に食べて血肉になるって最高ですよ。牛に感謝だ」
そう言うと菖蒲さんは肉に対して拝み手をした。やはり神道の家系だ。非常に信心深く、生命に感謝しながら生きている。
私はそんな菖蒲さんの言葉に当たり障りのない相づちを打ち続けた。別に気を使っているわけではない。普通の会話が心地よかった。日常の言葉。肉が旨いとか天気が良いとかそんなありふれた言葉が。
「いやぁ、食った食った。旨かったっすねぇ」
「本当に。久しぶりにお腹いっぱい」
菖蒲さんは下品に言ってゲップをした。そして「おっと失礼しました」と付け加える。
「泉さんはこれからどうしたいんすか?」
不意に菖蒲さんにそう尋ねられた。
「へ?」
思わず変な声が零れる。
「いや……。なんてーか。ほら、今日こうして呼んで貰ったじゃないですか。でも本当に何もなく普通に食事と買い物だけだったから……。もし、私に何か相談したいことがあんなら聞きますよ? 遠慮しないでいいんで」
菖蒲さんはそう言って私の目を覗き込んだ。全てを見透かすような瞳。蛇に睨まれたような気分になる。
「正直……。よくわかんないんすよね。先輩に死なれて懐き始めた子供が居なくなって……。もしかしたら寂しかったのかもしんないけど」
「ふーむ。そうすか。アレっすね。今まであった場所ががらんどうになっちゃったんじゃないかな? ……。それは辛いっすよ。朝起きたら部屋中の家具が無くなったようなもんですからねー」
菖蒲さんの例えはわかるようなわからないような。そんな例えだった。でも不思議とその感覚は理解できる。そう、心の中の家具が無くなった感覚なのだ。残ったのは白い空間。それだけ。
「まぁ、大丈夫です……。色々無くしただけなんで。そのうち元に戻ると思うし……」
私はそんな煮え切らない答えを絞り出した。保留。様子見。放置。煮詰まったときの最悪な手段だ。
「んじゃ。占いでもしてみます? 実は私タロット得意なんすよ」
そう言うと菖蒲さんはバッグからタロットカードを取り出した。
「へー。占い出来るんですね」
「うん。出来ますよ。意外と当たるって評判なんす」
「そうなんですね。じゃあ……。せっかくなんで見て貰おうかな」
気休めでもいいか。占って貰おう。肉の焦げる匂いの中そう思った。




