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73.月姫 大江山ワンダーランド⑧

「めーし! めーし!」

「はいはい……。何食べたい?」

 姉は余程お腹が空いているらしい。かなりウザい感じの飯飯コール。

「肉にしよう! 焼き肉!」

「いいよ。じゃあ水戸市内か……」

「大洗でもいいよー。ほら、環状線の通りのもあるじゃん」

 姉はそう言うとスマホを取り出した。

「とりあえず案内するよ」

「りょうかい……。じゃあお願いね」

 これじゃどっちが地元民だか分からない……。

 それから私たちは姉の道案内で焼き肉屋に向かった。国道から大洗の環状線に乗り換える。

「大洗来んのえらいひさびさだよー」

「だろうね。私だって用事ないと来ないぐらいだよ?」

「だよね! いや茨城いいっすね! ほら、やんちゃなあんちゃんたちがいるよ」

 姉はそう言うと対向車線を指さした。姉の指さした先には違法改造したであろうセダンが爆音で走っている。

「あーあ……。これだから茨城は嫌だよ……」

「いやいや……。逆だよ逆! これだからいいんだって!」

 完全に意見が逆だ。成人したとはいえ姉はまだまだヤンキー気質なのだろう。

 大洗の海岸線を走り抜ける。漁師町には似つかわしくないアウトレットモールが右手に見えた。通り沿いにはコンビニが数軒並んでいて、その駐車場には姉が好きそうな人種がたむろしていた。セルシオとかアルファードとかそんな車種。正直私は苦手だ。

「おっと! この坂上ったらすぐだよ!」

「はいはい!」

 磯前神社の大鳥居に差し掛かると姉が坂を指さした。

 坂を上り高台に向かう。坂を上ると右手に公営の箱物施設とキャンプ場があった。まだ肌寒い季節なのでキャンプしている人はいない。

「えーと……。あ、あそこだね」

 姉はそう言うと身を乗り出して店を指さした。古びた外観の焼肉屋。かなり年期が入っている大きな看板と白色照明。

「とうちゃーく」

 店の駐車場に入ると姉は嬉しそうに背伸びした。この人はいくつになっても子供っぽさが抜けないのだ。

 店内に入ると姉は指をピースサインのようにして「二名です」と女将さんに伝えた。とても初めての店とは思えないくらい手際が良い。

「お、いーじゃんいーじゃん。めっちゃ個人の焼き肉屋さんって感じ」

 席に着くなり姉はメニューを開いた。

「そうだね」

 私は適当に相づちを打つと壁に貼られているメニューを見渡した。どうやら焼き肉だけではなくラーメンや甘味もやっているらしい。

「ビール頼んでいい?」

「いいよ」

「さんきゅ」

 私たちの会話はいつも言葉が少ない。「やる」に対して「やる」と答え、「好き」に対して「嫌い」と答える。そんな感じのコミュニケーション。

 それから姉は生ビールとカルビを、私はハラミとウーロン茶を注文した。

「……にしてもすんなり話まとまって良かったじゃん」

「うん。まぁ……。引き取るって決めてたからね」

 姉は感心するように、脱力するように言うと胸ポケットからタバコを取り出して口にくわえた。

「一応歌手なんだからタバコ控えたら?」

「ん? ああ、そうね」

 姉は空返事するとタバコにそのまま火を付けた。人の話を聞くつもりなんてサラサラない。

「……。来週末に迎えに行ってくるよ。泉さんにもさっきLINEしといたから」

「そう……。どうする? 一応私も立ち会おうか?」

「そのほうがありがたいけど……。でもいいよ。お姉も忙しいだろうし落ち着いたら遊びにでも来て」

「そっか……。じゃあ仕事落ち着いたらまた戻るよ」

 姉はそう言うと髪の毛を掻き上げて後ろで縛った。黒髪のポニーテール。高校時代の私みたい。

 姉のタバコが一本吸い終わる頃には料理が運ばれてきた。生ビールとウーロン茶。そして脂たっぷりのカルビ、ヘルシーそうなハラミ。

「では……。ルナの前途を祝して乾杯」

「うん。乾杯」

 グラスを軽く当てるとカチンという小さな音が鳴った。乾杯だ。祝杯かどうかはかなり怪しいけれど。

 それから私たちは一心不乱に焼き肉を食べた。会話なんてない。ただ焼いて口に運ぶ。その繰り返し。きっと他の客から見たらかなり異様に見えることだろう。しかも顔がうり二つなのだ。見ようによっては怪奇現象に見られるかも知れない。

 気がつくとあれほどあった焼き肉は綺麗になくなっていた。

「あー美味しかった」

 素直にそんな小学生並みの感想が口から零れる。

「旨かったねぇ。たまには気兼ねなく食うだけ食うのはいいよ」

「ねー。本当に」

 おそらく私たちは血肉が足りていなかったのだ。お互いに忙しすぎたのだろう。だから身体がこんなにも喜んだのだと思う。

「ルナ。マジでこれから大変だよ! でも全力でサポートするからなんかあったらすぐ連絡しなね」

 姉はぷっくら膨れた腹を擦りながら言った。感動的な言葉。喜劇的な状況。

「うん……。ありがとう」

 私たちは膨れたお腹をさすりながら笑い合った。明日は体重計に乗らないでおこうと思う。


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