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6.月姫 ウサギとカメのデットヒート③

 私は泉さんの車で自宅へと帰ってきた。彼女は「大丈夫? 困ったことあった連絡するんだよ!」と帰りがけに声を掛けてくれた。

 泉さんは本当の姉のように私を心配してくれていた。実姉よりもお姉ちゃんっぽく感じるのは不思議だけど悪い気はしない。

 泉さんを見送ると私は親類に連絡をすることにした。さすがに父方の実家ぐらいには連絡しなければいけないだろう。

 私は久しぶりに父の実家に電話を掛けた……。


 翌日、父の実家から私の叔父がやってきた。何年ぶりだろう?

「ルーちゃん大丈夫かー?」

 叔父は以前と変わらない様子で惚けたように言いながら玄関から上がり込んだ。彼はびっしりと生やした無精ひげを弄くりながらリビングの椅子に座る。

「叔父さんウチ来るの久しぶりだねー。おじいちゃんたち元気?」

「あぁ変わんねーよー。達者すぎて面倒くさいくらいだぁ」

 そう言いながら叔父は照れ笑いするように頭を掻いた。

 叔父はあまり父さんに似てはいなかった。彼はいかにも適当そうで、30過ぎだというのに定職にも就かずフラフラ遊び回っているようだ。昨日、祖父母の家に電話を掛けたときも叔父の愚痴を散々聞かされた……。

「しっかり兄貴もなー。ずっと連絡つかなかったけどまさかこんなことになってるとは思わんかったよ」

「私もずっと探してたんですけど足取り掴めなかったからね……」

「だよなー。何時、兄貴帰ってくるんだー? 葬式はしねーとあかんだろ?」

 叔父は叔父なりに私のことを心配してくれているようだ。私は叔父と相談して今後の父の葬儀について簡単に話し合いをした。

「したらさー、喪主はルーちゃんか? あの馬鹿は帰ってこめー?」

「お姉には連絡してみるよ! 戻ってこれるようならあの人に喪主はお願いするつもりだし……」

「ヘカはやんねーと思うぞ? あいつ兄貴と仲悪かったし、きっと嫌がんじゃねーか?」

 叔父は姉のことをよく理解している。こんな風に姉のことを悪くは言っているけど、小さい頃から叔父は姉を可愛がっていた。姉も姉で五月蠅いことを言わずに遊んでくれる叔父のことが好きなようだった。

「でも……。一応あの人が京極家の長女だし、やっぱり私がやるのは違う気がするよ」

「ルーちゃんがそう言うならそうしたら良いよ……。なんかあいつバンドで飯食ってるらしいなー。実にあいつらしい」

 叔父はそう言うと無精ひげを弄りながら嬉しそうに笑った――。

 その日のうちに姉には葬儀の日程について相談した。叔父の予想とは裏腹に彼女は喪主の件を1つ返事で了解してくれた。以前の姉なら父の葬儀にさえ来なかったはずだけど、やはり彼女も大人になったのだろう。バンド活動とアルバイトの日程を調整して実家に戻ってきてくれるようだ。

「あー、ルーちゃん悪いー! ちょっと一万だけ貸してくんねーか?」

「お金? なんに使うの?」

「いや……。なんだ……。今金欠でさー、どうにか今日中には返すから」

 叔父は濁したような言い方で一万円の使い方を言おうとはしない。

「貸すのは良いけどさぁ、どうせパチンコでしょ?」

「うっ!!」

 図星だったようだ。

 叔父は昔から本当にだらしがないのだ。私が幼い頃にギャンブルで大きな借金を作って祖父母にかなり迷惑を掛けたと父から聞かされたことがあった。ギャンブルが弱いくせにやめられない典型的なダメ人間……。   

「な! いーだろ? ちゃんと勝って倍返しすっからさー」

「はぁ……。遂に姪にまで借金するんだ……。ねぇ? 叔父さんもそろそろ真面目に働いた方が良いと思うよ?」

「お前まで五月蠅いこと言うなよー! 親じゃあるめーし!」

 いい加減にして欲しい。私だってそんなに収入があるわけじゃないんだ。

「……。一万は私も貸せないかな……。これでも生活ギリギリだし……。それにさぁ」

「それに? 何だよ?」

「私は回収できない投資はしないことにしてんだよ! どうせ一万貸したってすぐに溶かして終わりじゃん?」

「大丈夫だって! 絶対勝つから! 今日はそんな予感がするんだ!」

 私はそろそろウンザリしてきていた。そして思い出していた。

 そうだ。叔父はこういう人だった。お金にだらしなくて、女たらしで、遊び人で、お人好しで……。

「わかったよ……。でも一万は貸せない! 五千円貸したげるからちゃんと返してね!」

 私はそう言うと財布から樋口一葉の描いてある長方形の紙を取り出して叔父に手渡した。

「悪い! 恩に着るよー! まぁ見てろ! 倍以上に増やして返してやっから!」

「はいはい! 期待しないで待ってるよ!」

「期待しろよー! 俺は今まさに誇り高き錬金術師だ! この五千円を黄金に換えてくるぞー」

 誇り高き錬金術師……。

 本当に馬鹿みたいだ――。


 叔父がパチンコに出かけてから私は友人たちに父の葬儀について連絡した。幼なじみの茉奈美と麗奈は葬儀の手伝いをすると言ってくれ、そして優しく励ましてくれた。

 その日は夕方まで掛かって葬儀の段取りを組んだ。姉とこまめに連絡を取り合いながら告別式の準備を進める。幸いなことに葬儀費用の一部は祖父母の実家で負担してくれるようだ。(祖父母もさすがに自分の息子の葬儀ぐらいは手助けしたいのだろう……)

「ただいまー」

 誇り高き錬金術師の帰還。

「お帰りなさい。ずいぶんと掛かったねー! 五千円じゃ大して遊べなかったでしょ?」「おいおいルーちゃん! 負け前提に話すんなよ?」

 叔父はそう言うとビニール袋いっぱいに入ったお菓子をテーブルの上に置いた。

「え? まさか勝ったの?」

「へへっ! 大勝ちしたよ! これは春から縁起が良い!」

 叔父はそう言うと財布にびっしりと入った万札を取り出して私に見せてきた。

「すごい! 叔父さんがパチンコで勝ったの初めて見たよ」

「ルーちゃんは知んねーからそう言うんだよー。ヘカが高校んときよく一緒に行ってたけど割と良く勝ってたんだぞ?」

「……。突っ込みどころたくさんあるけど……。まぁいいや、とりあえず良かったね」

「サンキュー、これも偏に賢明な姪のお陰だよ! あ、金返すよ!」

 叔父はそう言うと私に万券を適当な枚数掴んで私にくれた。

「え……。いいよこんなに……」

「いーから貰っとけ! あぶく銭だし気にすんなー」

 叔父は上機嫌にそう言ってタバコに火を付けた……。


 それから数日後、姉が葬儀のために帰ってくることになった――。 

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