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63.聖子 果報は貫徹で待て

 高橋さんと別れると、私たちは高速バスで茨城に戻った。一旦、鹿島を経由して銚子に戻らなければいけない。

 帰りのバスの中、ヒカリくんは疲れて眠ってしまった。穏やかな寝顔だ。心配事などかけらもないような。

 東関東自動車道を事故で酷い渋滞だ。バスの隣で、古い型のセルシオに乗ったカップルが窓を開けて文句を言っている。気持ちは分からなくはない。でも、私だったらそんなことはしないと思う。

 私はバッグから小説を出すと読み始めた。これは今朝、東京駅の本屋で買ったものだ。作者は川村栞。蓮子が好きだった作家だ。本の奥付を見ると第7版と書かれている。そこからこの小説が相当な数売れたことはうかがえた。

 川村栞は本来、西洋・東洋のファンジー作家のはずだ。蓮子が持っていた本もそうだったし、それ以外の作品は彼女にしては珍しい。

 調べた限りだと、彼女が書いた大衆文芸は2作だけのようだ。1つは彼女が学生の頃に書いた『アルテミスデザイア』という作品。この作品に関しては今はあまり流通していないらしい。

 私が買った本はもう1冊のほうだ。タイトルは『みっつめの狂気』。

 この作品は川村栞という作家にとって、おそらく一番のヒット作だろう。

 彼女はこの作品で直木賞を受賞していた。たしか私がまだ警察官になる前に、テレビでそんなニュースを見た気がする。

 私は持ってきたブランケットをヒカリくんに掛けると物語の世界に入っていった――。

 『みっつめの狂気』はかなり実験的な小説だった。主人公はごく普通の主婦で、彼女は良妻賢母として、何不自由なく暮らしていた。でも、彼女には誰にも言えない秘密があった。その秘密を抱えたまま二重生活を送る……。そんな内容だ。

 内容はともかく、川村栞が書く文章はおどろおどろしい狂気で満ちていた。日常に潜む常軌と狂気のコントラストがはっきり分かれ、読む側に訴えかけてくる。

 今まで何作か彼女の作品を読んだけれど、この作品だけはまるで異質だった。人間にこんなとち狂った文章が書けるなんて思えないほど。世界観はとても丁寧に描写されてはいる。でも、その丁寧さが狂気を引き立てている。

 いい意味で嫌いな作品だ。私はそう思った。いい作品ではあるが嫌いな作品。

 気が付くと私は『みっつの狂気』を読み切っていた。バスの窓から見える景色はすっかり田園地帯に変わっていた。

 大栄インターを過ぎる。もうすぐバスは一般道に戻るだろう。

「おは……よう」

 ヒカリくんは目を擦ると大きく欠伸をした。

「おはよう! ずっと移動してたから疲れちゃったよね」

 ヒカリくんはしばらくボーッとしていた。あれだけ都内を連れ回したんだから当然だろうけど。

 高速を降りたバスは国道51号に乗ると鹿島神宮駅に向かって走って行った。

 やれやれだ。やっと帰ってこれた……。

 さて、どうしたものだろう。やはり高橋さんの言うとおり、きちんとルナちゃんに話した方がいいだろうか?

 いや……。最初から答えは分かっているはずだ。こんなこと隠し通せるはずがない。

 私は『みっつめの狂気』を握りしめながらそんなことを考えていた。

 ルナちゃんから連絡があったのはその日の翌日のことだった――。

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