↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
62/82

61.裏月 ヘカテークラウン④

 泉さんが来た翌日。私は竹井くんと会うために池袋を訪れた。

 彼は池袋西口にある大学に通う学生で、私からは想像が出来ないくらい頭が良い。

 皮肉ではなく本当に賢い。七星……。もっと言えばジュンより頭が良いと思う。

「今日はありがとね」

「いえいえ、こちらこそご足労かけてすいません」

 彼は小綺麗な服装をしていた。皺のないワイシャツの上に紺のカーディガン。デニムは細身で足はスラッと長く見える。

「じゃあさっそくだけど……。8月のツアーの段取り説明すんね。ここが事実上竹井くんのお披露目だからちゃんと準備しといて欲しいんだ」

「はい! 具体的にどんな感じですか?」

 彼は本当に頼りになった。普段はちゃらんぽらんな七星を相手にしてるだけあって、ものすごくスムーズに説明が進む。

「……というわけでよろしくね。このツアーがウチらの今後を大きく左右すっからさ」

「わかりました。では僕の方ではスケジュール調整とドラムの練習をメインに動かせて頂きます」

「そうね。もし何か都合悪くなったら言ってね。遠慮しないでいいからさ」

 竹井くんと話していると妙に落ち着いた。これは彼が持つ独特な雰囲気に寄るものだろう。大志とは違うけれど彼も決して悪くない。大志とは別物だけど。

 竹井くんとの打ち合わせを終えると私はそのまま大志の入院している病院に向かった――。


 病院の玄関から中に入ると空いていた。もう外来の診察時間は終わっているので当然だけれど待合室はガランとしている。

「京極さん!」

 私が面会受付で名前を書いていると声を掛けられた。

「あれ? ジュンじゃん! 来てたんだ」

「うん。今ちょうど暇になったからさ。マリさんにも見舞い行ってやれって言われたしね」

 ジュンの手にはフルーツバスケットが提げられていた。熨斗には『多賀木マリ』と書かれている。

「さっすが女優さんは豪勢だね。んじゃ一緒にお見舞い行こうか」

 大志は整形外科の病棟に入院している。整形の病棟は松葉杖をついた患者や腕をギブスでガチガチに固めた患者で溢れていた。そんな患者たちともすっかり顔見知りだ。

「大志ー! 生きてる―?」

 私は憎まれ口を叩きながら彼の病室に入った。

「あ? 死ぬわけねーだろ?」

「なーんだ。残念。えーとね。今日はシュークリーム買ってきたよー」

 私とジュンは互いにお見舞い品を彼のベッドの横に置いた。

「あのな……。お前ら気使い過ぎじゃね? 毎回買ってきたら大変だろ?」

「大丈夫だよ! ほら、私ってめっちゃ高給取りじゃん?」

「いやいや……。冗談は顔だけにしとけって」

 冗談ではない。私は本当に高給取りなのだ。先月、口座に振り込まれた金額を見て私は酷く驚いた。ゼロの数が間違っているんじゃないかと西浦さんに連絡するほどに。

 大志はすっかり元気になったようだ。看護師さんの話だともうすぐ退院できるかもしれないらしい。

「で? 『バービナ』どんな感じだ? たしか夏にツアーやるっていってたよな?」

「そうなんだよー。めっちゃ忙しいけど頑張る! ファイナルは日比谷でやるから大志も来なよ! その頃には治ってんじゃね?」

「どうかな……。ま、ある程度動けるようになってたら行くよ」

 私たちはお互い憎まれ口を叩いていた。ジュンは相づちだけ打って余計なことは言わなかったけれど。

「んじゃ。そろそろ行くわ! ちゃんと食べて早く治すんだよー」

「おう! サンキューなー」

 私とジュンは大志に見送られて病室をあとにした。

「京極さん今から渋谷?」

「そうだよー。西浦さんとこ行くんだー。そんで夜は七星と練習かなー」

「すごくハードだね……。俺も今から新宿だから送ってこうか?」

「え! マジ助かるよー」

 おそらくジュンは私に何か話があるのだろう。そうでなければ彼は「送ろうか?」など言わない。

「へー。これってマリさんの車?」

「そうだよー。あの人何気に車好きだからね」

 駐車場に停まっていた車はポルシェ・カイエンだった。完全なる高級車。

「うっわ。めっちゃドア重厚!」

「ハハハ、だよね。俺も運転すんの気を使うよ。もしぶつけたら数ヶ月給料抜きだからね」

 ジュンは半分冗談めかしてそう言った。

 ジュンはドライバーとして優秀だった。大志と違って余計な加速もしないし、ブレーキも静かに踏んでくれた。

「ジュンの運転っていいよねー。私ペーパーだからぜってー真似出来ないよ」

「ん? ま、慣れだよ。それより京極さん本当に仕事大丈夫? もしアレだったら俺にもちゃんと仕事振ってね。もう『バービナ』はただのインディーズバンドじゃないんだから」

「そだね……。でも今んとこは大丈夫! それにジュン普通に手伝ってくれてるじゃん? だから余計な気を使わなくていいよ」

 車は日比谷を抜けて走り抜けていった。左手には警視庁、右手には桜田門が見える。

 ジュンの隣で私は昨日のことを考えていた。ルナは酷く動揺していたけれど大丈夫だろうか?

 ルナがあんなにはっきり「だいじょばない」と言うのは珍しい。だから本当にだいじょばないかもしれない……。

 私は思った。さすがにまずいだろう。腹違いの弟のことをルナや泉さんに押しつけてはおけない。

 どこかで折り合いをつけなければ……。と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。