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5.聖子 風が吹けば葬儀屋が儲かる

 私は京極さんを連れて彼女の父親の水死体の発見された犬吠埼へと向かった。移動中も彼女はメソメソしたりせず、ずっと穏やかだ。まだ若いのに相当しっかりしているようだ。私が若い頃は(まだ28だけどさ)もっとちゃらんぽらんだっただけに、少し恥ずかしく感じる。

 犬吠埼に着くと彼女を案内して遺体の発見現場へと向かった。

「ここだよ!」

 私は彼女の父親が発見された場所を指さした。

京極さんの手を引いて真冬の砂浜を歩いて行く。砂浜を歩くと靴の裏に砂がこびりつく。

「そうですか……。なんかこんなこと言うと可笑しいですけどいい場所ですね」

「え?」

「なんか私の地元も海の近くなんですけど、そこに似ている気がします。昔よく父に連れられて海に行ってたのでちょっと懐かしいですね……」

 京極さんはそう言うと真っ赤になった両手に息を吹きかけた。

「そっか……。慰めになるかわからないけど、お父さん穏やかな顔で見つかったんだよ! きっと最期の時も穏やかに逝けたんだと思う……」

 私がそう言うと、京極さんはにっこり笑って「ありがとうございます」と応えてくれた。

「それにしても寒いよねー。ちょっとあったかい物でも飲んでこうか? ほら! 灯台の前の売店行けばコーヒーくらいはあると思うしさ!」

 犬吠埼灯台の前にはくたびれた売店が軒を連ねていた。私も仕事をサボるときはよく利用しているのだけれど、今日も京極さんを出汁に使ってサボろうと思う。(クソ性格わりーけど)

 灯台まで行くと、観光客は皆無だった。売店もサッシが閉まっていて、あまり商売っ気がない。

「ごめんくださーい!」

 私が店のサッシを開けて中に声を掛けると、だるまストーブの前で談笑している老夫婦がこっちを向いた。

「はい! いらっしゃいませぇ! あら、聖子ちゃんこんにちは!」

「おばちゃんこんちわ! 寒いねー。えーと、飲み物もらえるー? 私はコーヒーで……。京極さんはどうする?」

「じゃあ私は紅茶で!」

 私たちはコートを脱ぐと、奥にあるテーブル席に座った。

「京極さん、タバコ吸ってもいいかな?」

「いいですよ」

 私は京極さんに断ると、愛タバコのメビウスに火を付けた。

「それにしても京極さんしっかりしてるよねー。なんでそんなにちゃんとしてるのか意味わかんないほどだよ。あ! ごめん。褒め言葉だからね!」

 私が取り繕うようにそう言うと、京極さんはクスクスと笑って見せた。やべー、可愛すぎる。

「そんなにはしっかりしてないですよー。1人で生活してきたから色んなことに慣れちゃっただけです! 泉さんこそそんなに若いのに刑事さんやってるなんてすごいですよ!」

 京極さんに褒められて私はちょっと戸惑ってしまった。

 私が刑事になったきっかけはかなり歪んでいた。20代前半は全く別の仕事をしていたのだけれど、どういう訳か今の警察署の署長の目に留まって刑事に採用されてしまったのだ。

 飲み物が来ると京極さんは色々な話を聞かせてくれた。京極さんの話だと私は彼女の双子の姉によく似ているらしい。お姉さん、可愛そうに。

「ちょっと灯台見てきてもいいですか?」

「うん! いーよー。一緒に行く?」

「大丈夫ですよー。寒いですし、ちょっと中で待っててください」

 そう言うと京極さんは犬吠埼灯台へと向かって歩いて行った。

 京極さんが灯台に行っている間、私はタバコを吹かしながらコーヒーを飲んでいた。サッシ越しに彼女が灯台の周りをゆっくり歩いて行く様子が見える――。


 私が銚子警察署に勤めるようになった時に直属の上司になったのが伊瀬さんだった。彼は私とマンツーマンでよく現場に出かけては、散々無茶ぶりをしてきた。

「泉さんさー。ちゃんと書類作っとけって言っといたろうよー」

「え!? 言ってないっすよ! 誰に伝えたんすか?」

「えー!? 加瀬君に伝言お願いしといたんだけどなー。まぁいいや、今から作って午後一であげて!」

 なんということでしょう。あの加瀬のクソガキの尻拭いをしなければいけなくなった。

 伊瀬さんと仕事をしているとこんなことは日常茶飯事だった。基本的には有能な伊瀬さんだけど、軽率な部分があるようだ。(だから左遷されたんだろうけど……)

 ある日、隣県の警察署に書類を届けるために出かけたときのことだ。その日は、伊瀬さんも早々と現場検証を終え、隣県の海沿いで落ち合うことになった。

 波﨑ウィンドパーク。風力発電を行う巨大な風車の前で私は伊瀬さんを待つことにした。10分ほど車で待っていると彼はやってきた。

「お疲れ様です!」

「お疲れ様! 泉さん用事無事済んだ?」

「済みましたよー! 伊瀬さんこれから戻るんですか?」

「俺は今日は直帰だから戻らないよー。代わりに署に持って行って貰いたい物があってさ」

 そう言うと伊瀬さんは私に厳重に封をしてある茶封筒を渡してきた。ずっしりとしていて重たい。

「なんすかこれ?」

「泉さんは知らなくていい物だよ。それ、ゆーさくに渡しといて」

「怪しいな~」

「絶対開けんなよ!」

 伊瀬さんは怖い顔になって私を小突いた。マジ面倒くさい。

「了解です。開けないで勇作さんに渡しときますよ。つーかそんな怖い顔しねーでもよくね?」

「お前が余計なこと詮索すっからだよ! そういうところがあるから……」

 また伊瀬さんの説教が始まった。私はいつものように右から左に聞き流す。真っ暗なことをやっている悪徳警官のくせに私のことにいちいちケチを付けやがる。クソ面倒くさい。

「聞いてんの?」

「聞いてますよ。したらそろそろ署に戻りますね!」

「泉さんさー。引っ張った署長の顔も立ててやれよ。もともとお前は……」


「泉さん! お待たせしました!」

 私がタバコに火を付けたまま考え事をしていると後ろから声を掛けられた。

「あ、ごめんごめん。京極さんおかえりなさい!」

「はい、ただいまです。遅くなってすいませんでしたー」

「ん? いーよー。大丈夫!」

 彼女が戻ってくると私は彼女を自宅に送るため車に乗り、茨城へと向かった。

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