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55.裏月 ヘカテークラウン②

 6月になり『バービナ』は再起動していた。新メンバーを迎え気分一新……。とはいかないけれどそれでも活動再開だ。

 私は自宅のマンションでデビューツアーのスケジュールを調整していた。新メンバーの竹井くんのやりやすいように作らなければいけないだろう。

 竹井くんは優秀なドラマーだった。お世辞抜きにドラムの腕は大志の比ではないと思う。天才とは言わないけれど堅実で秀才なドラマー……。というのが彼に対する印象だ。

 悪くない。いや、すごく良いと思う。大志の代わりにはならないけれど。

 デビューツアーの段取りの他にもやることは山盛りだ。セカンドシングルのプロモーションもしなければいけないし、七星の面倒も見なければいけない……。

 本当に嫌になる。もし、神様がいるのなら私をどこかの大草原に飛ばしてもらいたい気分だ。地平線が広がり、羊や馬が走り抜ける大草原に。

 そんな妄想をしているときだ。予期せぬ来客があった。

「あの……。失礼します。銚子署の泉です」

 インターフォン越しにその女性はそう名乗った。泉……。聞いたことのある名前だ。

「銚子署の……。ああ、父の事件の!」

「はい。ちょっと今日はご相談したいことがありまして……」

 彼女は語尾を濁すように言うと黙り込んだ。

「とりあえず上がってください」

 私は彼女を自宅に上げるしかなかった。さすがに父親のことで迷惑を掛けたし、このまま追い返すのも忍びない。

 泉さんの横には3歳ぐらいの男の子が居た。彼は私の部屋をキョロキョロ見渡している。

「急にお邪魔してすいません。お時間大丈夫でした?」

「ん……。まぁちょっとなら大丈夫っすよ。今ちょうどツアーの段取り組んでるんでそんなに長い時間は難しいですが」

 正直な話。結構迷惑ではあった。1分1秒が惜しい。

「では……。単刀直入に……」

 それから彼女は本当に予期せぬ話を始めた。

「実はこの子……。ヒカリくんって言うのですが……。落ち着いて聞いてくださいね」

「はい」

「急すぎて本当に申し訳ないんですが……。ヒカリくんは京極大輔さんの息子さんなんです」

 京極大輔の息子? この人は何を言っているのだろう?

「へ? なんですかそれ?」

「実はですね。警察で京極さんの身元調査していて分かったのですが、彼には同棲していた女性がいたみたいなんです。それでその女性について調査したところ、彼女には子供が居ることが分かりまして」

 意味がわからない。親父が他の女と同棲していたからといってなぜそれが親父の息子になるのだろうか?

「あの……。正直言って意味が分からないです。父はたしかに蒸発してましたし、適当な女と関係持っていたとしても可笑しくはないですけど、子供が居たからってそれが父の子供とは限らないでしょう?」

 私がそう言うと泉さんはA4サイズの書類を私に差し出した。

「いえ、間違いなく京極さんの息子さんです。DNA鑑定の結果99.9パーセント間違いないので……」

 私は改めてその少年……。ヒカリくんの顔を見た。

 言われてみれば額の形や髪質は親父によく似ている気がする。

「ちょ! 待ってください! ……ってことはこの子は私の弟……ってことですか?」

「ええ、血縁上はそうなります。腹違いというやつですね」

 予想の斜め上だ。こんなことってあるのだろうか?

 それからしばらく私たちは黙って向き合っていた。当のヒカリくんは大人しく座って居る。

「それでですね……。ルナちゃん……。いえ、京極さんの妹さんにはこのことはまだ伝えていないんです。彼女は今色々抱え込んでいるようなので……。失礼を承知でお姉さんに先にお知らせしました」

 泉さんは終始申し訳なさそうにしていた。

 別に彼女が悪いわけではない。悪いのはいつだって親父だ。

 それでも私は怒りを彼女にぶつけることしか出来なかった。

「あの! なんでなんすか!? ルナだって大変なのは知ってますけど、なんでいきなり私にそんなこと言うんすか!? 親父の……。しかも腹違いの弟なんて」

 私は勢いに任せて泉さんに怒鳴ってしまった。

「お気持ちはお察しします……。ですが、この子は間違いなくあなたの弟なんです。もし、ヘカテーさん、ルナちゃんが認知しないとなればこの子は施設行きになってしまいます。最終的な判断はお2人が決めることですが、出来れば認知してあげてください」

 なんて勝手な言い分だろうと私は思った。だから……。

「とにかく! 今日はお引き取りください! 話すことなんて何もないです!」

「そうですか……」

 本当は分かっていたのだ。自分勝手は私だと。でもどうしても私はその事実を受け入れることが出来なかった。

 泉さんは帰りがけ深々と頭を下げていた。

「またご連絡するかもしれません。失礼します」

 私はその言葉を無視する。ドアが閉まる前に見た泉さんの顔はとても悲しそうだった。

 さて、どうしたものか。私は熱くなった頭を抱えた。

 とりあえず、ルナに相談するしかないだろう。あの子だって大人だし、これからどうするか決めなければ――。


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