54.聖子 可愛い子には上京させろ
6月某日。東京は雨で濡れていた。
「わぁー」
ヒカリくんは嬉しそうにはしゃいでいる。
「ヒカリくんあんまり走ると危ないよー」
ヒカリくんは山手線から見える景色が余程珍しいらしくはしゃいでいた。
いったい何年ぶりだろう? こうやって上京するのは……。
伊瀬さんが亡くなってはや2ヶ月だ。銚子署は残念なくらい平常運転に戻っていた。
まるで最初から『彼』がいなかったと思えるほどだ。
季節が冬から初夏に移り変わった。気が付けば服もだいぶ薄手のものなっていた。
加瀬刑事が伊瀬さんの実質的な後任になっていた。
一方の私は冷飯食らい。現場から事務方に配置換えされた。
事務方への配置転換自体は嫌ではなかった。むしろ私はデスクワークの方が得意だし、現場で小間使いされるよりは性に合っている。
でも……。少しだけ考える時間が欲しかった。気持ちの整理とかではない。
ヒカリくんのことだけはどうにかしておきたかったのだ。
私は上司に申請して1週間ほど休暇をもらった。署内の事務は人手も足りているし問題ないだろう。
ルナちゃんにヒカリくんの話をする前に私はある人に会いたかった。
京極月姫のただ1人の家族。彼女の双子の姉。京極裏月に……。
私はヒカリくんを抱きかかえると高田馬場駅で下車した。銚子の閑散としたローカル線と違ってホームはごった返している。
調べた情報ではルナちゃんのお姉さんは駅から10分の場所に住んでいるようだ。職権乱用だけれど、それだけは調べることが出来た。
私はヒカリくんの手を引いて彼女家を目指した。
「ねむたい……」
「朝早かったもんね。ほら! お姉ちゃんがだっこしてあげるから」
私はヒカリくんを抱きかかえる。3歳児って意外と重い。そんなことを考え、口には出さなかった。
京極裏月にはルナちゃんの父親の葬式で一回だけ会ったことがある。ルナちゃんと双子とは思えないほど派手でファンキーな子だったと思う。
私も詳しい話は知らないけれど、彼女はバンド活動をしていて今度メジャーデビューが決まったようだ。このデビューには大きなスキャンダルが伴ったわけだけれど。
ヒカリくんはすっかり眠ってしまった。
10分ほど歩くと彼女の家が見えてくる。
私はヒカリくんの重さを腕で感じながら彼女のアパートの階段を踏みしめた。




