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52.裏月 ヘカテークラウン①

 大志が『The birth of Venus』を脱退した。

 残念だけど仕方がない。仕方がなさすぎる。

 西浦さんから新しいドラムの採用を打診されたけれどなかなか話は進まなかった。

「京極さん……。気持ちは分けるけどこれでもう9人弾いたよ?」

 ジュンは半ば呆れながら小さく笑った。

「うん……。でもさ、技術的にも人柄的にも適任がいないんだもん」

 これは事実だ。新規で募ったドラマーは皆、何かが足りなかったのだ。

 たしかに技術だけなら大志以上の人間はたくさんいた。

 でも……。

「今ひとつ決め手に欠けるんだよね。うまく言葉には出来ないけど、何かが足りない気がしてさ」

 そう。何かが足りないのだ。

 それが何なのかは分からない。

 松田大志にあって、他のドラマーにないもの……。

 自己分析ってわけじゃないけど、それはおそらく恋慕とはまた違うと思う。

 もっと、音楽的で内面的な何か――。

「とにかく……。次の子あたりで決めないと本当にデビューに差し支えるからさ。一応、西浦さんの肝いりらしいから面談ぐらいはしなよ?」

「うん……」

 やはり乗り切れない。

 ま、会うだけ会ってやろう……。とクソみたいな上から目線でそう思った――。


 10人目のドラム候補のプロフィールに目を通す。

 名前は竹井希望。19歳。名門私立大学の2年生のようだ。

 顔立ちは年の割に幼く童顔だ。

 ドラム歴は12年。年齢の割にかなり長い。

 中学・高校とアマチュアバンドのドラムとして活動。

 現在はどこのバンドにも加入していない……。

 そんな感じの普通なプロフィールだ。平凡。凡庸。オモシロサノカケラモナイ。

 ただ、彼には特出すべき点が一点だけあった。

 あった……。というより、私たちには断りづらい理由があったのだ。

 彼は西浦有栖の親類だった。

 あまり聞き慣れない言葉だけど彼は西浦さんの『大甥』らしい。(西浦さんのお兄さんの孫)

 実に面倒くさい話だ。断れば否応なく角が立つ。

 ジュンも西浦さんに楯突くような真似は極力したくないようだ。

 それは私も同じだけれど……。

 それでも私はお付き合い程度に面談して蹴っ飛ばす気満々だった。

 西浦さんだってドラムの腕を理由にすれば強制は出来ないだろう。

 底意地が悪い話だけれど、私はそんな風にしか考えていなかった――。


 数日後。私たちは竹井くんと面談した。

 おそらく、私が彼にとった態度は最悪だったはずだ。

 憎まれ口も叩いたし、何度も彼を睨んだ。

 ただ……。

 残念ながら彼のドラムの腕は完璧だった。

 バンドマンとして素直に感心したし、彼以上のドラマーにはなかなか出会えないと思った。

 それでも素直にそれを認められないのは、きっと私のエゴだろう。

 竹井くんのドラムの腕は大志のそれとは比べものにならなかった。

 大志どころか、旧『アフロディーテ』の充さんと比べても遜色がないレベルだと思う。

 面談中、彼は私が気に入らなくて仕方がないという顔をしていた。

 私自身、そんな空気を放っている自覚はあったので当然なのだけれど、それでも彼は平気で私に食ってかかってきた。

 最高に気に入らないガキだと思った。

 真面目で実直で生意気でハイスペック……。

 残念だけど……。完璧だった。

 だから私は彼をとりあえずの『バービナ』として採用することに決めたのだ。

 きっと彼を逃したら2度と『バービナ』は動き出さないだろう……。

 そう思った――。

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