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51.聖子 他山の意思

 蝉の声が少し静かになった気がする。

 日も短くなり、太陽は心なしか疲れが溜まっているようだ。

 夏の終わりが近づいたその日、私と伊瀬君は事情聴取ごっこするためにファストフード店を訪れていた。

 マクドナルドに到着すると私は大きく息を吸った。少しだけ緊張している。

 伊瀬君は私と違ってあまり緊張していないようだ。

 彼は私と2人で出かけるときより少しだけ身ぎれいな格好をしていた。

 黒のチノパンにワンポイントのポロシャツ。そんな格好だ。

「つーか何聞くの?」

 私は語彙を強めて彼に聞いた。彼はここまで詳しい事情を話してはくれなかったのだ。

 事情を説明しないのはいつものことだったけれど、今回ばかりはあまりにも不親切だと思う。

「当然、設楽先輩の話を聞くんだよ」

「だからさ……。蓮子の話は分かるけど……」

 私はいい加減イライラしていた。

「簡単な話だよ。揺さぶってみて設楽先輩殺したのか聞くんだ」

「は? でも彼が殺したっていう根拠なくない? てか殺した人間が自分で殺したって生じに話すわけないじゃん!?」

 私は彼をどうしても彼を責めるような口調になった。

 そもそも斑井健吾が犯人である根拠なんてどこにもない。

「根拠がないから確かめるんだじゃねーかよ。お前こそバカか?」

「はぁ!? 誰がバカだって!?」

 私は全力で伊瀬君に食ってかかる。

 年下の男子にここまでバカ呼ばわりされたのは初めてだ。

「まぁ……。落ち着けよ。どっちにしても斑井に会えばちったー何か分かると思うから」

 そういうと彼は大きく首を横に振った――。

 斑井健吾がやってきたのはそれから10分くらいあとだ。

 彼はいかにも優等生といった感じで爽やかな好青年に見えた。

「ハジメマシテ」

 斑目健吾はそういうと伊瀬君に手を差し出した。

 初対面で握手を求める高校生なんて本当にいるんだ……。と私は思った。

「初めまして。今日はありがとうございます」

「いやいや、なんか蓮子ちゃんの話聞きたいって……?」

 蓮子ちゃん……。という呼び方にいささか違和感を覚える。

 それから私は彼らの話を黙って聞いていた。

 伊瀬君は予想外に常識的な話しかしない。

「設楽先輩のことは本当に残念です……。俺としては彼女が自殺したなんて未だに信じられないんですよ」

「本当だよね……。あの子良い子だったからさ」

「そうですよね……。あんないい人が死ぬなんて……」

 私はフライドポテトをつまむ。なんて退屈な会話だろう。

 彼らは当たり障りない世間話をしていた。

 蓮子の思い出話や塾での話など本当に退屈な話。

「蓮子ちゃんが亡くなったなんて未だに信じられないよ……。最後に話したときだってこんど一緒に出掛けようって話してたのにさ」

「そうだったんですね……。失礼ですが、斑井さんと設楽さんの関係って……?」

 伊瀬君の質問に斑井さんの表情が一瞬曇った。眉間に皺がより、険しい顔になる。

「蓮子ちゃんとはね……。一応は付き合ってたって言って良いのかな? 別に口約束で付き合ってたわけじゃないけど、そんな関係だったと思う……」

 付き合っていた……。そうなのか。と私は思った。

 私自身、蓮子に彼氏が居るなんて知らなかった。

 なぜ蓮子は自分の恋人の話を私にしなかったのだろう?

「やっぱりそうだったんですね……。あの斑井さん?」

「なんだい?」

 伊瀬君は数秒、間を置くと姿勢を正した。

「単刀直入にいいますと、俺としては設楽先輩は自殺じゃないと思っています。はっきり言えば殺されたんじゃないかと思っているんです。そして……。初対面でこんなこというのはとても失礼なんですが……」

「ああ、言いたいことは分かったよ」

 斑井さんは伊瀬君の言葉を遮るように言葉を差し込んだ。

「君は僕が蓮子ちゃんを殺したと思っているんだね?」

「ええ、率直に言うとそうです。そう思っていました……。でも……」

「でも?」

「斑井さんとお話してみて、設楽先輩を殺してないと思ったんですよね」

 伊瀬君はそう言うと頭を軽く振った。

「そうか……。でもなんでそう思ったんだい? 君の中で僕は容疑者だったんだろ?」

「……。うまく説明は出来ないんですが、斑井さんが設楽先輩の話する姿を見てそう思いました。とても人殺しをした人間の話し方には見えなかったので」

 伊瀬君の意見に私も同意見だった。

 斑井さんが話す蓮子の話には悲しさと懐かしさが込められていたように聞こえたのだ。

 もし彼が犯人であるならばそこには動揺や取り繕う雰囲気が含まれているだろう。

「ハハハ、そう思ってくれたならありがたいけどさ。でもさ、もしかしたら僕が演技でそんな風に装っているだけかもしれないよ?」

「いえ……。父が警察なので人を殺した人間は沢山見てきました。少なくと斑井さんはそんな連中とは違う気がします」

 伊瀬君はそれだけ言うと、斑井さんに深く頭を下げた――。

 その日の事情聴取は無駄に終わった。

 テリヤキバーガーとポテトとコーラを飲んだ以外の成果は何一つない。

「お前はどう思った?」

「どうって……。斑井さんのこと?」

「うん」

 どうだろう? 私としては彼が犯人ではない気がする。

「私は彼はやってないと思うかな……。伊瀬君の言うとおり人殺しするような人には見えなかったし……」

「だよな……。ま、残念ながらこれで振り出しか」

 振り出し……。捜査続行の悲しいお知らせ――。

 数日後、私たちはお互いに聞き込みをした。

 残念ながら何も得られなかったけれど……。

「しっかしまるでダメだな……。犬吠で聞き込んでも大した話は聞けないし、設楽先輩の知り合い当たっても特になしだもんな」

 伊瀬君はいい加減ウンザリしている。

「やっぱり通り魔とかなんじゃないの? それに本当にただの自殺の可能性だってあるだろうしさ」

 どうしようもない。やはり素人操作には限界があるようだ。

「もう少しだけ探してみよう。設楽先輩が自殺とはさすがに考えらんねーからさ」

 いい加減、夏も終わりそうだ。来週には新学期が始まる。

 私たちは畑道をとぼとぼ歩いていた。あれほど賑やかだった蝉の声も気が付けばヒグラシのもの悲しい鳴き声に変わっている。

 海の香りが鼻を突き、夕方の風はすっかり秋のそれに変わっていた。

 犬吠埼女子高生入水自殺事件迷宮入り。かもしれない。

 しかし……。そう思った直後に事態は急変した――。

 記憶として正しいか分からないけれど、見たままを話す。

 気が付くと私は畑に突き飛ばされていた。

 どうにか起き上がると視界の先で伊瀬君と女性がもみ合いをしている。

「お前が! 余計なことを!」

 女性は甲高い声で叫ぶ。年齢は40代くらい……。

 いや、私はその女性に見覚えがあった。つい数日前に会った……。

 その時の私の意識はかなり混乱していた。見覚えがある女性が誰であるか理解出来なかった。

 女性の手には光る刃物(おそらく包丁)が握られていた。

 時間にして数秒の出来事だ。でも私の中でそれは恐ろしく長く感じた。

 伊瀬君はどうにかその女性を締め上げると「110番!」と叫ぶ。

 私は混乱する意識の中で携帯を取り出して警察に通報した――。


 私の夢はそこで終わった。

 時計の針を見るとまだ2時を回ったばかりのようだ。

 私は布団から抜け出すと、キッチンシンクに向かった。

 タバコに火をつけ、換気扇に吐き出す。そのタバコの味はいつにも増して濃厚だった。

 身体中にニコチンが染み渡り、頭が冴え渡っていく。

 蓮子の夢なんて見たのは何年ぶりだろう?

 私はタバコをもみ消すと、リビングの本棚から古いアルバムを取り出した。

 数ページめくるとそこにはセーラー服姿の蓮子の姿があった。

 彼女は今でも歳を取ることなく、そこに写っている。

 蓮子が死んでもう10年になる……。つまり、伊瀬君……。もとい伊瀬さんと出会って10年になる。

 私はそのままアルバムのページをめくり続けた。

 高校までは蓮子の写真が多かったけれど、それ以降は伊瀬さんと一緒に写る写真が増えていた。

 伊瀬さん……。蓮子を殺した犯人を捕まえてくれた人。

 蓮子を殺した犯人は設楽健吾の母親だった。

 伊瀬さんから聞いた話だと動機は歪んだ愛情だったらしい。

 詳しくは聞けなかったけれど、彼女は蓮子が息子の恋人であることが許せなかったらしい。

 当時の私はそのクソくだらない動機が理解出来なかった。

 いくら息子の彼女が気に入らないからといって殺すなんて常軌を逸していると思った。

 今となってはその手の犯罪は意外と多いと知っているけれど……。

 蓮子が死んだあの日から私の時間は止まっていたのかもしれない。

 時計の針はあの瞬間に止まり、止まったときの中を伊瀬さんと過ごしてきたのかもしれない……。

 私は刑事として……。1人の人間としてどうあるべきなのだろうか?

 大切な、それでいて掛け買いのある相棒をなくしてこれからどこに向かえばいいのだろうか?

 気が付くと、アルバムに私の涙がこぼれ落ちていた。

 時計の針が動き出したような気分だ――。

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