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50.月姫 かぐや姫は月に帰りました⑬

 私は目覚めた。まだ夜がほんのりと残っている。

 冬の冷たい空気も彼岸が明けてだいぶ落ち着いたようだ。

 机の上には何枚もイラストが積まれていた。

 そのイラストは色がまだのっておらず、まだ鉛筆でか細い線が引かれているだけだ。

 私は起き上がると部屋着のままその描きかけのイラストを手に取った。

 そこには自分なりにイメージを起こした一寸法師と鬼が描かれている。

 私は手に取ったイラストをしばらく眺めて居た。

 なんでこんなもの描き始めたのだろう……。


 数日前。私は樋山さんの事務所に挨拶に行った。

 事務所はまさに工房という雰囲気で、見本誌や画材が山のように置かれていた。

 樋山さんは私を歓迎してくれたし、母の話も丁寧に教えてくれた。

 樋山さんの中での母……。高嶺恵理香の姿は色あせていないようだ。

 きっと彼女の中での高嶺恵理香は未だに20歳そこそこの女の子なのだろう。

 しかし……。私は最後に母がとった行動が理解できなかった。

 なぜ、そこまでお世話になった人に背を向ける形で駆け落ちなんて愚かな真似をしたのだろう?

 その事実が妙に引っ掛かった。

 樋山さん自身は「もう過ぎたことだから……」と言っていたけれど、娘の私からすると気持ちが悪かった。

 そんな不誠実なことをしていいのだろうか? と私は悶々と考えたのだ。

 樋山さんは最後まで母を庇っていたけれど、私の中ではどうしても折り合いがつけられなかった。

 この感情はいったい何なのだろう?

 罪悪感や嫌悪感ではない。どちらかと言うとその感情は妬みに近い気がする。

 もしかしたら私は母が羨ましかったのかもしれない。

 それほど自分のやりたことをしていた母に嫉妬していたのかも……。


 その日から私は自分なりにイラストを描くようになった。

 仕事から帰るといつものルーティン(炊事・洗濯・掃除)を済ませ、すぐに机に突っ伏して鉛筆を握った。

 無心で好きなものを描く作業は心地よく、時間を忘れるほど夢中で描いた。

 不思議なくらい頭に描いたものを表現することが出来た。

 ラフから線画に起こし、コピックで色を乗せていくのが楽しかった。

 毎日イラストは増え、気が付くと机の上は描きためたイラストの山になっていた。

 しかし、この作業には何の生産性もなかった。

 誰に見せるわけでもないし、もちろんお金になるわけでもない。

 逆に画材と用紙代が増えていくだけだ……。

 それでも私は『描く』ことがやめられなくなっていた。

 まるでそれは何かに取り憑かれたようだったと思う。

 そんな生産性の欠片もない作業が意味を持ったのはしばらく後のことだ――。

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