47.月姫 かぐや姫は月に帰りました⑫
檜山さんはそこまで話すと大きなため息を吐いた。
「あなたのお母様は本当にいい子だった……。私もね、あの子を手放したくはなかったのよ……。でもね」
彼女は大きく首を振る。
「あの……。そのあとどうなったんですか?」
「……。そのあと、程なくしてエリちゃんは突然居なくなった……。理由も分からなかった。行先も告げずにね」
檜山さんは再び大きく首を振る。
その仕草は頭の上に浮かんでいる悪夢を振りほどいているようにも見えた。
「それから私はあの子を探したわ。でも足取りは一向に掴めなかった。警察に捜索願を出そうかとも思ったのよ? でも……」
そういうと檜山さんは奥の棚から古びた便せんを何通か取り出した。
「これは?」
「これはあなたのお母様が私宛にくれたお手紙……。あの子が失踪して少ししたときに届いたの」
「見てもいいですか?」
「ええ、私が話すより直に読んでもらったほうがいいと思う……」
私は檜山さんから便せんを受け取る。
その書いてある文字には見覚えがあった。
いや、正確には毎日見ている。
そこに書かれていたのは明らかに私の書いた文字そのものだったのだ。
檜山涼花様
突然のお手紙、失礼します。
何から話していいのか、と思いながら筆を執っております。
まずは謝るべきですよね。本当にすみませんでした。
突然、何も言わず居なくなってさぞご心配おかけしたのではないでしょうか。
本当ならきちんとお別れを言っておきたかったのですが、結果的にこんな形になってしまいました。
私は今、茨城の農村で暮らしています。
なぜそんなところで? と思われますよね。
詳しく説明するにはあまりに長い話なので掻い摘んで……。
先日、一緒に銀杏並木に行ったときにある男性の方と知り合いました。
それから私と彼は頻繁に会うようになったのです。
彼はとても素敵な人で私のことをとても慕ってくれました。
こんな何の特技もない私を愛してくれたのです。
彼の手に触れているだけで私の気持ちはとても幸せです
この人となら一生添い遂げたいと心から思えました。
それほどまでに私は彼を好きになってしまったのです。
それから私たちは形だけ夫婦になりました。
駆け落ち同然で結婚したので祝福してくれる人はあまりいませんが……。
檜山先生にだけは本当のことを話すべきだったと今になって後悔しています。
でも、どうしても言い出せなかったのです。
檜山先生は私をまるで本当の娘のように可愛がってくれましたね。
本当の両親以上に愛情を貰いました。
それには感謝しかありません。
落ち着いたらまた連絡差し上げます。
先生もお体お気をつけて。
今まで大変お世話になりました。
本当にありがとうございました。
そして、ごめんなさい。
京極恵里香
手紙の内容はそこで終わっていた。
正直な話、酷い内容だと思う。
内容だけではない。文脈も構成も適当過ぎる。
「なんか……。母がご迷惑お掛けしたみたいで……。すいません」
私は思わず檜山さんに謝った。
「え? なんであなたが謝るの?」
「いえ……。身内がお世話になった方にこんな仕打ちしたと思うと正直腹が立ちます。檜山さんは母を大切にしてたのに……」
私は素直な気持ちを彼女に伝えた。
決して母のことは嫌いではない。でもこんなのはありえないと思う。
檜山さんはとても驚いた顔をしていた。
「なんか意外ね……。あなたエリちゃんそっくりだからそんな風に感じるなんて思わなかったわ。京極さんてすごく実直で正義感が強いのね」
「いえ、正義感とかではないです。ただ、母が恩人に迷惑かけて素知らぬ顔なのが気に入らなかっただけです」
私の言葉に檜山さんは黙ってしまった。
凍り付いた空気の中、私は天井を仰ぐ。
古びたインクの香りが私の鼻を突いた―――。




