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46.裏月 ヘカテーブレイク⑦

 トントン拍子という言葉はよく聞くけれどまさにそれだった。

 札幌でのライブ以降、私たちの勢いは凄まじいものがあった。

 結論から言うと私たちは音楽活動を再開出来たのだ。

 その過程には様々な要因があったはずだ。

 百華さんが札幌でプロモーションしてくれたこともそうだし、広告代理店の高橋さん(残念な敏腕営業)の力も大きかったと思う。

 通常の業界の常識を大きく逸脱した形で私たちは復活出来たのだ。

 そして……。

 これだけは話しておこうと思う。

 ニンヒアの西浦有栖について――。


 西浦有栖。彼女の経歴は書面上はかなり華々しいものだった。

 お役所の書類としてはバツが2つほどあるが、この業界では珍しいことではない。

 彼女はニンヒアというメジャーレーベルでアーティストのプロデュースと育成を担当していた。

 彼女が担当したバンドは1つの例外を除いて皆成功していたのだ。

 ちなみに1つの例外とは『アフロディーテ』のことだ……。

 西浦有栖にとって、『アフロディーテ』は最大の成功作であると同時に、最大の失敗作だった。

 今から20年ほど前まで彼女は『アフロディーテ』の担当だった。

 その当時、『アフロディーテ』は絶頂期で、まさかニンヒアを抜けるとは誰も思ってはいなかったはずだ。

 ニンヒアもドル箱を逃したたりしないはず……。だった。

 これは月子さんから聞いた話なので信憑性は乏しいけれど、当時の西浦さんは悪鬼だったらしい。

 悪鬼……。

 言葉にすると2文字だけれど、月子さんの口からでる”悪鬼”という言葉は字面以上に恐ろしく聞こえた。

 西浦さんは、勝つためには手段を選ばない人間だったらしい。。

 清濁織り交ぜた交渉を巧みに行い、月子さんには枕営業もさせた。

 話せばキリが無いけれど、西浦有栖は決して『まともな人間』ではないのだ……。

 結果として現在『アフロディーテ』はニンヒアから離反して、別レーベルに所属している――。


 西浦有栖から連絡が来たのは私たちが音楽活動を再開して間もない頃だった。

 どうやら百華さんのところに彼女から直接連絡が入ったらしい。

 私は内心、気が気でなかった。

 あの『鴨川月子』の最大の天敵からの招待――。


 西浦さんと直接会ったのはそれから間もなくのことだ。

 大志と七星はあまり彼女のことを知らないらしく、あまり気にしていなかった。

 緊張していたのは私とジュンだけで(ジュンも一応は業界に携わっている)、『バービナ』のメンバー間で変な温度差が出来ていた。

 対面した西浦さんは恐ろしく穏やかで、何も知らなければただの老婦人に見えるほどだと思う。

 しかし、彼女の言葉の端々には重みがあり、私はその場の空気に飲まれそうになった。

 どうやら彼女は私たちを評価してくれているらしい。

 しかし、それと同時にまだまだ未熟だと私たちを穏やかに貶した。

「私の下に付いてデビューしなさい」

 彼女はそれだけ言うと、穏やかに微笑んだ。

 私はその時『この人の下に付けばおそらく上手くいく』という確信めいた感覚に襲われていた。

 穏やかな態度とは裏腹に、彼女は冷酷なまでに強かで、隙が見当たらなかった。

 『鴨川月子』とは対照的な女性だと思った。

 月子さんは隙が多く、力業だけでどうにかするタイプだ。

 それに対して西浦さんは、狡猾で策謀を用いてのし上がるタイプ……。

 そんな風に感じたのだ。

 それでも私は彼女の提案に乗るしかないと思った。

 これはチャンスであり、これを逃したら2度とこんな好条件には恵まれないだろう。


 こうして私たちは『ニンヒア』でのメジャーデビューが決まったのだ。

 それは『神様』からの細やかな祝福のように思えた。

 しかし……。

 等価交換――。

 私はその提案に乗ることで、一番大切なものを失うことになった。

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