37.裏月 ヘカテーブレイク④
私と大志は勢い余って真冬の北海道を訪れていた。
そして勢い余って羊ヶ丘展望台に遊びに来てしまった。
勢い余りすぎだろ。
「あー!! 大志大志ー! あれが有名なクラーク像じゃね?」
テンションが上がった私は雪原を全速力で走った。
もう誰も私を止められない……。
「おいおい、そんな走ると……」
「うわぁぁぁぁ」
当然と言えば当然かもしれない。
慣れない雪に足を取られ、私は盛大に転んでしまった。
顔面から突っ込んだせいで顔に鼻の穴に雪が入る。
「痛ってー!!」
「だから言ったろうよぉ! お前はよー」
大志に引っ張り上げられるように立ち上がると体中に着いた雪を払った。
羊ヶ丘展望台から見える景色は壮大だった。
東京ではもちろん、地元の茨城でもこんな景色を見たことは無い。
銀世界なんて詩的な言葉が似合うと思う。
そんな詩的な光景の奥にその像は立っていた。
ご存じ、クラーク像だ。
「えーと……。ぼーいずびーあんびしゃす? これ有名だよね!」
北海道ではお馴染みであろうその像を私は見上げる。
「ああ、クラーク博士は北海道開拓に力を注いだ農学者で有名だよな! 『少年よ大志を抱け』って名言残してるしな」
「だよねー。高校中退の私でさえ知ってるんだからかんなり有名人じゃん! ねえ大志少年!」
私がからかうように言ったその言葉に大志は苦笑いを浮かべる。
「……。もう少年って歳じゃねーけどな。それよかウラよー。明日のイベントの準備大丈夫なのか? 身体のこともあるけど……」
「とりあえず大丈夫! 元気だし、前もって打ち合わせしてあっからさ!」
大志は相も変わらず私の体調に気を配ってくれていた。
素直にそんな気遣いが嬉しかった。
きっと彼から見たら私は妹のようなモノなのだろうと思う。
手に掛かる妹……。
私たちは観光もそこそこに仕事に取りかかることにした。
千賀子のお姉さんと最終打ち合わせをしなければいけない。
千賀子のお姉さん(百華)さんとは夕食と合わせて打ち合わせすることになっていた。
彼女はイベントの準備に追われていて、とても忙しいらしい。
百華さんの容姿は千賀子にあまり似ていなかった。
千賀子が小さくて童顔なのに対して、百華さんはスレンダーで顔の作りも大人っぽい。
もし、モデルだと言われれば信じてしまうほど彼女の容姿は整っていたのだ。
これは欠点という訳ではないけれど、彼女に特徴的なクセがあった。
クセ……。というより住む場所の問題だけれど、彼女はとても訛りが強かったのだ。
彼女は数年前の冬季オリンピックの女子カーリング選手のような話し方をした。
俗に言う『そだねージャパン』という奴だ。
その話し方に、私も大志も妙な違和感を覚えた。
嫌な違和感では無い。
どちらかと言うと心地よい違和感だ。
彼女のスラッとした体型と整った顔の造形から、クセの強い訛りが聞こえる事が新鮮で気持ちよかった。
もしかしたら人間は話し方で印象が180度変わるのかもしれない。
イベントの準備が一段落すると、百華さんが声を掛けてくれた。
「2人とも何食べる? せっかくこっち来たんだし、地元の物にしよーかー?」
アウェーな私たちは1つ返事で百華さんに賛成する。
郷には入れば郷に従え。
札幌の冬は東京の冬とは比べものにならないくらい寒かった。
絶えず白い息は出るし、身体が絶え間なく小刻みに震えた。
それでも不思議と辛いとは感じなかったのは、やっとつかみ取れたチャンスだからだと思う。
その時の私はどんな小さな火種でも欲しかったのだ。
東京で歩き回っている時には、散々種火に水を掛けられていた。
大小問わずインディーズレーベルは私たちを出禁にした。
ライブハウスも同じで、場所に寄ってはガチで塩を撒かれた……。
それに比べたら今回のイベント参加の話は神様のようだと思う。
百華さん始め、スタッフ全員私たちに優しい言葉を掛けてくれたし、人に寄っては私の歌声を褒めてくれた。
捨てる神あれば拾う神あり。
まさにそんな慣用句通りだと思う。
寒空の下、百華さんに着いていくと大きな蟹の描いてある看板が目に入った。
どうやらこの店らしい。
その店は地元では人気店のようで店内は混み合っている。
百華さんが何やら店員と話すと私たちのところに戻ってきた。
「大志さん、京極さん! ごめんねー。もうちょい掛かるみたいー」
「大丈夫ですよ-」
やはり百華さんの口調は可愛らしい。
女性に対して可愛いという感情を覚えるのは久しぶりだ。
昔、バイトで一緒だった友達の里奈以来じゃないだろうか?(里奈は私の理解者で茨城に居た頃からの友達だ)
思い返すと、バンドを組んでから多くの人に出会った気がする。
バンドを始める前にも人間関係はあったけれど、ここまで広くは無かった。
まぁ、ここまで人間関係が広がったのは大半が『アフロディーテ』のお陰なのだけれど……。
待合室で談笑しながら、私は妙な事を考えていた。
『干されるのも案外悪くないかもしれない』
そんな自虐的な思考……。
干されてから私たちは苦労していたけれど、バンド結成してから一番充実していた気がする。
信頼できる人はさらに信頼出来るようになったし、そうで無い人間は遠くへと去って行った。
考えてみれば私はとんでもなくツイているだろう。
信頼出来るバンド仲間に囲まれ、転んでも助けてくる人に出会えたのだから……。
そんな細やかな幸せに浸っているとどうやら席が空いたようだ。
せっかくだし、蟹をむさぼり食おうと思う。




