36..聖子 良縁契り深し
夏休みは梅雨明けと、時を同じくして訪れた。
しかしその夏休みが蓮子に訪れる事は無かった。
彼女は死んでしまったのだ。
2度と戻っては来ない……。
高校生活最後の夏休みなのに私の心は冷め切っていた。
外気と自分の胸の中の温度差に苦しさを覚える。
つい3週間前には一緒に反省文を書いていた蓮子が居ないのが信じられなかった。
それはまるで自分の半身が切り離されたような気分だった。
肉体的な欠損のような痛みは感じない。
感じるのは自分の半分が失われてしまった気持ち悪さだけだ。
その何とも形容しがたい気持ち悪さは私に眠れぬ夜をもたらした。
半身喪失Insomnia。
眠れない夜は私に酷い孤独感を与え、未来への希望を奪っていくようだった。
その不眠は17歳の私にはあまりに重く伸しかっていたと思う。
不思議と悲しいという感情はほとんど感じなかった。
私の中では蓮子の死が、悲しみを感じるほどのリアリティを持たなかったのかもしれない。
リアリティを欠いた死はここまで空虚なモノなのかと私は毎晩思い知らされた。
いっその事、身体の水分が無くなるほど涙を流せたら楽だったのに……。
8月に入ると私は勉強の合間に蓮子の墓に向かうようになっていた。
彼女の墓は自転車で15分くらいの場所にある共同墓地だ。
「またお墓参りか?」
「うん……」
私は兄にそう伝えると自転車に跨がる。
「暑いから気をつけてけよー」
兄はそう言って私にスポーツドリンクを手渡してくれた。
毎度の事だけれど兄は私を気遣ってくれていた。
父は仕事で忙しかったし、その分兄は家族の事に気を配っていたのだろう。
蓮子の墓までの道には驚くほど何もなかった。
右も左も畑と住宅街しかない。
自転車を漕ぎながら額の汗を左腕で拭うと腕がびっしょり濡れる。
連日30度越の猛暑が私の肌を焼く。
「クソあちい……」
独り言のように呟く。
当然、返事は無い。
連日の猛暑で頭がクラクラしていた。(これは寝不足のせいもあるのだろうけど)
ペダルを漕いでいると段々自分が可笑しくなってくる。
何が悲しくてこんな必死にペダルを漕いでいるのだろう?
もしこの世に誰も居ないなら大声で笑ってしまうほどだ……。
なんでこんな思いまでして親友の墓に毎日向かうのだろう?
墓に行ったところで誰も来ていないし、来ていたところで蓮子に会える訳でもない。
自問自答している自分がヤバいくらい滑稽に思えた。
ホントウニ、ヒドイハナシダ……。
そんな意味の無い自問自答しながらも私は蓮子の墓に辿り着いた。
共同墓地には何人か墓参りしている人たちが来ているようだ。
その人たちは皆、一様に仏花・線香・水桶を手にして墓参りしている。
私は自転車を墓地前の空き地に停めると蓮子の墓へと向かった……。
蓮子の墓を見るとそこに人影が見えた。
驚いた事にその日は私以外にも蓮子の墓参りしている人間が居る。
制服を着ているのでおそらく高校生だろう。
「こんにちは……」
黙っている訳にもいかないので私は彼に声を掛けた。
「あ、どうも……」
彼は私の声に気づくと脊椎反射的に挨拶した。
着ている制服を見て彼がどこの学生かはすぐに察しがついた。
あえてその事には触れなかったけれど……。
「設楽さんちのご親戚ですか……?」
世間話って訳では無いけれど私は彼に聞いた。
彼は少し困った顔をした後、何やら考えている。
まるで聞かれたくない事を聞かれたような反応だ。
「いえ……。違います。説明が難しいんすけど、後輩みたいなもんです」
「へー……。蓮子の後輩か……」
私は改めて彼の姿を頭の上から足の先まで舐めるように眺めた。
彼は長身でチビな私からだと見上げるくらい身長が高かった。
外で部活動でもしているのか肌は日に焼けて健康的な小麦色をしている。
「そうっす……。あの設楽さんのお友達っすか?」
「そだよー。幼なじみ!」
それから私たちは簡単に自己紹介した。
「伊瀬って言います。泉さんの話は設楽さんから何回か聞いてました」
伊瀬君の話だと蓮子は私の事を彼によく話していたらしい。
「へー。そうなんだ……。つーか私は伊瀬君の事聞いた事ないんだけど……」
私は思った事を口にした。
彼だけ私の事を知っていて私が知らないというのは不自然な気がしたからだ。
自意識過剰かもしれないけれど、私と蓮子の間で秘密なんてなかったと思う。
「ま……。色々あるんすよ……」
「んー……。色々ね……。ま、いいよ! でもさ、なんでこんなクソ暑い日に墓参り?」
私は不信感満載で続けざまに質問した。
「実は設楽さんが亡くなったって知ったの昨日の夜なんすよ。本当はお葬式にも行きたかったんすけど……」
「あーね……」
私はそれ以上彼に質問しなかった。
おそらくこれ以上話したところでこの男は本当の事は言わないだろう……。
そんな気がしたのだ。
「泉さんこそなんでこんな日に?」
彼にそう聞かれたけれど、私自身もその答えを持ち合わせては居なかった。
何故だろう?
「なんとなくね……。ここに来たら蓮子に会えそうな気がしたんだ……」
私の言葉を聞くと彼は不思議そうに私の目を覗き込んできた。
「そうっすか……」
「なんかさー。蓮子が死んだ気がしないんだよね……。確かに葬式上げたし、火葬もしたってのは分かるんだけど、イマイチ納得出来ない……。アイツが死ぬなんて事があると思えないんだよね」
自分で言っていて歯切れの悪さ感じた。
私は一体何を言いたいのだろう?
「そうっすよね。設楽さんが死ぬなんて考えらんないっすよ! あの人は自殺するような人じゃないっす!」
そうなのだ……。
蓮子の死は自殺として処理されていた。
私も詳しい経緯を聞いた訳では無いけれど、警察ではそういう扱いだったらしい。
「だよね……」
「そうっすよ! あの人は自分で命を絶つようなタイプじゃないっす!」
伊瀬君は力強くそう言うと方を落としてため息を吐いた。
「だから……。本当の事をきちんと調べて貰いたいんすよ……。じゃねーとあの人が浮かばれねーし」
「ハハハ……。刑事みたいな事言うんだねー。ま、警察がちゃんと調べたんだから間違いないんだろうけどね……」
「いや……。警察は信用ならないと思います! うちの親父も警察関係者ですけど、この件は疑ってますから」
彼はそう言うと歯を食いしばって拳を強く握りしめた……。
幸か不幸か、これが私と伊瀬龍大との出会いだった。
これが私の人生を狂わせる事になるとは当時の私は思わなかったけれど……。




