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35.月姫 かぐや姫は月に帰りました⑧

 樋山さんのアトリエで絵本を読みふけっていると奥でエレベーターが開く音が聞こえた。

「あ、今帰ってきますね!」

 彼女はそう言うとエレベーターホールに樋山さんを迎えに行った。

 少しすると樋山さんが応接室に顔を覗かせた。

「あらあら、京極さん来てくれたのね!」

 樋山さんは嬉しそうにそう言うと私に手を差し伸べてくれた。

「昨日は本当にありがとうございました。急に押しかけて申し訳ありません……」

「いいのよ! 私ももっと色々お話したかったの!」

 樋山さんの後ろには昨日あった黒田さんが怪訝な顔で立っていた。

 対照的に受付してくれた女性はにこやかだ。

「先生……。締め切りが……」

 黒田さんはそう言うと私の方に視線を向けた。

 彼の視線は明らかに私を責めているようだった。

「大丈夫でだよー。今日は私も手が空くし、黒田君の仕事手伝うよ」

「え? あ……。そ、そうですか……」

 そんな様子を見かねたのか受付してくれた女性が助け船を出してくれた……。


 後から自己紹介されたが、受付の女性はベテランアシスタントだったらしい。

 『かぐや姫は月に帰りました』の表紙に書かれていた名前は青井ゆかり。

 樋山さんは彼女に全幅の信頼を寄せているらしい。

「本当に来てくれて嬉しい!」

「そう言っていただけて私も嬉しいです! でもご迷惑じゃなかったですか?」

「迷惑なんかじゃないわよ! さっきは黒田君がごめんなさい……。悪い子じゃないんだけど……」

 樋山さんはそう言うと、悲しそうな顔を浮かべて私に謝ってくれた。

 彼女曰く、スタッフはみんな個性的らしい。

 現在、アトリエで雇っている人間は樋山さんを除けば5人居るそうだ。

「白石君と黒田君には昨日会ったわよね! あと今事務所に居るのは青井ちゃん、赤倉さん……。本当はもう1人居るんだけれど今日は出張出てるのよ」

「意外と少ない人数でやってるんですね」

「そーねー……。でもこれくらいの人数で事足りるから。青井ちゃんは仕事丁寧だし、黒田君はテキパキしてくれるから助かるのよ! 赤倉さんは本当にベテランだから居てくれないと困るしね」

 白石さんは……。と私は聞かなかった。

 彼の仕事ぶりは言う間でも無さそうだ。

「先生? 昨日美術館から頂いたお菓子あるんですけどー?」

 青井さんは箱に入ったお菓子を持って応接室に入ってきた。

「あら? せっかくだし頂こうかしら?」

「はーい! こっちもお茶タイムにしますねー。あ、京極さんもお茶菓子どーぞ!」

 青井さんはそう言うと袋に小分けになっているバームクーヘンを私に手渡してくれた。

 私は青井さんにお礼を言うとお菓子を食べながら樋山さんと談笑した。

「本当に京極さんと話してると昔を思いだすわぁ。エリちゃんに本当にそっくりよね」

「叔父にもよく言われるんですよね。そんなに母に似てますか?」

 私が聞くと彼女は深く肯いた。

「ええ……。すごく……。生き写しみたい……」

 樋山さんの目には薄らと涙が浮かんでいるのが見えた。

 その様子から彼女が母をどれほど特別視していたのが窺える。

「もし宜しければ昨日の話の続きを聞かせて頂けませんか?」

「ええ……。もちろん」

 そう言うと樋山さんは再び母との思い出を語り始めた。

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