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32.月姫 かぐや姫は月に帰りました⑦

 樋山さんのアトリエは都内にあるようだ。

 場所は神田神保町。古書店が乱立する街だ。

 私は名刺に書いてあるその住所に電車を乗り継いで向かった。


 私はお上りさんのように(実際お上りさんだ)駅員に頼ってどうにか神田神保町駅に辿り着くことが出来た。

 思っていた通り、その街は古書店が乱立している。

 店の前には大量のワゴンが並んでいて、時代小説や百科事典がパックで販売されている。 彼女のアトリエはそんな古書店の間に挟まるように建っていた。

 雑居ビルのワンフロアを貸し切ってそこをアトリエにしているらしい。

 私はビルの窓ガラスの前に立つと身支度を調えた。

 意識していなかったけれど、急いで上京したせいで髪も乱れている。

 どうにか手ぐしで髪を整えると私はそのビルの中へと入った……。

 茨城県内に居るとあまり考えないけれど、東京にはこんな雑居ビルが沢山あるのだろう。

 古びたエレベーターに乗り込むと、私は酷く緊張した気持ちになった。

 エレベーターは鈍い音を立てながら昇っていく。

 老朽化しているのかワイヤーが擦れるような鈍い音が聞こえた。

 エレベーターが目的の階に着くと「チーン」という音を立ててドアを開く。

「わぁ!?」

 エレベーターが開くとそこには白石さんが驚いた顔をして立っていた。

「あ……。昨日はどうもありがとうございました」

 私がそう言いかけるとエレベーターのドアが閉まりかかった。

「え、あ、ちょ……」

 白石さんは何を思ったのかエレベーターのドアに身体を挟み込んできた。

 案の定挟まれる。

「ぐえぇ」

「え!? ちょっと大丈夫ですか!?」

 私は開くボタンを押すと彼をどうにか抱き起こしてドアの外に押し出した。

「あ、ああ……。危なかったです」

「ちょっと何やってるんですか!?」

「いや、あの……。閉まり掛けたので開けようと……」

 白石さんはそう言うと昨日と同じように「すいません」と何回も謝ってきた。

 本格的にどうしようない……。

 言葉には出さなかったけれど内心そう思った。

 私は気を取り直して彼にここに来た理由を伝えた。

「わ……。かりました……。こちらへどうぞ」

 アトリエに入るとそこは別世界のようだった。

 部屋の壁いっぱいに本が並び、その本の大半が絵本のようだ。

 中央には机が6台あり、奥に大きな机が1台設けられている。

「こんにちは-」

 私が声を掛けると机に向かっていた作業していた男女がこちらに振り向いた。

「いらっしゃいませ!」

 1人の女性が立ち上がると受付まで来て対応してくれた。

 彼女は小綺麗なブラウスにスカート姿で、年齢は見たところ私よりだいぶ上のようだ。

「あの……。急にすいません。京極と申します。樋山さんいらっしゃいますか?」

「……。申し訳ありません。今樋山は昼食に出ておりまして……。アポイントメントはお取りですか?」

 その女性は朗らかな口調でそう言うと、ニッコリと自然な笑顔を浮かべた。

「そうですか……。アポは取っていません……。近くに来たものでちょっとご挨拶だけでもと思いまして」

「そうでしたか……。あの……。失礼ですが、樋山とはどのようなご関係で? 弊社の白石とは御面識があるようですが?」

 私は昨日あった事を簡単に説明した。

 彼女はゆっくりと肯きながら私の話を一通り聞くと、口元に手を当てて何やら考えている。

「わかりました……。実は樋山からその話は伺っております。どうしましょうか……。もし京極さんさえよろしければ、こちらでお待ちいただけますか? きっと樋山も喜ぶと思いますし……」

「そうですね……。もしご迷惑で無ければ待たせていただきたいです!」

 彼女は私の答えに再びニッコリと笑うと、応接室に案内してくれた。

「すいません……。アポ取ってから来れば良かったですよね?」

「いえいえ、こちらこそせっかく来ていただいたのに申し訳ありません。先生は……。いえ樋山はアポ無しで来てくれた方がかえって喜びそうですしね」

「え? そうなんですか?」

「ええ、すごくサプライズが好きな人なんですよ。予想外な事があると子供のように無邪気に喜びます。だから気にせずゆっくりお待ちください」

 応接室の壁には賞状が何枚も飾られていた。

 内容を見るとどれも絵本に関する賞状のようだ。

「すごい数の賞状ですね」

「ありがとうございます。お陰様で樋山も絵本業界ではそれなりの評価を頂いております。もしよろしければ弊社の作品ご覧になりますか?」

「是非お願いします!」

 彼女はそれから数冊の絵本を私に手渡してくれた。

「最近はすっかり子供も減ったので、大人向けの絵本が多くなりました。京極さんくらいの年代の方でも楽しめると思います」

 絵本はクレヨン調の絵の多かった。

 表紙はどれも可愛らしく、童話モチーフの絵本が多いようだ。

「童話をアレンジした絵本が多いんですねー」

「そうなんですよ! 弊社の絵本では今一番の売れ筋です。たとえばこのかぐや姫の絵本なんかも人気なんですよ」

 絵本の表紙には『かぐや姫は月に帰りました』と書かれていて、可愛らしいおじいさんとおばあさんがかぐや姫を見送っているようなイラストが描かれていた。

「えーと……。これはかぐや姫の後日談みたいなお話なんですか……?」

 私はページをめくりながら彼女に尋ねた。

「そうなんですよ! 弊社のスタッフが童話のサイドストーリーを考えて絵本にしております。絵自体は樋山がメインで描いているですが、内容はみんなで考えています」

 絵本を捲りながら内容を読んでいるとその世界観に私は引き込まれていった。

 絵柄はどことなく、『月の女神と夜の女王』に似ていた。(同じ作者なのだから当然だけれど)

 内容は月に帰ったかぐや姫が月を脱走しようと奔走する話のようだ。

 ウサギに協力して貰ってロケットを作ったり、警護の兵をうまく欺したりしながらどうにかこうにか脱走を企てている。

「面白いですね!」

「ありがとうございます! 実はその作品は私がメインで描かせていただきました。手前味噌で申し訳ないですが自信作なんです」

 彼女はそう言うと照れ隠しするように頬を掻いて子供のような笑顔を浮かべた。

 彼女は本当に大人のお姉さんといった感じの女性だった。

 話も面白く対応もかなり丁寧だと思う。

「ごゆっくりお待ちください。そろそろ樋山も戻って来ると思いますので……」

 私は彼女にお礼を伝えると再び絵本の世界に入っていった……。

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